霖霖のお仕事

 寒くなったら、冬篭りの為に鼠たちが家の中に引っ越してきた。居候なら居候らしく大人しくしていれば良いのに、あいつらは屋根裏で暴れたり食べ物をくすねたり、やりたい放題だ。
 そしてその鼠たちを追いかけて、バカ猫も走り回っている。猫は鼠を捕まえるのが仕事らしいから、やっと活躍の場が見付かって嬉しいのは解るけど、一寸張り切りすぎだ。さんたちが寝てても、お構い無しで鼠を追いかけるんだもの。
 しかも掴まえたら必ず獲物をシノモリサンやさんに見せに行くんだ。獲物を見たシノモリサンが褒めてやったのが癖になったみたいなんだけど、死にかけた鼠なんか見せられたらたまらないよ。さんなんか、いつも悲鳴を上げてるんだから。
 でもバカ猫は馬鹿だから、悲鳴を上げられても平気で何度も見せに行くんだけどね。それどころか、半殺しに弱らせた鼠をさんの前に置いたりして。バカ猫が言うには狩りの仕方を教えてやってるつもりらしいけど、人間は狩りなんかしなくても良いから。猫と人間の違いも判らないらしい。
『ねぇ、鳥肉ぅ』
『だから鳥肉じゃ―――――ぎゃあっっ?!』
 油断して振り返ると、バカ猫が死にかけの鼠を咥えていたのだ。さんもシノモリサンもいないから、僕に獲物を見せに来たらしい。
『そんなものを持ってくるな!』
 こんなものを嬉しそうに持ち歩くなんて、何て野蛮な奴なんだ。だから肉食の生き物は嫌いなんだよ。
 そういう野蛮な奴だから、僕が怒鳴っている理由も解らないらしい。馬鹿猫は不思議そうな顔をして、
『別に鳥肉に持ってきたんじゃないよ。欲しいなら分けてあげるけど。足と尻尾、どっちが良い? あ、頭とお腹は駄目だよ。ここが一番美味しいんだから』
『どっちもいらない! っていうか、鳥肉って呼ぶな!!』
 本当にこいつはもう………。僕には“ちぃちゃん”っていう立派な名前があるのに、憶える気が無いらしい。
 大体鳥肉鳥肉って、やっぱり僕のことを食べる気満々なんじゃないか。鼠捕りだって、ひょっとしたら僕を食べるための練習なのかもしれない。
 鼠じゃなくて僕を咥えている馬鹿猫を想像して、ぞっとした。
『やっぱり僕を食べる気なんだろ?!』
『だから鳥肉なんか食べないってば。鼠の方が美味しいしね。鳥肉、嘴とか足とか喉に引っかかりそうなんだもん』
『具体的に想像するなっ!!』
 やっぱり食べること考えてたんじゃないか。そうじゃなきゃ、喉に引っかかるなんて発想、出てこないよ。
 僕の家は鴨居に掛けられているからバカ猫の手は届かないから安心だけど、油断は出来ない。猫って身軽だから、いつ跳びかかってくるか判らないのだ。
 バカ猫が跳びかかってこないように睨みつけていると、バカ猫は首を傾げた。
『頭あげないって言ったの怒ってるの? でもこれ、霖霖の鼠だもん』
 ああ、こいつ、全然解ってない………。言葉は通じるのに言ってることが通じないって、どういうことなんだ? 本当にこいつは絶望的に頭が悪いらしい。
 もう何もかもが厭になって、僕は大きく溜息をついた。
『僕は鼠なんか食べないの! そんなに美味しいなら、さっさと食べれば良いだろ』
『そう! それを相談したかったんだ!』
 バカ猫が重大なことを思い出したように声を上げた。何だ、獲物を見せびらかしに来たんじゃなかったのか。
『あのね、この鼠、蒼紫に見せる前に食べて良いと思う?』
 一応バカ猫なりに、獲物を自分の主人に見せないといけないと思っているらしい。ま、見せないと褒めてもらえないから、見せなきゃって思ってるんだろうけど。
 でも、最初の頃こそシノモリサンは褒めてたけど、毎日鼠を持ってくるようになった今では、頭を撫でるのも適当だ。シノモリサンも、毎日鼠の死体を持って来られちゃ厭になるよね。
 大体、鼠の死体をありがたがるのは猫だけなんだから、見せる必要は無いんだよ。シノモリサンに見せるって事は、さんだって見ちゃうことになるんだし。
『良いんじゃないの?』
『でもね、今食べちゃったら、蒼紫たちがいない時は霖霖がお仕事してないみたいじゃない? 霖霖がお仕事頑張ってるってとこ、見せないと』
『“お仕事”ねぇ………』
 猫が鼠を捕まえるのは仕事といえば仕事だけど、こいつのは鬼ごっこの延長みたいなものだからなあ。シノモリサンも、こいつが“お仕事”してるなんて思ってないと思う。
 バカ猫だって本当は、仕事振りを褒めて欲しいんじゃなくて、獲物を見せびらかしたいだけみたいだし。獲物を沢山捕れるっていうのは、どこの世界でも立派な奴の証だもんね。シノモリサンたちには通じないけど。
 バカ猫は鼠を畳に置いて、じっと考えている。食べるかシノモリサンが帰ってくるのを待つか迷っているらしい。迷うくらいなら食べちゃえば良いのに。そしたらさんだって鼠の死体を見なくて済むんだから。
 馬鹿なりに長々と考えていたバカ猫だったけど、良い考えが浮かんだのか、ぱっと明るい顔をした。
『そうだ! お仕事した証拠を残せば良いんだよね。霖霖、頭良い!』
『えっ?!』
 “お仕事した証拠”って、まさか―――――
 予想通り、バカ猫は鼠を食べ始めた。こいつ、ちょこっとだけ残して、それをシノモリサンに見せる気なんだ。
 どこを残すつもりか知らないけど、そんなもの食べ残すなよ! シノモリサンが見るのは別に良いけど、さんが見ちゃったら大変じゃないか。
『一寸待て! や、待たなくて良い! それ、全部食べな。我慢は良くないよ』
 羽をばたばたさせながら言うけれど、バカ猫は聞いちゃいない。
 食べているうちに勢い余って全部食べちゃえば良いけど、こういう時に限って大きな鼠を捕ってるから、しっかり残しちゃうんだろうなあ。
 ああ、せめて今日はシノモリサンが先に帰って来ますように。シノモリサンが褒めるからこんなことになっちゃったんだから、責任取ってもらわなきゃ。





 で、結論から言うと、さんが先に帰ってきちゃって、大騒ぎになってしまった。
 バカ猫、よりにもよって頭を残したものだから、さんは悲鳴を上げて出て行くし、シノモリサンは怒ってバカ猫から鼠の頭を取り上げるし、バカ猫は折角残しておいた美味しいところを取り上げられて拗ねちゃうし、兎に角大変だった。
 そりゃ鼠の生首を咥えて来られたら、誰だってびっくりするし怒るよ。さんなんか、気味悪がってバカ猫に近寄ろうともしない。シノモリサンはシノモリサンで、さんのご機嫌取りに必死だ。さんが怒ったままだと、バカ猫を追い出さなきゃいけなくなるからね。
 当のバカ猫はというと、反省どころか拗ねたままだ。シノモリサンがくれた夕御飯にも見向きもしない。
『だから全部食べなって言っただろ。どうするんだよ、さん怒らせちゃって』
 部屋の隅で不貞寝しているバカ猫に声を掛けてみる。バカ猫は片目だけ開けて、
は霖霖に嫉妬してるのよ。自分が鼠捕れないからって。蒼紫もあんな鼠も取れない女の御機嫌取っちゃって、馬鹿みたい』
 えーっと………馬鹿はお前だ。 どうしたらそんな上から目線になるのかなあ。
 呆れていると、バカ猫は続けて言う。
は焼き餅焼きだから、もう鼠も見せてあげないし、狩りも教えてあげない!』
『………それが良いと思うよ』
 バカ猫がどう解釈しているのであれ、それが一番良いことだ。さんも変なの見せられなくて済むしね。
 天井裏では、何やら鼠たちがカタカタやっている。もしかしたら、猫がいない家に引っ越すつもりなのかもしれない。あいつらにとっても、それが一番だ。
 あいつらがいなくなったら、この家にも平和が戻るのになあ。出て行くなら早く出て行け、と天井を見上げて念を送っておいた。
<あとがき>
 うちの父が独身の時に飼っていた猫が、捕ってきた鼠を見せに来ていたそうです。が、見せに来るのは良いんですが、見てもらうまで食べるのを我慢できないらしく、結局持ってくるのは頭だけだったとか。褒めるまで鼠の生首を咥えてたんだって(汗)。
 さて、霖霖も一寸お姉さんになったせいか、お仕事をこなすようになりました。そして主人公さんに狩りを教えてあげる面倒見の良さも見せています。ま、全然通じてないけどな(笑)。
 霖霖が張り切ると、ちぃちゃんと蒼紫が大変なようです。男は辛いな。
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