春が来た
最近はぽかぽかな日が続いて、本当に春が来たなあって感じだ。お隣さんの桜の木も満開だし、うちの庭の花も次々咲いていって、とっても良い匂いがする。暖かな風がそよそよ吹いて、何だか眠たくなってきた。春って一日中眠たいから、一寸困るんだよね。ぼーっとしてたらいつの間にか夕方になってたりして。御飯食べたり、お水を飲んだり、毛繕いをしたり、僕の一日は結構忙しいのに。
でも我慢できないくらい眠いから、一寸お昼寝しようかな。お昼寝をして頭がすっきりしたら、集中して毛繕いできそうだし。
一つ大きな欠伸をして目を閉じかけた時、いきなりシノモリサンが大きな声を上げた。
「だから火鉢を片付けるのは、もっと後でいいって言ってるだろう」
「何言ってるの。もう4月なのよ。まだ火鉢があるなんて、うちくらいなものだわ」
ご主人も負けずに言い返している。
ああ、そうだ。去年の今頃も、火鉢のことでご主人とシノモリサンは揉めていたんだっけ。で、結局去年はずるずると5月まで火鉢が出ていた。
ご主人はさっさと火鉢を片付けたい人だけど、シノモリサンはずっと火鉢と一緒にいたい奴らしい。そんなに火鉢が好きなら、火鉢と一緒に何処か違うところに住めば良いのに。
「まだ4月だぞ。朝と夜は冷えるのに、火鉢無しで風邪を引いたらどうするんだ」
『そうよ、そうよ。霖霖だって寒いんだから!』
シノモリサンの足許で、バカ猫までぎゃあぎゃあ言う。お前は関係ないだろう。っていうか、此処はお前の家じゃないんだし。
確かに昼間は暖かいけれど、朝と夜は一寸寒い。だけど、火鉢が無いとどうしようもないほどに寒いというわけじゃないのだ。現に僕だって、火鉢無しでも我慢できている。僕より大きいシノモリサンや霖霖が我慢できないはずがない。
大体、あいつらは甘えているのだ。これまでずっと甘やかしてきたご主人も悪いけど、こいつら頭に乗り過ぎ! そんなに火鉢と一緒にいたいなら、お前ら火鉢と一緒に何処か行け。そして二度と戻ってくるな。
「ほら、霖霖だって火鉢はいるって言ってるじゃないか。多数決だ。火鉢はまだ片付けなくて良い」
バカ猫が味方に付いて強気になったらしい。シノモリサンは偉そうに宣言する。一人だったらさんに逆らえないヘタレのくせに、バカ猫でも味方ができると途端に態度がでかくなるなんて、ヘタレな上に最低だ。
呆れて成り行きを見守っていると、さんも呆れてしまったらしく小さく溜息をついた。そして無言で押入れを開けると、何かをごそごそと取り出す。
「そんなに寒いなら、それを着れば良いでしょう。とにかく、火鉢は今日こそ片付けるから」
さんが出したのは、綿入れ半纏と襟巻きだ。
「安くなってたから、この前買っておいたの。これを着たら、火鉢がなくても温かいわよ」
さん、頭良い! そうだよ、今くらいの寒さなら、厚着をしたら火鉢なんかいらないよね。っていうか、シノモリサンのためにわざわざ半纏を買ってあげるなんて、優しすぎるよ。そんなに甘やかさなくても良いのに。
なのに、シノモリサンはもの凄く嫌そうに顔を顰めて、
「半纏なんて、俺の美意識に反する」
何が美意識だよ、このバカ。美から程遠いつまらない人生送ってるくせに。
この言い草に怒るかと思いきや、さんはしれっとして、
「この時季に火鉢がある方が、美意識を疑われるわ。
はい、この話は終了。じゃあ、火鉢は片付けるわね」
強引に話を纏めると、さんはさっさと火鉢の灰を捨て始める。
どうやらさんは、最初から火鉢を片付ける気でいたらしい。去年、黙って片付けてシノモリサンが不機嫌になったから、一言言って片付けようと考えたのだろう。あんな奴に、そんなに気を使わなくても良いのになあ。
シノモリサンなんて目に入らないようにさくさくと片付けるさんの勢いに圧倒されたのか、シノモリサンは間抜け面で何も言わない。多分、話しかけたところで、さんは無視するだろうけどね。
いつも偉そうに座っているシノモリサンがやり込められるのは、スカッとするなあ。いっそのこと、シノモリサンも一緒に物置に入れちゃえば、もっとスカッとするのに。
火鉢が無くなったら、シノモリサンもいなくならないかな。お昼寝から醒めたら、火鉢と一緒にシノモリサンもいなくなってたらいいのに。
僕は大きく欠伸をして、僕は目を閉じた。
―――――で、その日の夜。
シノモリサンは相変わらずうちにいる。そして、さんに買ってもらった半纏と襟巻きをして、霖霖を抱いて隅っこでじっとしている。
今夜はそんなに寒くないのに、嫌味な奴。さんはそんなシノモリサンを見ても知らんふりで、いつものようにご飯の用意をしている。さん的には、火鉢を片付けられたのだから、シノモリサンのことなんてどうでも良いのだろう。
まあこれで火鉢も無くなって、家の中も本当に春が来たって感じだ。着膨れの鬱陶しい奴がいなければ、もっと良いんだけどなあ。
いつか火鉢もシノモリサンもいない春が来ないかなあ。僕とお父さんとお母さんとさんの4人だけの春が待ち遠しい。
去年は蒼紫の居ぬ間に撤去された火鉢君でしたが、今年は名残を惜しんで………ませんね(汗)。主人公さん、強引だ………。
蒼紫、完全に主人公さんのペースに巻き込まれてます。それをニヤニヤ観察するちぃちゃん(笑)。火鉢君に関しては、蒼紫の味方は寒がり仲間の霖霖だけのようです。頑張れ、蒼紫!
来年こそ、主人公さんに勝てると良いですね。