雪遊び
東京では珍しく、どか雪が降った。雪掻きをしなければならないほど降るなんて、ここ何年も無かったことだ。そんなわけで斎藤は今、の家の庭でかまくら作りに勤しんでいる。男手の無い彼女の家の雪掻きをしに来ただけなのだが、話の流れでこんなものまで作ることになってしまったのだ。
「一さん、お茶を入れましたよ。少し休憩してください」
「あ……ああ」
に呼ばれ、斎藤はスコップを置いた。
少し前から互いを下の名前で呼ぶように習慣付けるようにしたのだが、斎藤は未だに馴染めない。下の名前で呼ばれるということが殆ど無いから、いざ呼ばれると何となく戸惑ってしまうのだ。
戸惑いもあるが、から下の名前を呼ばれるのは照れるというか、恥ずかしい。名前を呼ばれるくらいで照れていては身がもたないとは思うのだが、こればかりは仕方が無い。
「大分できましたねぇ」
庭に出来た雪の小山を見て、は嬉しそうに笑う。
東京生まれで東京育ちのは、かまくらというものを見たことが無い。斎藤の話によると、雪の山をくり抜いて作る雪の家みたいなものらしい。雪で作った家なんて寒そうだが、外にいるより暖かいのだそうだ。
そんな面白いものなら是非見てみたいと言ってみたところ、じゃあ作ってやろうと、雪掻きが終わってからずっと、斎藤はかまくら作りに勤しんでくれているのだ。家の雪掻きをしてくれた上にかまくらまで作ってくれるなんて、斎藤は本当に優しい。今夜は彼のために身体の温まるご馳走を作ろうと思う。明日は休みだから、特別に酒も付けよう。
の隣に座って茶を啜っている斎藤も、重労働の後とは思えないほど上機嫌だ。身体は疲れているが、かまくらの完成を心待ちにしているの顔を見たら、疲れも吹き飛ぶというものである。
本当に、こんなことで喜んでくれるは可愛い。忙しさにかまけて何処かへ連れて行ってやることもできないのに不満も言わず、本当に大丈夫なのかと斎藤の方が心配になるほどなのだ。子供みたいなところはあるが、本当に良くできた娘である。
「あとは中をくり抜いたら完成だ。凍る前にもう一頑張りだな」
「出来上がったら、中でおやつを食べましょうね。美味しい胡麻団子を買ってあるんですよ」
かまくらの中で斎藤と二人で団子を食べるなんて、絵本の世界みたいだ。小さなかまくらの中で二人でくっ付いている姿を想像したら、今からの顔は紅くなってしまう。
が、斎藤は雪山をちらりと見て、
「あの大きさじゃ、二人で入ったらぎゅうぎゅうだぞ」
「大丈夫ですよ。二人で入ったら暖かいですよ」
ぎゅうぎゅう詰めなんて、願ったり叶ったりではないか。これは絶対に二人で入らなくては。
妄想実現のために力説するの姿に、斎藤は些か驚いてしまった。かまくらを見たいだけだと思っていたら、彼女にとっては二人で入ることに意義があるらしい。
これはもう一頑張りだなと思いつつ、斎藤は残っている茶を全部飲んだ。
相変わらずかまくらの製作に励んでいる斎藤の傍では、が雪だるまを作っている。雪だるまを作るというのも滅多に無いことだから、とても楽しそうだ。楽しいあまり、とんでもない大作が出来上がりそうな気配である。
「どれだけでかいのを作るつもりだ?」
せっせと雪玉を転がしているに、斎藤は呆れたように声を掛ける。
既に出来上がっている胴体部分は、の腰に届く大きさだ。これに釣り合う頭を付けるとなると、これまた大きな雪玉を作らなくてはいけない。作るだけなら簡単だが、それを出来上がっている雪玉に載せるとなるとそうはいかないだろう。斎藤なら兎も角、小さなは雪玉を抱えたままひっくり返りそうだ。
「折角だから大きいのを作ろうと思って。凄いの作るから、楽しみにしててくださいね」
どれだけ凄いのを作る気だ、と斎藤は更に突っ込んでやりたかったが、楽しそうな笑顔全開のを見ていると、これ以上突っ込むのは気の毒な気がして何も言えない。まあ、の手に負えない雪玉が出来てしまったら、斎藤が持ち上げてやれば良いだけのことだ。胴体部分より大きな雪玉を作ることはあるまいと、彼は自分の作業を再開させた。
と、斎藤の足許で何かを掘る音がする。音の方を見ると、兎がかまくらの側面をせっせと掘っていた。
兎というのは何でも掘りたがる習性を持っているから、雪山を見て居ても立ってもいられなくなったのだろう。気持ちは解らないでもないが、作業の邪魔だ。
「お前はあっちに行ってろ」
スコップの端で兎の身体を軽く叩くと、兎は不満そうな顔で斎藤を見上げる。が、すぐにまた穴掘りを再開させた。遊んでいるのか手伝っているつもりなのか判らないが、意地でも穴掘りは止めないつもりらしい。
斎藤は小さく舌打ちをすると、兎をひょいと持ち上げてかまくらの正面に置く。
「そんなに穴を掘りたいなら、此処を掘れ」
斎藤のお許しが出たのが解ったのか、兎は一心不乱にかまくらを掘り始めた。兎の掘る量などたかが知れているが、いらぬところを掘られるよりはずっとマシである。
そんな兎の姿を見て、はくすくす笑う。
「兎さんもお手伝いだねー。偉いねぇ」
「こいつは本能でやってるんだ」
つまらなそうにきっぱりと言い切ると、斎藤も黙々と兎が開けた穴を埋め始めた。
そんなこんなでかまくらが完成した。久々に作ったものだが、なかなか上出来である。
「よし、出来たぞ」
「こっちも出来ましたよ」
「なんだ、一人ででき―――――」
の声に、雪だるまがあるはずの方に目をやった斎藤はそのまま固まってしまった。
たしかは雪だるまを作っていたはずである。なのにそこにあるのは、二つ並んだ雪玉だ。正確に言うと、二つの雪玉をくっ付けて、頭の方には二本の角らしき物が生えている。これは一体何なのか。
「………それは何だ?」
「雪兎ですよ。凄いでしょ?」
達成感に満ちた笑顔で、は得意げに“雪兎”をぽんぽんと叩く。
確かに凄い。こんな雪兎は、北国に住んでいた斎藤も見たことが無い。大体雪兎というのは、掌に乗るくらいの雪玉に南天の葉と実を付けたものだろう。これは絶対に雪兎ではない。
しかし得意げなを目の前にすると、これは雪兎ではないとは言えない。
「何ていうか………玉三郎か?」
こんな常識外れの雪兎は、常識外れな巨大兎の玉三郎以外ありえない。
「あー、本当だ。玉ちゃんそっくり!
じゃあ、胡麻団子とお茶を持ってきますね」
斎藤の微妙な反応も褒められたと思ったらしく、は大喜びでそう言うと家に入って行った。
が家の中に入った後、斎藤はもう一度巨大雪兎に目を遣る。力作なのは解るが、兎らしい可愛らしさが欠片も無い。似ていると言われた玉三郎にも失礼というものだろう。製作者はあんなに可愛いのに、どうして作品はこんなに可愛くないのか不思議なくらいだ。
兎も同じことを思っているのか、斎藤の足許で微妙な顔をして雪兎を見上げていた。
二人で入るということで急遽大きく作り直したかまくらだったが、それでも少し手狭だ。ぎゅうぎゅうというほどではないが、ぴったりとくっ付いて座ることになってしまう。
そんな窮屈なかまくらだが、は上機嫌だ。否、窮屈だから上機嫌なのだろう。こうやって斎藤とぴったりくっ付いて座るなんて、滅多にないことなのだ。
「かまくらって暖かいですねぇ」
斎藤にぴったりとくっ付いて、は嬉しそうに笑う。
暖かいのはかまくらの中というのも勿論あるかもしれないが、斎藤にくっ付いているせいだとは思う。こうやってぴったりとくっ付いているとずっとドキドキして体温が上がるし、斎藤の体温でも温かい。かまくらは最高だ。
「一寸くっ付きすぎじゃないか?」
ぴったりと張り付いて離れないに、斎藤が困った顔をする。困った顔はしているが、こうやってベタベタされるのは厭ではないようだ。目の縁が赤くなっていて、困った顔も照れ隠しなのだろう。
それが解っているからは面白がって、寄りかかるようにますますべったりとくっ付く。
「だって、詰めないと入らないじゃないですか」
こうやって斎藤とくっ付いてかまくらの中から外を見ると、何だか二人だけ別の世界にいるみたいだ。出入り口が外の世界に繋がっている小窓で、二人だけの世界から外を覗いているのだと想像してみると、それだけで胸がどきどきする。
外ではまた雪が降り始めてきっと寒いだろうけど、中はこんなにも暖かい。おまけに雪のせいか外はとても静かで、本当に二人だけの世界にいるみたいだ。この世界に斎藤と二人きりだったら、どんなに良いだろう。
このままずっとかまくらの中にいられたら良いなあと思いながら、は小さく笑った。
去年戴いていたリクエストの「兎部下さんのかまくらドリーム」と「兎部下さんで雪だるまと雪兎ドリーム」を一気に消化してみました。もうリク出してくださった方も忘れてるだろうな、これ………(汗)。
実は私、かまくらも雪だるまも作ったことが無いのですが(九州なんで)、作り方ってこれで合ってるのかな。あと、かまくらの中は本当に暖かいのかと。もう、イメージだけで書いてます。
兎部下さんも久々に甘々妄想系を入れてみました。そうだよ、兎部下さんは本当はこういう人だったんだよ。たまには原点に立ち戻らないと駄目ですな。