勇気を出して飛び出そう
珍しくシノモリサンが朝からやってきた。殆ど毎日さんの家で寝泊りしているけれど、たまに自分の巣に帰ることがあって、そういう日の次の日は大体夕方にやって来るから、朝から来るなんて珍しい。しかもシノモリサンはやってくるなり、がたがたと自分の荷物を集めたりして、忙しく働いている。こんなに動くシノモリサンは初めて見た。最近暖かくなったから、活発に動くようになったのだろう。本当に虫みたいな奴だ。
「出してみると結構あるものだな。こんなに持ち込んでたのか」
部屋の隅に積み上げた本だの何だのを見て、シノモリサンはしみじみと言った。今更何言ってんだか。お前のせいでこの部屋は狭くなってたんだからな。
此処に寝泊りをするようになった頃から、シノモリサンは少しずつ色々なものを持ち込んでいた。一寸ずつならバレないと思ってたのかもしれないけど、僕はちゃあんと見てたんだ。
「まだ押入れの中にも沢山あるのよ。今から少しずつ荷造りしとかないとね。お引っ越し直前にやってたら間に合わないわ」
腕を組んでしみじみするシノモリサンの隣で、さんが楽しそうに言う。
そうか。さん、やっとシノモリサンを追い出す気になったんだ。そうだよね、あんな場所を取るだけの奴なんて、いないほうがすっきりするよ。
シノモリサンと荷物が無くなったら、大分すっきりするだろうなあ。あいつがいないだけでも清々しい気分になれるんだから、荷物まで無くなったら、もっとすっきりするだろう。これからの季節のためにも、お家はすっきりさせないとね。
あいつのいない部屋は、きっと風通しが良くなるだろう。去年よりずっと涼しげな夏を想像すると、今から嬉しくてたまらない。嬉しくて嬉しくて、僕は籠の中をぴょんぴょん跳ね回る。
それに気付いて、さんも嬉しそうに僕の方を見て笑った。
「ちぃちゃんもお引っ越しが嬉しいみたい。ねぇ、『葵屋』の荷造りは進んでる?」
「あまり使わないものは纏めたよ」
あれ? 『葵屋』ってシノモリサンの本当の巣だったはず。そこでも荷造りしてるなんて、『葵屋』も出て行くつもりなのかな。さんから追い出されて、『葵屋』も出て行くなんて、シノモリサン、何処に住むつもりなんだろう?
もしかして、役立たずだから『葵屋』も追い出されることになったのかな。そしたら、新しい巣を見つけたのかなあ。あいつ、馬鹿だから自分で巣を見つけるなんて出来ないと思ってたんだけど。
不思議に思って考えていると、バカ猫も同じくらい不思議に思ったのか、シノモリサンの足許に寄ってきた。
『蒼紫ー、何やってるのー?』
首の鈴をチリチリいわせて脚に摺り寄るバカ猫を、シノモリサンが抱き上げる。そして自分の顔の高さに持ち上げて、
「来月には引っ越しだぞ。此処よりずっと広い家だから、霖霖も沢山遊べるな」
へー、あいつ、此処より広い巣に引っ越すんだ。そんな甲斐性があるとは思えないんだけどなあ。
いつものシノモリサンの姿からはそんな甲斐性は想像できないけれど、嘘はついてないみたいだ。バカ猫に言い聞かせる顔が、凄く得意気なんだもの。
ま、あいつがどんな家に住もうと、どうでも良いんだけどね。バカ猫と一緒に此処から出て行くなら、清々するよ。これからは僕とさんとお父さんとお母さんの4人暮らしなんだ。水入らずの生活ってやつだね。
―――――なんて浮かれていたら、さんが僕のところへ近寄ってきた。そしてご機嫌な顔で、
「ちぃちゃんもお引っ越しが楽しみよねぇ。今度のお家は鳥さんが沢山来るみたいだから、お友達ができると良いわね」
え? 出て行くのはシノモリサンだけじゃないの? まさか、シノモリサンと一緒に僕たちも引っ越しするの?
予想外の展開にびっくりして固まっている僕を見て、さんはふふっと笑う。
「これからは一緒に暮らすんだから、蒼紫とも仲良くしなきゃ駄目よ」
一緒に暮らすって………。ってことは、バカ猫とも一日中一緒ってこと? それは一寸、身の危険を感じるんだけど。
さんことだから、僕のことはちゃんとバカ猫から守ってくれると思うけど、シノモリサンはなあ………。あいつをあてにするくらいなら、自分で自分の身を守る方が確実な気がする。
これからのことを考えると、僕は今から気持ちが沈んでしまうのだった。
これまでずっと通い近状態だった二人ですが、やっとお引っ越しの運びとなりました。ちぃちゃんにとっては霖霖との同居は毎日が命懸けでしょうが、多分大丈夫でしょう。霖霖はお馬鹿なまま成長しない予定ですし。
ところで、主人公さんの家は“お家”で、ちぃちゃんの鳥籠も“お家”。蒼紫だけが“巣”なのは、ちぃちゃんの格付けでは蒼紫は文鳥以下ってことなんでしょうか(笑)。いつもバカって言ってるし。
ところで蒼紫、主人公さんの家にどれだけ荷物を持ち込んでたんだ? 押入れにもまだ沢山あるって………(汗)。