花火
操と蒼紫が花火を持ってやって来た。沢山買いすぎたので、縁とと一緒にやろうというのだ。「花火なんて久し振りねぇ。こういうのって、一人じゃやらないから」
ははしゃいだ声を上げるが、縁は面白くない。この二人がわざわざ来るなんて、何か企んでいるに違いないのだ。
企んでいるのは、多分操だと思う。蒼紫はこんなことに知恵が回る男ではない。何より、無理やり連れてこられたような面白くなさそうな顔が全てを物語っている。
「で、何を企んでいるんダ?」
花火の袋を開けながらきゃあきゃあ騒いでいる女二人を横目に、縁は蒼紫に低い声で問い詰める。
「花火で二人の仲を進展させるつもりらしい。この前読んだ流行小説に、そういう筋の話があったと言っていた」
まるっきり他人事といった無関心な様子で、蒼紫は答える。
わけの分からない知恵を付けてきたものである。花火をきっかけに二人をくっ付けたいなら、二人きりにしてくれと縁は言いたい。操と蒼紫がいては、二人の目が気になって、くっ付くものもくっ付けないではないか。はっきり言って、この二人は邪魔なのである。
縁が不機嫌な顔で黙っていると、そんな様子に全く気付いていないが能天気に声を掛ける。
「縁はどれが良い?」
「どれでも良イ」
元々四人で仲良く花火なんてしたくないのだから、縁の返事は投げやりなものである。
「じゃあ、縁はこれね」
何故か操に花火を渡され、縁はますます面白くない。しかしは楽しそうであるから、渋々ながら蝋燭に花火を近付ける。その瞬間、花火の先から勢いよく火が噴き出した。
「わあ、綺麗」
と操がはしゃいだ声を上げる。
縁の花火は、火を噴きながら様々に色を変える。最近はそういう仕掛けの花火が簡単に手に入るようになったらしい。
彼女も花火を手に取って火を点けた。彼女の花火はぱちぱちと勢い良く弾ける。
「本当に花火なんて久し振り。最近はいろんなのが出てるのね」
「そうですよ。おまけに安いし。先生、花火が好きなら、また持ってきますよ。ねぇ、蒼紫様?」
「そんな物、自分で買うからイイ」
燃え尽きた花火を水の入った桶に投げ捨てて、縁は怒ったように言う。
花火を口実に、また押しかけられたらたまらない。縁は二人きりで花火をしたいのだ。
そんな縁の態度を見て、操はにやぁっと笑う。
「ふ〜ん、縁、先生と二人きりで花火したいんだぁ?」
「………………っっ!!」
の前で図星をさされ、縁は一瞬で顔を紅くする。
心の準備もできていないうちにそんなことを言われては、何も言えないではないか。しかも、は縁の気持ちに何も気付いていないのである。そんな時にこんな露骨なことを言って、との仲が気まずくなったらどうしてくれるのか。
何とかして誤魔化さなくてはと縁は焦るが、良い言葉が見付からない。小さく唸っていると、が笑いながら言った。
「そうよね。いつも持って来てもらうわけにはいかないわ」
その言葉に、縁の顔がぱっと明るくなる。
やはりも、縁と二人で花火をしたいと思っているのだ。親しくしているとはいえ、お得意様ともいえる老人の身内とするより、何の遠慮もいらない縁と二人きりの方が気楽で楽しいに決まっている。
が、の口から続けて出てきた言葉は、予想外のものだった。
「今度は私たちが『葵屋』さんに持っていくわ。ね、縁」
「え………」
どうやらは、縁の言葉の意味も操の言葉の意味にも全く気付いていないらしい。此処まで鈍さが徹底していると、ある意味尊敬してしまう。
他の部分は兎も角、見た目だけは美人と言っても良いがこの歳まで男っ気が全く無いのは、この並外れた鈍さのせいなのかもしれない。
しかし今は、が独り身な理由を分析しても仕方が無い。問題は、これからもこのお節介な二人(動いているのは操だが)とずるずる付き合わなければならないということだ。
困ったことに、はこの二人を気に入っているらしい。それなのに縁が嫌がったりしたら、は気分を害してしまうだろう。害さないにしても、がっかりするに違いない。
「うぅ………」
のがっかりする顔は見たくない。不本意ながら、縁は小さく頷いた。
そんな縁の姿を見て、蒼紫は励ますように肩を叩いてやるのだった。
主人公さんに想いが全く通じない縁です。ここまで通じないのも凄いな(笑)。
肝心なところには届かない想いですが、蒼紫とは何だか友情が育まれつつある模様。これはまだ蒼紫の一方通行かな?
まあ、あれだよ。主人公さんに気持ちが通じなくても、蒼紫という友達が出来たらそれで良いじゃないか。友情って一生ものだよ?
あ、駄目ですか。駄目ですね、すみません。