共同戦線
今夜はお月様がとっても明るい。さんは縁側にススキとお団子を飾って、シノモリサンと並んで縁側に座っている。いつもならもう雨戸を閉めて寝ている時間だけど、今日は“お月見”なんだそうだ。だから僕たちの家にもまだ風呂敷は掛けられていない。
今夜のお月様は、大きくてまん丸だ。だから夜でも僕の目が見えるくらい明るくて、僕の隣に座るさんの顔もはっきり見える。
お月様に照らされたさんの横顔は、お昼に見るのとは一寸違って不思議な感じだ。うーん、こういうさんも良いなあ。お酒を飲んで、一寸目の辺りが赤くなっているところなんか、どきどきしちゃう。
だけどさんだけを見ていたいのに、その隣にいる無駄にでかい物体がどうしても目に入ってくるのが鬱陶しい。あいつと馬鹿猫さえいなけりゃ、最高のお月見なのに。
そういえばバカ猫の声が聞こえない。二人が起きている時は、遊んでもらおうとうろうろしているはずなのに。
どうしたのかなと、家の中をぴょんぴょん飛び廻りながら周りを見回すと、光が入らない部屋の隅っこで丸くなっていた。お子様だからまだ夜更かしが出来ないのだ。
ああ、こいつが寝ている時だけが、僕の心が安らぐ時間だ。ついでにシノモリサンがいないと、もっと安らかな気持ちになれるんだけどなあ。
「少し冷えてきたなあ」
それまで黙ってお酒を飲んでいたシノモリさんがいきなりさんの肩に腕を回してきた。
『こらーっ!! 汚い手でさんに触るなーっっ!!』
お酒を飲んでさんにベタベタ触るのは、あいつの常套手段なのだ。普通の時もそれとなく触りたがっているけれど、お酒を飲んだらそれがあからさまになる。きっと、さんが「酔っ払いのやることだから」と大目に見てあげるから、調子に乗っているんだ。
シノモリサンが酔っ払っているのは、絶対お芝居だと思う。だって、さんよりも飲んでないくせに、あんたでかい図体で酔いが回るわけないじゃないか。顔色だって変わってないし。
さんが人が良いことにつけ込んでベタベタ触るなんて、いやらしい。あ、しかも汚い口をさんの頬っぺたにくっ付けてるし!
『汚い口を付けるんじゃないっ! さん、すぐに消毒しないと!』
「もう、蒼紫ったら。誰か出てきたらどうするの?」
身体を撫で回されている上に、汚い口を頬っぺただのおでこだのにベタベタくっ付けられても、さんは笑いながらやんわりと言うだけだ。もっとビシッといってやらなきゃ、あいつには解らないのに。
もしかして、本気で怒ったらあいつが暴れるから、怒らせないように下手に出てるのかな。あいつが暴れたって、僕がやっつけてあげるのに。
『さんが嫌がってるじゃないかっ! 早くその汚い手を離せっっ』
羽毛が飛び散るくらいに羽をばたばたさせて、僕はあらん限りの声を張り上げる。こうしたら隣の人が気付いて、シノモリサンを追い出すのを手伝ってくれるかもしれない。
大騒ぎしてやると、ベタベタしていたシノモリさんがやっと動きを止めた。やっと僕が本気で怒っているのが解ったらしい。
が、これで諦めるかと思いきや、シノモリサンは忌々しげに舌打ちをして、四つん這いで僕の家の前にやって来た。
さては暴力に訴える気だな? やれるものならやってみろ。お前なんか怖くも何ともないんだからな。
全身をぶぅっと膨らませて身構えていると、突然真っ暗になった。あいつが風呂敷を掛けたのだ。
「お前は寝ろ」
小声で吐き捨てると、あいつの気配が遠ざかっていく。
「文鳥も寒くて愚図っていたようだ。今日はいつもより冷えるから………」
「もう、蒼紫ってば………」
ちゅっちゅっと何度も繰り返される湿った音に、さんの困ったようなくすくす笑いが重なる。
寒いなら布団でも被ってろ! さんもちゃんと断らなきゃ。
『何してるの? 霖霖もすりすりするー』
何もかもがもどかしくて苛々していると、バカ猫の呑気な声が聞こえてきた。
「お前は後で遊んでやるから。あっちで団子を食べてろ」
『霖霖お腹一杯だもん。霖霖もすりすりー』
バカ猫が、否、霖霖が二人の間に割り込んでるみたいだ。あいつは何も考えずにやってるみたいだけど、良い感じに邪魔してるみたい。
「霖霖も仲間に入れて欲しいみたいよ」
さんが笑うような声で言う。でも解放されて嬉しいはずなのに、声の感じが一寸残念そうに聞こえるのは気のせいかな。
「しょうがない奴だな。ほら」
『わーい! もっと高い高ーいっ!』
どうやらシノモリサンに高々と抱え上げられているらしい。霖霖、高いところが好きだからな。何とかと煙は……ってやつだ。
でもこれで、シノモリサンは霖霖が眠たくなるまでさんに触れないはずだ。さんにベタベタすると、霖霖は一緒にベタベタしてもらいたがるから。
あいつ、バカだけどたまには役に立つなあ。これからは、シノモリサンがさんに触ろうとしたら、あいつをけしかけることにしよう。
ああ、暴れたせいか何だか眠くなってきた。あの調子だと、今晩はずっと霖霖が相手をねだるから、シノモリサンはさんに触れないだろう。僕が見張ってなくても、もう大丈夫かな。
僕は大きく欠伸をすると、霖霖のバカ声を聞きながら目を閉じた。
ちぃちゃん、回を追う毎に蒼紫に対する視線が荒んできてますね。どうやら彼の中では、蒼紫は黴菌の塊みたいです。
酔っ払い蒼紫は顔色が変わらないんで、ちぃちゃんから見ると酔っ払った振りをしているように見えるんでしょうね。ま、本当に酔ってるかどうかは、蒼紫にしか判らないことですが(笑)。
それにしても、主人公さんと蒼紫の邪魔をした途端、“バカ猫”から“霖霖”に昇格なんだから、ちぃちゃんも現金なものですね。