火鉢君再び

 外は雨がしとしと降っている。
 先月までは暖かな日が続いていたのに、梅雨に入ったら暖かくなったり寒くなったり忙しい。僕は着物を着ないから何にも考えなくて良いけれど、さんは毎日何を着るか頭を悩ませている。人間って、大変だなあ。
 着るものでも毎日悩んでるけれど、夜は夜でお布団にも悩んでいるみたい。夜は寒くても朝は暑くなったり、夜は暑くても朝は寒かったりで、毛布を出したり夏用の布団を出したり、さんは忙しい。
 そんなことを考えていると、いつも置物みたいに動かないシノモリサンが、急に押入れの中を漁りだした。さんに買ってもらった綿入れを出すのかな、と思っていたら―――――
「あった、あった」
 うれしそうにシノモリサンが引っ張り出したのは、あの火鉢。おいおい、6月に火鉢って、どういうことよ?
 さんがお買い物に行っている隙に、って思ってるんだろうけど、帰ってきたら怒られるよー。
『わーい! 火鉢、火鉢ー!』
 寒がりのバカ猫は大喜びだ。あーあ、さんに怒られるとも知らないで。
 シノモリサンはいそいそと火鉢に火を熾すと、早速温まり始めた。バカ猫もシノモリサンの膝に乗って丸くなる。
 あーあ、すっかり寛いでるよ、こいつら………。
「ただいまー」
 バカ二人が火鉢と和んでいると、さんが帰ってきた。さあ、これからがお楽しみだ。
「何なの?! 火鉢なんか出して!」
 ほらきた。僕の予想通り、さんがびっくりした声を上げる。
「もう6月なのよ! どうして火鉢なんか出すの?!」
「寒いんだから仕方ないじゃないか。霖霖も寒がってるんだ」
 シノモリサン、珍しく強気だ。確かに今日は寒いけどさあ………。でも6月だよ、6月! どう考えても、この時期に火鉢は変だろ。
 呆れてじっと見ていると、さんが僕の視線に気付いたらしい。
「ほら、ちぃちゃんも呆れてるじゃない」
 うんうん、呆れてものも言えないよ。この時季に火鉢なんて、非常識だよね。
 だけどシノモリサンは面白くなさそうに、
「あいつはいつもそんな顔をしてるじゃないか。元々そんな顔なんだ」
 や、こんな顔するの、お前らを見てる時だけだし。
「違うわ。いつもはもっと可愛い顔をしてるもの」
 そうそう。僕は本当は可愛い文鳥さんなんだから。
 二人の会話に合いの手を入れながら眺めていると、シノモリサンがいきなりさんの手を握った。
「まあまあ。外は寒かっただろう? ああ、そうだ。確か昨日買った饅頭が残っていただろう。あれを焼いて食べよう」
 ご機嫌を取るような猫撫で声で言うと、シノモリサンはさんを火鉢の前に座らせる。そして台所からお饅頭と金網を持ってくると、さっさとお饅頭を焼き始めた。
 こいつ、自分やバカ猫が食べ物に釣られるからって、さんまで食べ物で釣れると思ってるらしい。しかも残り物のお饅頭で釣ろうと思ってるんだから、けち臭い。
 こんなものでご機嫌を取ろうなんて、さんはもっと怒るはずだ。と思っていたら―――――
「うーん………」
 てっきりもっと怒ると思っていたのに、何故かさんはまんざらでもないような顔をしている。駄目だよ、さん。こんな見え見えの手に引っかかっちゃあ。
 もしかして、ずっとシノモリサンと一緒にいるから、あいつのバカさがうつっちゃったの? 病気みたいにうつるなんて、あいつのバカさはただ事じゃない。
 僕がちゃんとさんの目を醒まさせてあげなきゃ。お饅頭が焼けるのを待っているさんを見ながら、僕は決意を固めるのだった。
<あとがき>
 目を醒まさせるも何も、二人のバカップルぶりは今に始まったことじゃないから(笑)。
 主人公さんもしっかりしているように見えて、ちょっと優しくされるとデレデレになっちゃうみたいです。ちぃちゃんも霖霖も見てるのに。
 しかし蒼紫、6月になってもまだ火鉢が必要って、どういうことよ? 広い家に引っ越したら、真夏以外は火鉢君フル稼働になっちゃうかも(笑)。
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