七夕
折角の七夕だというのに、外は雨。この様子ではきっと星は出ないだろう。今夜は二人で星見酒とでもしようと思って酒も肴も用意したのに残念だ。斎藤はというと、酒が飲めれば天気なんかどうでも良いと思っているのか、外を見もせずに一人でさっさと飲み始めている。が不満そうにしていることにも気付いていないようだ。
こういう男だということはも前から解っているのだが、会話も無く酒ばかり飲んでいるのはつまらない。つまらないから兎と遊ぼうと思ったのだが、兎は兎で久々にやって来たラビと遊ぶので忙しいようだ。空の恋人たちの逢瀬はお預けのようだが、こちらはしっかり楽しんでいるらしい。
「兎さーん、ラビちゃーん」
いちゃいちゃしている二羽に手を伸ばしてみるが、久々の逢瀬を楽しんでいる二羽にはは邪魔者らしい。いつもなら喜んで撫で撫でをねだってくるのに、今日ばかりは彼女を鬱陶しそうに見るだけで、さっさと場所移動してしまった。そしてまた二羽で遊び始める。
いつも世話をしているが退屈がっているというのに、恩人より恋人というのは所詮は獣だ。少しくらいに気を遣ってみせるという知恵は無いらしい。
それでもはしつこく兎たちを構おうとして、その度に兎たちはぴょんぴょんと逃げている。終いには本気で鬱陶しくなったのか、が近付こうとすると追い払うように鼻を鳴らす始末だ。
「おい」
兎たちを追い回しているを咎めるように、斎藤が声を掛ける。
「兎には兎同士の付き合いがあるんだ。放っておいてやれ」
二羽の兎を追い回している様は、どう見ても邪魔しているようにしか見えない。自身は可愛がってやろうと思って悪気は無いのだろうが、兎にとってはいい迷惑だろう。
斎藤の言葉に、はぷうっと膨れて、
「だって、折角ラビちゃんが来てるんだから遊びたいじゃないですか」
斎藤が全然相手をしてくれないから、という言葉は飲み込んでしまった。それを言ったら呆れられると思ったからだ。普段から子供扱いされているのに、そんな子供みたいなことを言ったら益々子供扱いされるに決まっている。
兎とラビのようにべったりくっ付いていちゃいちゃしたいとまでは言わない。そうできたら一番嬉しいのだが、斎藤がそんなことが出来る性格でないことはも解っている。けれど、酒を飲みながらお喋りするくらいならしてくれても良いではないか。そうでなければ、何のために一緒にいるのか解らない。
考えてみれば、たまに思い出したように手を繋いだり一寸じゃれるようなことはあるけれど、基本は一緒にいても食事の用意をしたり兎の世話をするだけ。これでは恋人というよりもお手伝いさんだ。一日中一緒にいて、付き合いも長ければ、斎藤も今更いちゃいちゃべたべたする気にならないのかもしれないが、楽しい“いちゃいちゃ期”をすっ飛ばしていきなり“まったり期”に入ってしまったかのような関係は、としてはどうかと思う。
の友達にも結婚している者や恋人がいる者が何人もいるが、皆それなりに相手と何処かへ遊びに行ったりして楽しんでいるようだ。結婚して落ち着いている者でさえ、そうである。それなのにと斎藤ときたら、いつもどちらかの家に籠りきりで、最後に遊びに行ったのはいつだったのかも思い出せないくらいだ。何処かに遊びに行くのが重要というわけではないけれど、それなりに恋人らしいことはしたい。
の本当の不満には全く気付いていないのか、斎藤は呆れたように息を吐いて、
「兎たちが嫌がってるんだから、やめてやれ。こいつらはたまにしか一緒に遊べないんだぞ」
「だってぇ………」
兎とラビはたまにしか会えないけれど、一緒にいる時はこうやって遊んだりすりすりしたりして楽しそうだ。対するは、斎藤と毎日ずっと一緒にいるけれど、飯炊き婆さんと下宿人みたいな感じである。本当にたまにで良いから、兎とラビみたいにべたべたしたい。
が兎とラビに構うのも、斎藤がちっとも相手をしてくれないからなのに。それに全然気付いていないらしい彼の様子にも腹が立つ。
折角の七夕なのに雨は降るし、兎たちは人間にお構い無しにいちゃいちゃしているし、斎藤は全然自分の気持ちに気付いていないしで、は面白くない。予定では、兎たちみたいにいちゃいちゃは出来ないだろうけど、二人で星を見ながら楽しく酒を飲むはずだったのに。
膨れたまま黙り込んでいるをちらりと見て、斎藤は困ったように腕を組む。
普段は真っ先に自分のところに来る兎がラビにべったりだから面白くないのだろう。おまけに楽しみにしていた七夕は雨でお流れになるし、膨れたくなるのは無理もない。かといって、折角の兎たちの逢瀬を邪魔するのも気の毒だ。兎にも兎の付き合いがあるのである。
兎には兎の付き合いがあるように、人間にも人間の付き合いがある。兎のことなんか気にならないように、人間の付き合いに集中させてやれば解決するかもしれない。
斎藤は腰を上げると、背を向けて膨れているをぐいっと引き寄せた。
「うわあっ?!」
突然抱き寄せられて、は大袈裟な悲鳴を上げて真っ赤になる。
「人間は人間同士の付き合いを大事にすれば良いだろう?」
耳まで赤くして固まっているの様子に、斎藤は可笑しそうに小さく笑った。
いきなりの密着状態に、はびっくりするやら嬉しいやら恥ずかしいやらで声も出ない。普段は放ったらかしで、突然思い出したようにこんな展開になるものだから、いつまでたってもこういうことに慣れることが出来ないのだ。
全身が心臓になったようにドキドキして、鼻息まで荒くなってしまいそうだ。あんまり緊張すると、また斎藤に子供扱いされてしまいそうだが、普通に息をするだけで精一杯だ。
から抱きつく時は平気なくせに、斎藤に抱き寄せられると緊張するというのは自分でも変だと思うけれど、こればかりはどうしようもない。こういうことが増えれば抱き寄せられても平気になると思うのだが、次は遠い先の話だろう。それなら、この貴重な機会にガチガチになっているだけというのは損だ。
「いつもこれくらい大事にしてくれたら、嬉しいですけど」
折角の機会だから、一寸拗ねたように言ってみる。斎藤が出不精なら、ずっと家の中でも良い。こうやってべったりできるだけで、は嬉しいのだ。
斎藤の返事を待つが、何も言ってこない。どうしたのだろうとが上目遣いで様子を窺うと、案の定、あらぬ方向を向いて困ったように小さく唸っていた。まあ、予想通りの反応である。
やっぱりこういうことは織姫と彦星の逢瀬くらい稀なことなのかなあとがっかりしつつも、そういうところが斎藤らしいのかなと、は小さく笑った。
今年の七夕は大雨です。七夕って晴れてる日が少ないような気がするんですが、九州だけ?
夜空の逢瀬は兎も角、地上では兎も人間もラブラブです。兎さんとラビちゃんは会えばいつでもラブラブですが、斎藤と兎部下さんのラブラブ状態は次は一体いつになることやら(苦笑)。
二人とももういい歳なんだから、緊張したり照れたりしている場合じゃないんですけどねぇ(笑)。