ざ・ちぇんじ!

 蛇という生き物は不思議なもので、嫌われ者の代表であると同時に神の使いと崇められることもある。そういうわけで蛇を奉る神社があるというのはよく聞くが、寺のくせに蛇を御本尊にしているところもあるらしい。ちなみにその寺に参ると、金運に御利益があるのだそうだ。
 というわけで、斎藤はに誘われて寺参りである。神社ではあるまいし、何が御利益だと突っ込みたい気持ち満々の斎藤だが、がどうしても行きたいというのだから仕方が無い。恋人ともなると、こういうつまらない付き合いも大切なのである。
 何だか理不尽な思いが消えない斎藤とは反対に、は上機嫌である。本気で蛇寺のご利益を信じているのだろう。跳ねるような足取りで階段を上っている。
「お寺の何処かに白い蛇が住んでるそうですよ。白蛇さんを見たら、金運が急上昇するらしいですから、絶対見つけましょうね」
 階段を駆け上がりながら、は楽しそうに説明する。本物の蛇は大嫌いなくせに、金運に御利益があるとなると話は別らしい。
 白蛇というのは突然変異の青大将だと、斎藤は聞いたことがある。どういう理由でか緑色にならないで生まれてくるらしい。
 なかなか見ることができないから珍重されるのだろうが、所詮は蛇である。神でも神の使いでもあるわけがない。滅多に見ることのできない白蛇を見られるのは運が良いかもしれないが、それで金運まで上がるわけがないではないか。
「蛇を拝むより、ムカデを拝んだ方が御利益があるんじゃないか? 蛇には足が無いが、ムカデには気持ち悪いほど足がある。金のことを“足”とも言うだろう。ムカデの方が金持ちじゃないか」
「何言ってるんですか。白蛇さんは神様なんですよ。そんなこと言ったら罰が当たりますからね!」
 茶化すような口調の斎藤に馬鹿にされたと思ったか、はぷうっと膨れる。
 斎藤はと違って現実主義者で、こういうご利益なんか信じない性質だとは解っているけれど、こう頭から否定されるとは面白くない。彼女も白蛇の御利益を手放しで信じているわけではないけれど、珍しい白蛇を見たら良いことが起こりそうな気がするではないか。
 折角の楽しいお出かけのはずだったのに出鼻を挫かれて、はむっつりとして階段を駆け上がる。と、足に何かが当たった。
「?」
 何だろうと足許を見ると、今まさに話題にしていた白蛇がにょろにょろとのたうっていた。階段を横切ろうとしていたところをの足が邪魔してしまったようで、困っているのか警戒しているのか、その場に留まったままうねうね動いている。
「ひっ………?!」
 突然の白蛇の出現に、は一気に血の気が引いた。
 確かに白蛇を見たいとは思っていたけれど、こんな間近で見たかったわけではない。いくら金運が上がるとはいえ、ものには限度というものがあるのだ。ご本尊だの何だの言っても、蛇は蛇。見ていて気持ちの良いものではない。
 固まっているを、生き物ではなく石か何かだと判断したらしい。白蛇は不意に鎌首をもたげると、の足に乗りかかろうとする仕草を見せた。
「きゃあああああっっ!!!!」
 蛇を避けようとした拍子に足許がぐらついて、は階段を踏み外してしまった。
「うわっっ!!」
 思いがけずが後ろ向きに倒れてきて、斎藤も受け止めきれずに一緒に階段を踏み外す。そのまま二人で団子のように階段を転がり落ちたのだった。





「いったぁ〜い………」
 幸い緩やかな階段だったから大怪我をせずに済んだが、全身を強かに打ちつけたようで体が痺れたように痛む。こんなことになったのも、斎藤が白蛇のことを悪く言ったせいだ。やっぱり白蛇は神の使いで、自分の悪口を言う人間に仕置きをするために出てきたのだ。
 斎藤に一言文句を言ってやろうと、じんじんする手をついて起き上がっただったが、次の瞬間、この世のものとは思えぬ出来事に愕然とした。
「いたたたた………」
 の目の前にいたのは、顔を顰めて打ち付けたところを擦っている自身だったのだ。
 目の前のは顔を顰めて痛みをやり過ごした後、キッと睨みつける。
「白蛇を見たいと言ってたくせに―――――」
 そこまで言ったところで、目の前のも絶句してしまった。
 信じられないことだが、と斎藤の中身が入れ替わってしまったらしい。頭を打って記憶を失くすことはあるけれど、中身が入れ替わるなんて聞いたことが無い。
 こんなことになるなんて、やっぱり白蛇の罰が当たったのだ。神様の使いなのにムカデと一緒にされたのだから、怒るのは当たり前だ。
「もうっ! こんなことになるなんて、斎藤さんのせいですよ! 白蛇さんに謝ってきてください!」
 両拳をぶんぶんと振り回して、は顔を真っ赤にして言う。しかし、の姿でそれをやれば可愛くも見えるのだが、斎藤の姿でやられると気持ち悪いことこの上ない。
 いつもだったら斎藤もを宥めようと思うけれど、自分の姿でそんな可愛い怒り方をされてもげんなりするだけだ。それどころか、殺意まで沸いてきそうである。人は見かけでは無いというけれど、やはり外見は大事だ。
 流石に首は絞めないが、思わずぽこっと頭を叩いてしまった。
「俺の体でそんなことするな! 気持ち悪いっ!!」
「痛ーい! ひどいですぅ〜〜〜!」
 叩かれた頭を両手で押さえて、は目を潤ませる。これもまた、斎藤の顔でやられると気持ち悪いだけだ。
「ひどいのはどっちだ! お前と関わるようになってから、変なことばかり起こるじゃないか。こっちの方が災難だ」
 と関わるようになってからというもの、兎になったり蛙になったり、とどめにである。滅多にできる経験ではないが、わざわざ経験したいことではない。
 ここまでなると、もしかして呪われているのではないかと斎藤は疑ってしまう。が呪われているのか、斎藤が呪われているのかは判らないが。
 まあ、いつもの展開であれば、明日には元に戻っているはずである。慌てることはないのかもしれないが、今日一日をどう乗り切ろうかと思うと気が遠くなりそうな斎藤なのだった。





 身長差が極端にある二人が入れ替わると、見慣れた町並みも全く違って見える。視界が高くなったは周りが良く見渡せるし、逆に斎藤はどうしても低い位置に目が行ってしまう。斎藤が遠くのものによく気付いて、が近くのものによく気付くのは、視線の高さのせいだったらしい。 
 最初こそ入れ替わって驚いたものの、時間が経ってみると意外と不自由が無いことに気付いてからは二人とも落ち着いている。いつもの展開であれば明日の朝には元に戻るのだ。それならいつもとは違う一日を楽しんでやろうという心の余裕も出てきた。慣れとは恐ろしいものである。
 ただ、斎藤が唯一困るのは、の仕草である。いつもの可愛らしい仕草も、斎藤の身体でやられると気持ち悪いことこの上ない。嫌がらせといっても良いくらいの破壊力をもっているのだ。だから、には人前では無表情でいるように言いつけている。
「斎藤さん、この顔も結構疲れるんですけど」
 指示通り素直に無表情で頑張っていたが、困ったように小声で言う。
 斎藤の身体になって見える世界が違うのは面白いのだが、やることなすこと斎藤に禁止されるのにはも閉口した。美味しそうな和菓子屋を見つけて入ろうとすれば怒られ、可愛い野良猫を見つけて触ろうとすれば怒られ、終いには表情を変えるなとまで言われて、は窮屈でたまらない。無表情というのは意外と疲れるのだ。
 が、斎藤はむっつりとした顔で、
「少しくらい我慢しろ。俺の顔でいつも通りのことをされたら、気持ち悪くてたまらん」
「ひどぉい! 斎藤さん、私のこと、気持ち悪いって思ってたんですか?!」
「誰もそんなことは言ってないだろう。俺の顔でやられるのが気持ち悪いと言ってるんだ」
 自分の姿で若い娘のように(実際、中身は若い娘なのだが)喋られると、本当に気持ち悪い。あまりの気持ち悪さに頭痛までしてきて、斎藤はしかめっ面でこめかみを押さえた。
 の身体になるのは別に困りはしないが、彼女が斎藤の身体でいつものように行動しようとするのは切実に困る。誰か知り合いに見られでもしたら、今後恥ずかしい思いをするのは斎藤なのだ。
 はぷうっと膨れそうになったが、また斎藤に怒られるので我慢する。斎藤が笑ったり膨れたりするのも可愛いとは思うのだが、彼はそうは思っていないようなのだ。
 むうっと押し黙っていると、それで漸く斎藤も気に入ったのか、機嫌良く歩き始めた。が、それが続いたのも一瞬で、次の瞬間には満面の笑みになる。
「あー!! 恵ちゃーん!!」
 少し離れた所に、恵の姿を見つけたのだ。背が高いと遠くのものがすぐに見つけられて、便利なものである。
「あっ、このど阿呆っ」
 自分の姿をすっかり忘れているようなの行動を斎藤は慌てて引きとめようとするが、その前には走り出してしまった。女の着物というのは、男物よりもずっと動きにくい。否、歩幅が全く違うから追い付かないのか。
 斎藤も驚いたが、それ以上に驚いたのは恵だ。斎藤が(中身はだが)満面の笑みを浮かべて自分の方に走って来ているのである。こんな世にも気持ち悪いものが自分に向かって走ってきたら、気の弱い女だったら卒倒ものである。幸い、恵は気の弱い女ではなかったから、卒倒はしなかったけれど。
 は恵の前でぴょんと立ち止まると、嬉しそうに言う。
「今日はお仕事お休みなの?」
「あ……いや………」
 にこにこする斎藤(中身はだが)という世にも珍しいものを目の前にして、流石の恵も言葉が出ない。真っ青な顔で固まってしまう。
 どこから突っ込んで良いのやら、恵が混乱していると、斎藤の後ろからが必死な顔で追いかけてきた。そして追い付くと同時に、思いっきり斎藤に体当たりをかませる。
「このど阿呆! 何度大人しくしてろといったら分かるんだ!!」
「きゃあっっ?!」
 の体当たりに悲鳴を上げてよろめく斎藤を見て、恵はますます唖然とする。
「この体でいつものように動くなと、さっきから言ってるだろうが。お前の頭は兎並みかっ」
 苦々しく吐き捨てるの表情は、いつものと違う。そして、ぷぅっと膨れる斎藤も。まるで、斎藤とが入れ替わってしまったようだと、恵は二人の顔をまじまじと見詰める。
 固まっている恵に初めて斎藤は目をやると、頭が痛むかのように額に手をやって言う。
「信じられんかもしれんが、こいつと中身が入れ替わってるんだ。とんでもないもの見せたな」
 そう言うの(中身は斎藤だが)顔は、どう見てもが作る表情ではない。斎藤の顔にしっくりくるような表情である。
 二人がかりで騙されているのではないかと一瞬恵は疑ったが、芝居にしては手が込んでいる。それ以前に、二人がかりでそんな芝居を打っても得をすること何も無いではないか。万一何か得することがあったとしても、斎藤がの真似などするわけがない。
 信じられないことだが、本当に二人は入れ替わってしまっているらしい。不満そうにぷうっと膨れている斎藤(中身はだが)と苦虫を噛み潰したような顔の(中身は斎藤だが)を見比べつつ、恵は気が遠くなるような思いがするのだった。





 斎藤の予想では今日一日だけの交換らしいが、それにしてもこの二人が町を歩くのはある意味公害である。可愛くないは兎も角として、愛想が良くて可愛い斎藤は犯罪と言っても良い。よくもまあ此処に来るまでに子供を泣かせたりしなかったものだと、恵は見当違いな感心をする。
 とりあえず元に戻るまで小国診療所でじっとしているように指示をしたのだが、間が悪いことに今日に限って何故か左之助が来ていた。
「おう、遅かったじゃねぇか。嬢ちゃんの飯食ったら、どうも腹の調子が悪くてよ」
「あ、左之助さん、こんにちは」
 診療室の椅子に座って待っていた左之助に、はぺこりと頭を下げる。
 にとってはいつもの行動であるが、今は外見が斎藤である。事情を知らぬ左之助には、斎藤がぺこりと頭を下げているようにしか見えないわけで、これには椅子から転げ落ちそうになってしまった。
 辛うじて椅子からは落ちなかったものの、左之助は言葉が出ない。愛想の良い斎藤というのもさることながら、左之助に頭を下げる斎藤というのはありえない。
 言葉も出せずに酸欠の金魚のように口をパクパクさせる左之助を見て、斎藤は本日何度目ともつかぬ深い溜息をついた。
「そいつは俺じゃない。と入れ替わったんだ」
 の顔をした斎藤が憮然として言うと、これまた左之助は言葉が出ない。数えるほどしか会ったことが無いとはいえ、こんな苦虫を噛み潰したような顔のなど、彼の中ではありえないものなのだ。
 しかし入れ替わったと言われれば、二人の態度も納得がいく。愛想が良くて可愛い仕草をする斎藤はそのものであるし、憮然とした憎々しい顔のはいかにも斎藤である。
「………何ていうか、何だかなあ………」
 と斎藤を見比べて、左之助は微妙な顔で唸ってしまう。
 と斎藤が入れ替わるというのは、想像の世界だけなら笑えそうなものだが、実際に目の当たりにすると笑いよりも気持ち悪さの方が先立ってしまう。可愛い仕草の斎藤など、油断すると殺意を覚えてしまう。勿論、中身はであるから、殴ったりはしないけれど。
 しかし、気持ち悪いとはいえ、こんな世にも珍しいものを左之助だけで鑑賞するのは勿体無いような気がする。ここはやはり、剣心たちにも見せるべきだろう。気持ち悪いものも愉快なものも共に分かち合うのが友情というものではないか。
「まぁアレだ。二人ともこのままじゃ何かと困るだろ? 皆で元に戻る方法を考えようじゃねえか」
「なっ………?!」
 左之助の提案に、斎藤は顔を真っ赤にして絶句した。
 この姿を―――――正確には中身がの斎藤を剣心たちに見られるなど、舌を噛み切って死んだ方がマシだ。斎藤の意思でやっていることではないとはいえ、自分の体でぴょこんと頭を下げられたり、えへへ〜などと笑っているところを見られたりしたら、顔を合わせる度に蒸し返されるに違いない。
 想像するだけでも身悶えしそうな図であるが、流石に左之助の前でのた打ち回るわけにはいかない。心を落ち着かせるために、斎藤はの袂から煙草とマッチを出して一服つけた。が―――――
「……………っ!!」
 いつも何気無く吸っている煙草であるが、その煙を吸い込んだ途端、斎藤は激しく咳き込んだ。咳のし過ぎで吐き気までしてくるし、頭はくらくらしてくるしで、まるで遠い昔に初めて煙草を吸った時のようだ。
「大丈夫ですか、斎藤さん?!」
「あ、そうか。ちゃん、煙草吸わないから、体が慣れてないのね。あんた、元に戻るまで煙草吸えないわよ」
 心配そうに背中を擦るとは反対に、恵は突き放すような声で冷静に分析する。
 明日までには元に戻ると思われるが、今日一日煙草を吸えないのは辛い。斎藤の一日は煙草で動いているといっても過言ではないのだ。これを機に禁煙、という発想は、残念ながら彼の中には無い。
 の体が煙草を受け付けないということは、逆に言うと煙草の代わりに大福や饅頭を欲しがるということなのだろうか。の体なら甘ったるい菓子を美味しいと感じるのかもしれないが、中身は斎藤なのだからあの味を想像するだけで気が遠くなる。
 絶望で頭がくらくらする斎藤に、左之助は明らかに面白がっているようににやにやする。
「だから皆で考えようって言ってるんじゃねえか。トモダチだろ、俺たち?」
 絶対にこいつだけは友達じゃない。
 今度は怒りで頭がくらくらしてくる斎藤だった。





 そして斎藤とは今、生卵を持って再び蛇寺にいる。皆で知恵を絞った結果、蛇が大好きな生卵を持って謝りに行けばすぐに元に戻してもらえるのではないかということになったのだ。
 生卵ごときで元に戻れるとは斎藤も思っていないが、他に良い案が無いのだから仕方が無い。
「白蛇の機嫌が直れば、すぐに元に戻れるでござるよ。これは烏骨鶏の卵でござるから、きっと白蛇も大喜びでござろう」
 苦虫を噛み潰したような顔をした斎藤に、剣心は気分を盛り上げるように明るく言う。
 烏骨鶏の卵といえば、普通の卵の何倍もする高級卵である。人間様の斎藤だって食べたことが無い。それを蛇にくれてやるなど忌々しい。大体、彼は白蛇が神だとか神の使いだとか、全く信用していないのだ。彼とが入れ替わったのは確かに超常現象ではあるが、それが白蛇のせいだとは言い切れないではないか。
 白いというだけで、蛇のくせに斎藤も食べたことの無い卵を食えるのである。しかも斎藤の金で。これで元に戻れなかったら、蛇の頭を踏み潰してやりたいくらいだ。
「じゃあ、早く白蛇をみつけましょ。何てったって、お金の神様だもんね〜」
 完全に他人事の薫は、白蛇がもたらしてくれる金運にしか関心が無いらしい。食客を3人も抱えている17歳なら、当然といえば当然か。
「えー?! あたしたちを元に戻してもらうのが一番の目的なんだよぉ」
 薫の言葉に、はぷぅっと膨れる。斎藤の顔で膨れられるのは気持ち悪いが、剣心も薫ももう慣れたので驚かない。
 斎藤の体でも困りはしないとは軽く考えていたのだが、彼が困っているらしいということで真剣に元に戻ることを考え始めたのだ。それなのに薫が欲の皮を突っ張らせていたら、白蛇も姿を見せてくれないかもしれないではないか。
「確かこの辺りで出てきたんだが………」
 が転んだ辺りで足を止めて、斎藤は辺りを見回す。
 蛇の習性は斎藤もよくは知らないが、此処を通ったということは、この近くに巣があるか、此処を通り道にしているという可能性が高い。餌を求めて通っていたのなら、待っていればまた戻ってくるかもしれない。
「お家に戻ってないと良いんだけどなあ」
 階段にちょこんと座って、は頬杖をつく。
 小柄な彼女の体でやれば可愛い姿だが、長身を窮屈そうに折り曲げて座られると、何とも滑稽な姿だ。しかもくっ付いているのは悪人面のおっさんの顔である。まともに見ると笑いが出そうなので、斎藤以外の一同は一斉にあらぬ方向を向いた。
「口笛吹いたら出てくるんじゃねえの?」
「それは夜だったらでしょうが。っていうか、それ、迷信だし」
 まるっきりやる気の無い左之助の意見に、恵がすかさず突っ込む。
 考えてみれば誰も蛇の習性を知らないのだから、呼び寄せようにも方法が無い。これは白蛇が出てくるのを気長に待つしかないだろう。
「卵を置いて帰れば良いだろう。こんなに人がいたら、蛇も怖がって出るに出られん」
 当事者のくせに斎藤は随分と投げやりである。もともと白蛇の祟りだとは思っていないし、何よりさっさとこの面子から解放されたかった。
 が、卵を階段に置いて早々に帰ろうとする斎藤を、剣心が引き止める。
「帰ってしまっては、誰が卵を置いたのか白蛇に判らないでござるよ」
「白蛇が神なら俺がやった卵だと判るだろう。その程度も判らないなら、ただの蛇だ」
 斎藤に祟るほどの蛇なら、卵を置いて行った人間が誰かくらいお見通しだろう。それが判らないような蛇なら、ただの蛇である。斎藤とを入れ替える力などあるわけがない。
 今日は仕事は休みだが、休みの日でも斎藤は忙しいのだ。いつまでも蛇なんかに関わっている暇なんか無い。
 それはも同じで、折角の休みだから斎藤と二人きりでいたい。それに兎のことも心配だ。餌と水は十分に与えているが、休みの日にはゆっくり遊びたい。
「そうですね。白蛇さんは神様だから、何でもお見通しですよ。一回家に帰り―――――」
 も賛成して立ち上がろうと階段に手を付いた時、妙な手触りを感じた。
「えっ………?!」
 嫌な予感がして恐る恐る手を見ると、件の白蛇が赤い舌をチロチロ出しながらをじっと見上げていた。
「うっ……わぁあああああっっ!!」
 はぴょんと跳び上がると、斎藤に抱きついた。
「うわっっ!!」
 いつもの斎藤ならに抱きつかれても受け止められただろうが、今の小さなの体で斎藤の長身を受け止められるわけがない。覆いかぶさるように抱きつかれ、斎藤もそのまま倒れてしまった。
「斎藤っっ!!」
ちゃんっっ!!」
 剣心と恵が同時に声を上げる。
 幸い、転がり落ちることは無かったが、二人ともぐったりとしたまま動かない。どうやら頭を打ってしまったらしい。
 頭を打っているとしたら、強く揺するわけにはいかない。恵は下敷きになっているの体を覗き込んで、軽く肩を叩く。
「ねえ、大丈夫?」
「う………」
 微かに眉間に皺を寄せ、ゆっくりと目を開けた。暫くぼんやりとしていたが、二人で抱き合っている事に気付くと一気に顔を紅くする。
「わぁあああっっ?!」
 その反応は、明らかにのものだ。どうやらさっきの衝撃で元に戻ったらしい。
 その声に上に乗っていた斎藤も目を醒ます。同時にぱっと体を離した。
「も…元に戻ったのか………?」
 の目をまじまじと見た後、斎藤は自分の体をじっと見て確認する。
 よく解らないが、さっきの衝撃で元に戻ることができたらしい。認めたくはないが、やはりあの卵が効いたのだろうか。
 白蛇がいた場所を見上げると、もう白蛇も卵も消えていた。どさくさに紛れて卵を飲んだ後、さっさと巣に戻ったのだろう。貰うものだけ貰ったら、後は用は無いということか。
「良かった〜。これで煙草も吸えますよ、斎藤さん」
「あ―――――っっっ!!!」
 のはしゃいだ声に、薫の大声が重なった。
「私、白蛇見てない!!」
 そう、と斎藤が倒れた騒ぎに目を奪われて、薫も剣心も恵も、白蛇の姿を見ていないのだ。結局、きちんと白蛇を見たのはだけである。
「剣心! 左之助! 白蛇探すわよ!! ほらっ!!」
 目を吊り上げて、薫が二人を追い立てる。彼女にとってはと斎藤が元に戻ったことよりも何よりも、やはり白蛇を見ることの方が重要であるらしい。
 はというと、白蛇を見たし、事故とはいえ触ってもいる。そして元の体に戻ることもできたのだから、もう此処にいる理由は無い。
「じゃあ、あたしたちは帰りますね。ねぇ、斎藤さん?」
「そうだな」
 斎藤もの言葉に異存は無い。彼は最初から白蛇のご利益など信じていなかったのだから、白蛇の姿を見ようが見まいがどうでも良いのだ。
 ところが―――――
「駄目よ! さんは白蛇を呼べる人だから、残ってもらわなきゃ」
「えぇえええええ〜〜〜〜〜?!」
 これでやっと斎藤と二人きりの休日を楽しめると思ったのに、薫にしっかりと腕を掴まれて、は困惑した声を上げた。
 確かに一日に二度も白蛇を見たは縁がある人間なのかもしれないが、また確実に会えるという保証は何処にもないのだ。が、薫はが白蛇を呼んでいると信じているようで、逃がすものかと腕を掴む手に力を込める。
 どうやって薫を納得させれば良いのか解らなくて、は困ったように斎藤を見上げるのだった。
<あとがき>
 無駄に長くなってしまいました。しかも盛り上がりもへったくれも無いし………。
 久々に滅茶苦茶長くなったので、タイトルを考える気力もなくなってしまい、昔のコバルト文庫の小説からそのまま引用。タイトル考えるの、苦手なんですよ。とほほ………。
 実は蛇寺というのは、私の地元にあるんですよ。お寺のはずなんだけど、蛇が神様なんだって。子供の頃に行ったきりなんでもしかしたら本当は違うのかもしれないんですけど、生卵とか供えてあったもんなあ。蛇が神様なら、寺じゃなくて神社ですよね、普通?
 さて、白蛇さんを見て金運が付いたと思われる主人公さん。次はお金絡みのドリームを書きたいですね(笑)。
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