未来予想図
が赤ん坊を抱いている夢を見た。こういう初夢を見られるとは、今年は縁起が良い。「可愛いー。あたしにも抱かせてー」
「良いわよ。そぉっとね」
赤ん坊を覗き込んでいた操にねだられて、は微笑みながら赤ん坊を渡す。
「うわー、温かーい! あ、笑った! 可愛いー」
「本当に可愛いわねぇ。きっと美人さんになるわよ」
「どっちに似てるのかしら。目はさんに似てるっぽいけど、蒼紫様にもそっくり」
お近やお増も赤ん坊を覗き込みながら頻りに褒めちぎっている。赤ん坊への褒め言葉など出産祝いのようなものだと思っていたが、こう手放しで褒められると夢の中といえども嬉しいものだ。
本当に赤ん坊が生まれたら、こうやってみんなに祝福され、可愛がられて育つのだろう。御庭番衆の後継者としてではなく、普通の子供として普通に育って、蒼紫とは全く違う普通の人生を送ることになるだろう。自分の子供が普通の人間として生きるなんて、想像もつかないことだ。否、自分が所帯を持つということさえ、と出会うまでは想像も出来ないことだったのだが。
所帯を持ったことだし、今年は子どもが出来れば良いなと思う。こればかりは授かりものだから思い通りにはいかないかもしれないが、是非とも今年欲しい。
最初の子どもは女の子が良いだろう。小さいうちは男の子より丈夫だとか育てやすいと聞く。それにやはり、蒼紫自身が男だからか“娘”というものに一寸憧れる。年頃になった娘と二人で買い物など、いかにも楽しそうではないか。
まだ子供が出来る兆候もないのに、蒼紫は早くもそっくりに育った娘の姿を想像してにやにやしてしまう。世の年頃の娘たちは父親と疎遠になるものらしいが、小さい頃からお父さん大好き娘に育てたら大きくなってもお父さん大好きでいてくれるはずだ。
「どれ、俺も抱いてみようか」
女たちに囲まれている赤ん坊に、蒼紫は手を伸ばした。夢の中だが、これもお父さん大好き娘に育てる第一歩である。
「はーい、お父さんですよー」
操がおどけた様子で、赤ん坊を蒼紫に手渡す。夢の中だというのに赤ん坊はずっしりと重く、その妙に現実感のある感触にこれは正夢ではないかと思えてきた。
赤ん坊は色の白い可愛らしい顔をしている。お増は蒼紫に似ていると言っていたが、の方に似ていると思う。大きくなったらきっと、にそっくりな娘に成長することだろう。
この赤ん坊はまだこの世には存在していないが、この夢が正夢ならこの子が蒼紫の子として生まれてきてくれるのだろう。本当にこの子が生まれてきてくれるのなら、早く会いたい。
蒼紫の気持ちが通じたのか、赤ん坊も嬉しそうににこーっと笑った。
「まあ、やっぱり女の子だからお父さんが好きなのねぇ」
赤ん坊の様子を見て、もふふっと笑う。
「そういうものなのかな………」
赤ん坊の容姿を褒めるのと同じくらい陳腐な言葉だが、そんな言葉でも蒼紫には嬉しいものだ。この子はお父さん大好き娘で、もう少し大きくなったら「お父さんと結婚するのー」なんて言ってくれて、年頃になっても「お父さんが一番よ」なんて言ってくれるに違いないと、空想がどんどん広がっていく。
やはり最初の子どもは娘が良い。否、娘以外にありえない。意地でも娘を作ってみせる。
一人で勝手に熱く盛り上がっていると、不意に懐かしい声がした。
『蒼紫様』
それは死んだはずの般若の声だった。驚いて回りを見回すが、当然般若の姿は無く、誰もその声に気付いていないようだ。
空耳かともう一度赤ん坊に目を落とすと、赤ん坊が嬉しそうににこっと笑う。
『蒼紫様、次は一生お傍でお仕え致します』
「えっ………?!」
声の主は、腕の中の赤ん坊だったのだ。可愛い可愛い娘は、般若の生まれ変わりだったのか。
般若が自分を慕って生まれ変わってきてくれたのは嬉しい。嬉しいのだが、よりにもよって娘に生まれ変わるとは。確かに親子であれば一生傍にいることも出来るだろうが、いくら何でもこれは無いだろう。
般若が娘として生まれ変わってきたということは、一生気が抜けないということである。といちゃいちゃすることも、火鉢にべったりすることも出来なくなってしまう。これは由々しき事態だ。
唖然としている蒼紫に、赤ん坊の般若はにこにこして言葉を続ける。
『あと三人いますから、頑張って下さい。みんな、蒼紫様にお会いできるのを心待ちにしております』
式尉もひょっとこもべしみも蒼紫の子として生まれ変わるつもりでいるのかと思うと、蒼紫は頭がくらくらしてきた。
四人の気持ちは嬉しい。とても嬉しいのだが、気持ちだけにして欲しかった。折角“御頭”でなくても良い場所を見つけたというのに、また“御頭”に逆戻りではないか。“御頭”であったことに後悔したことは無いが、今の快適な生活を手放したくはない。
呆然とする蒼紫の気持ちに全く気付いていない般若は、楽しそうにきゃっきゃと笑う。それを見ても嬉しそうに、
「そんなにお父さんが好きなの、般若子ちゃん?」
「般若子ぉ?!」
夢とはいえ、あまりにもあまりな名前に、蒼紫の視界はそのまま暗転した。
「蒼紫、蒼紫」
身体を揺すられて、蒼紫は目を醒ました。
「お雑煮できたわよ。ほら、起きて」
「………ああ」
夢で良かったと心底思いながら、蒼紫はのろのろと身体を起こす。
部屋は既に暖まっていて、も綺麗に化粧を済ませている。去年の正月は布団の中でだらだら過ごしたけれど、今年は結婚して初めての正月だからきちんと過ごすつもりなのだろう。
いつもの蒼紫ならだらだらと二度寝に流れ込みたいところだが、今日はそんな気分にもなれない。と二度寝して、またあの夢の続きでも見たら大変だ。
用意されている着物に着替えて布団を上げると、御節と雑煮が並べられている食卓に着いた。
「それでは、明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
二人で三つ指をついて新年の挨拶を済ませ、早速箸を取る。
こういう普通の正月や普通の生活は、と出会って得られたものだ。こんな平穏な生活を教えてくれた彼女に、蒼紫は感謝している。来年も再来年も、こうやって静かに年を重ねていきたい。
御節を取り分けながら、が楽しげに話しかける。
「ねぇ、蒼紫。今年はどんな年にしたい?」
「そうだなぁ………」
どんな年にしたいかと問われても、普通に平穏に過ごせれば良いとしか思えない。今まで御庭番衆御頭としてしか生きて来れなかった蒼紫にとっては、何も無い静かな毎日というのが何にも代え難いものなのだ。
考え込む蒼紫にはふふっと笑って、
「私はねぇ、赤ちゃんが欲しいなぁ」
「えっ?!」
の言葉に蒼紫は危うく餅を喉に詰まらせそうになってしまった。
結婚したのだから子どもを欲しがるのは当然だし、歳のことを考えればすぐにでも欲しい気持ちは解る。蒼紫だって、あんな夢を見るまでは今年は絶対に欲しいと思っていたくらいだ。
しかしあんな夢を見てしまった後は、子どもなど恐ろしくて持てない。たかが夢の話と思えればいいのだが、あの妙に現実味のある夢は只の夢ではないと思う。本当に般若たちが我が子として生まれ変わってきたら大変だ。
「子どもは……もう暫くはいいだろう。授かりものなのだから、欲しいと思って作るものじゃない」
「あら、そう?」
蒼紫の消極的な反応には少し白けたようだったが、男はそういうものなのかもしれないと思い直したのか、すぐに元の楽しげな調子に戻って話を続ける。
「でもね、今朝、赤ちゃんを抱いてる夢を見たの。可愛い女の赤ちゃんでね、蒼紫もとても可愛がってるのよ。きっと、今年授かるっていうお告げだわ」
「…………………」
いつもならも自分と同じ夢を見たのかと嬉しくなるところだが、今回ばかりはそうも言っていられない。もし本当にが見た夢が蒼紫と同じ内容だとしたら、般若たちは生まれ変わる気満々ということではないか。
四人の子持ちになるのは構わない。あの四人が蒼紫の子どもになるのなら、さぞかし親孝行な子に育ってくれることだろう。それは良いのだが、今の蒼紫の姿を彼らに見られるわけにはいかない。朝だらだらしてしまったり、といちゃいちゃしたり、火鉢にべったりしている姿を見られた日には、御頭の威厳が台無しではないか。下手をすれば、般若から説教される恐れもある。
かといって今から以前の生活態度に改めるというのも、の目から見たらきっと不自然だろう。それに二十四時間御頭というのも正直疲れる。『葵屋』では気が抜けないのだから、せめて我が家でくらいは気を抜きたいのだ。
本当に般若たちが生まれ変わってきたらどうしよう。新年早々、蒼紫は頭を抱えてしまうのだった。
これもずっと書きたかったネタです。以前、『幻夢館』の草薙さんとチャットしてた時に「般若たちが蒼紫の子どもに生まれ変わったらどうしよう」と言う話をしておりまして。“般若子ちゃん”に爆笑されました。ネーミングセンスがなぁ………。
この蒼紫のところに般若たちが生まれ変わったら大変でしょうね。御頭のイメージガタガタですよ。終いには般若辺りから説教かまされたりして(笑)。
正月早々こんな夢見ちゃって、四乃森家の家族計画はどうなるのやら。