歴史的和解?

 広いお家に引っ越したけれど、僕のお家は前と変わらない。まあ、今の家でも不満はないから良いんだけどね。だけど新しい家に来て困ったことは―――――
 わさわさ、わさわさ
 頭の上で大根の葉っぱがわさわさしている。またあいつが来たんだ。
「ねー、食べないのー? こっち向きなよぉ」
 僕の頭を大根の葉っぱで突付きまわしながら、ミサオチャンがつまらなそうに言う。
 広いお家に引っ越して、お庭も広くなって雀さんたちも沢山遊びに来て楽しいのは楽しいけれど、ミサオチャンがしょっちゅう来るのは困りものだ。こいつがいるとうるさくてうるさくて、昼寝も出来やしない。
 ミサオチャンというのは、シノモリサンの昔の巣だった『葵屋』に住んでいる仲間だ。シノモリサンの仲間だけあって、バカで無神経な奴で、礼儀ってものを知らない。勝手にやって来るくせにさんにお茶やお菓子を出させるし、こうやって僕のお昼寝を邪魔するし。
 ミサオチャンは僕たちみたいな動物が好きらしくて、バカ猫の相手をするのは僕にとってもありがたいことなんだけど、僕にまで構わないで欲しいなあ。僕はさんとだけ遊びたいのに。
「ねえってばぁ」
「ちぃちゃん、あんまりお腹空いてないんじゃないかしら。さっきご飯上げたばっかりだし」
 ミサオチャンを宥めるように、さんが優しい声で言う。そんな優しい声で言ったって、こいつは聞かないよ。もっとちゃんと怒ってよ。
「そいつは霖霖と違って愛想が無いからな」
 後ろから、バカ猫を膝に乗せたシノモリサンがつまらなそうに言う。さんもミサオチャンも僕に注目してるから面白くないのだろう。あーやだやだ、男の嫉妬って。
 確かに僕はさんだけが大好きだけど、別に愛想が悪いわけじゃない。礼儀を知らない奴に厳しいだけなんだ。ミサオチャンみたいに無作法な奴は相手したくないんだ。
 反論しようと振り返ると、ミサオチャンの顔が嬉しそうにぱあっと明るくなる。
「あっ、こっち向いた! ほらほら」
 またミサオチャンが僕の鼻先で大根の葉っぱをわさわささせる。もう、鬱陶しいなあ。
 とはいえ、目の前で葉っぱがわさわさしていると、つい突きたくなるもので―――――
「あー、食べた食べた!」
 別にミサオチャンのことを喜ばすつもりは無かったんだけど、ミサオチャンは大喜びだ。何か面白くないけど、さんも喜んでくれるから良いや。
 まあ、葉っぱは誰がくれても美味しいんだけどね。ミサオチャンじゃなくて、さんだったらもっと美味しいのになあ。
「あたしも文鳥欲しいなあ。ちぃちゃんみたいな手乗りにするの」
 僕が葉っぱを食べるのを見て気を良くしたらしく、ミサオチャンははしゃいだ声を上げる。
 うわー、こいつに飼われる文鳥、可哀相。きっと構われ倒されて病気になっちゃうよ。
 まだいない仲間を思って同情していると、シノモリサンがおもむろに口を開いた。
「生き物は玩具じゃない。文鳥でも、何年も面倒を見なくてはいけないんだぞ。お前に出来るのか?」
 そうそう。これはシノモリサンの言う通りだ。ミサオチャンは飽きっぽそうだから、一生面倒見るなんてできないだろう。
 だけどミサオチャンはぷぅっと膨れて、
「できますよぉ! 文鳥の世話くらい」
「“世話くらい”などと言っているうちは駄目だ。こんな小さなものでも、命には変わり無い。命に責任を持てないうちは、飼うものではない」
 シノモリサンにしては珍しく、良いことを言う。自分は簡単にバカ猫を拾ったくせにね。
 でもよく思い出してみたら、シノモリサンはバカ猫の世話をさんに押し付けたことは一度も無い。あんまり遊んでやってはいないけど、ちゃんと自分で世話してる。
 一応、言ってることには筋は通ってるよな。駄目な奴だけど、そこだけは立派だ。
 だからさんもシノモリサンを追い出さないのかな? 駄目な奴の一寸した良いところを見付けて、引き取ってあげる気になったのかな。
 駄目な奴にも、神様は一つくらい良いところを付けてくれるものなんだね。だけどこれくらいじゃあ、さんに相応しいとは言えないな。やっぱり僕くらい可愛くてしっかり者の男じゃないとね。
 あいつはそれなりに良い奴なのかもしれないけど、やっぱり僕の方が男としては上だよ。さんも早くそのことに気付くと良いのになあ。
『ねぇ、さん?』
 僕がちちっと鳴くと、さんはふふっと笑った。
<あとがき>
 ちぃちゃんと蒼紫の歴史的和解です。ここまで長かったなあ………(遠い目)。でも、二人の仲は相変わらず認めてないですけどね。
 まあ、文鳥ごときが認めなくても、蒼紫は二人の愛を貫くんですけど。っていうか、いざとなったら霖霖を(以下略)。いやいや、不幸な事故は起きないですよ?
 どうでも良いですけど操ちゃん、新婚家庭に頻繁に出入りするのはどうかと………。ほら、やっぱり色々とあるでしょうし(←何が?)。
戻る