昼寝
『ねー、鳥肉ぅー。鳥肉ってばー』折角良い気持ちで寝ていたのに、みゃあみゃあ騒ぐ猫と声で目が醒めてしまった。大きく欠伸をして横目で見ると、三毛の仔猫が僕の家をカリカリさせている。
こいつはシノモリサンがいつも連れて来る、リンリンとかいうバカ猫だ。僕の家に近付くなと何回もさんに叱られているのに、少しも懲りずにこうやって僕の家をカリカリするのだ。またさんに叱ってもらわなきゃ。
『さ〜ん、またバカ猫がカリカリしてるー!』
お部屋に向かって大きな声を出すけれど、さんは横になったまま反応がない。もしかして、お昼寝中?
さんは最近、お家にいる時はいつも寝ている。動くと暑いから、お日様が高いうちは寝ていたいんだって。
それは良いんだけど、このバカ猫を何とかしてよ〜。さんが見張っててくれないと、いつかこのバカ猫に食べられちゃうよ。
そうだ。大体シノモリサンがバカ猫を連れてくるのがいけないんだ。自分が連れてきたんだから、ちゃんと見張っとけって感じだ。あいつもバカだから、そんな知恵が回らないのかな。
『おい、こら、シノモリサン! お前のバカ猫、何とかしろ!』
僕の家の隣に座って俯いているシノモリサンを怒鳴りつける。だけどシノモリサンは、うんうんって頷いているだけで何も言わない。っていうか、動きが変なんだけど―――――つか、寝てるしっ!!
あー、もうこいつ、図体がでかいだけで、全然役に立たないし! こいつ、さんの家を狭くするしか能がないんじゃないか?! こんなに大騒ぎしても、さんもシノモリサンも全然気付かないみたいだ。少し離れているさんはともかくとして、真横にいるシノモリサンが気付かないっていうのは、どうよ? お前の耳は節穴か?!
『ねー、鳥肉ってばー』
ぶりぶり怒っている僕の姿が分からないのか、バカ猫は呑気な声でまた僕の家をカリカリする。こいつ、ちっとも空気読めてないし。やっぱりバカだ。あー、やだやだ。生き物って飼い主に似るんだね。
あんまりうるさいから、じろりと睨みつけてやる。
『僕は“鳥肉”じゃない。“ちぃちゃん”って立派な名前があるんだ』
『えー? でも蒼紫は“鳥肉”って呼んでるよ?』
きょとんとした顔をして、バカ猫は首を傾げる。
『あいつはバカだから、四文字以上の名前は憶えられないんだ』
考えてみれば、さんもリンリンも四文字以内の名前だ。僕の名前は“ちぃちゃん”だから五文字。“鳥肉”なら四文字だし、シノモリサンの貧弱な頭ではそれが一杯一杯なんだろう。
そう思ったら、そんな貧弱な頭で生きているシノモリサンが哀れに思えてきた。さんは優しいからきっと、そんな貧弱な頭では一人で生きていけないと思って、シノモリサンを拾ってあげたのだろう。こんな図体の大きい奴、置いとくだけでも邪魔だし、大食いだし、猫まで拾ってくるし、もう何処かに捨ててくればいいのに。遠くに捨てたら、バカだから帰り道も判らないと思うんだけどなあ。
『ふーん。でも鳥肉でも良くない? 蒼紫もそう呼んでるし』
こいつ、全然僕の言うこと聞いてない………。飼い主がバカなら、飼い猫もバカだ。
『お前が言うと洒落にならないんだよっっ!!』
全身の毛を逆立てて、僕は唸り声を上げる。こいつはバカだから、ここまでしないと僕が怒ってるってことを理解できないのだ。
これで僕が怒ってるのが判ったかと思いきや、バカ猫は可笑しそうにぱたぱたと尻尾を振る。
『すごーい。鳥肉、大きくなってるー』
こいつ、全然解ってない………。普通、こうやって体を大きく見せたらびっくりして逃げるはずなのに。
『でもね、霖霖も出来るんだよ。見て見て』
バカ猫は大きく息を吸うと、フーッっと息が抜けるような声を出しながら全身の毛を逆立てる。
確かに一寸大きくはなってるんだけどさあ………。これって普通、怒ってる時にする仕草だと思うんだけど。シノモリサンとさんしかまともに相手しないから、どういう時にそうするのか解らないのかな? 他所の猫に同じことしたら、絶対ボコボコにされると思うんだけど。
一言言ってやった方が良いかなあ、と一寸思ったけれど、面倒臭いからやめた。どうせバカ猫が外に出ることは無いだろうし。
『あー、はいはい。凄い凄い』
面倒臭くて、適当に合いの手を入れてやる。子どもの相手っていうのは本当に面倒臭い。
バカにしているのを褒められたと勘違いしたらしく、バカ猫は嬉しそうに益々毛を逆立てる。………こいつ、本当にバカだ。
そんなことをしていると、やっとシノモリサンが目を醒ました。そして、毛を逆立てているバカ猫を見て、びっくりしたように慌てて首根っこを掴む。
「何やってるんだ、霖霖!」
『いやーっっ!! 鳥肉と遊ぶのーっっ!!』
首根っこを持ち上げられても、バカ猫はまだ足をばたばたさせて暴れる。や、僕はお前なんかと遊ぶつもりはないし。っていうか、猫と遊ぶなんて危険なこと、できるわけないじゃないか。
お部屋で寝ていたさんが、不機嫌そうな小さな唸り声を上げた。バカ猫がみゃあみゃあ騒ぐから、さんまで目を醒ましてしまったらしい。あーあ、さん、お昼寝を邪魔されると、ご機嫌が悪くなるんだよなー。
「もぉ〜、何なのぉ」
軽く目を擦りながら、さんは身体を起こし始める。ふふふ、シノモリサンもバカ猫も、さんにこっぴどく叱られたら良いんだ。
さんの雷が落ちるのをにやにやして待っていると、その前に霖霖を持ったままシノモリサンがさんの方に飛んで行った。そして起き上がろうとするさんを制しながら言い訳するように、
「何でもないんだ。霖霖が一寸寝ぼけてたらしい」
そう言いながら、シノモリサンは図々しくもさんの隣で横になる。こいつ、これを口実にさんにべったりくっ付いて寝る気だ。いやらしい。
シノモリサンと一緒にいるのはさんも嬉しそうだから、百歩譲って隣に寝るのは許してやらなきゃいけないんだろうけど、でもそんなにくっ付いて寝たらさんが暑いじゃないか。さん、凄い暑がりなのに、あんなのとバカ猫が傍にいたら更に暑くなって、さんが可哀想だ。
あああもう、そんなにくっ付くんじゃないっっ!! っていうか、腕を回すな、腕をっっ!!
羽をばたばたさせながらシノモリサンに抗議するけれど、二人とも反応が無い。もうぐっすり寝込んじゃってるみたいだ。早っ!
さんも寝ぼけているとはいえ、ちゃんと嫌なら嫌って言わなきゃ。じゃないと、あいつ、どんどんいい気になっちゃうのに。
面白くなくてぶぅっっと膨らんでいると、シノモリサンとさんの間からバカ猫がもぞもぞと出てきた。そして、尻尾を振りながら弾むような足取りでこっちにやってくる。
『二人とも寝ちゃったみたいだから、また遊ぼ。何して遊ぶ?』
空気を全然読まない能天気な声に、僕の苛々は頂点に達してしまった。まったく、どいつもこいつも………。暑いだけでも苛々するのに、こいつらにまで苛々させられて、もうどうして良いのか自分でも分からない。
『遊ばない! もう寝るっ!!』
バカ猫に怒鳴りつけるとすぐに背を向けて、僕は目を閉じた。
他人行儀シリーズの二人を、ちぃちゃんの目から観察してみました。霖霖も仲間に加わって、ちぃちゃん、更に荒み気味です。
蒼紫をバカ呼ばわりするのは、世界中でちぃちゃんだけですね、多分(笑)。その割に“シノモリサン”って“さん”付けで呼んでいるのは、蒼紫を“シノモリサン”という生き物だと思っているからかな。その辺は小鳥の知能ってところか。
ドリームとは一寸違うけれど、動物目線でのお話っていうのは書いていて楽しいです。人間に比べて知能低め設定なんで、あんまり頭を使わないのが良いのかな。
しかしちぃちゃんと霖霖、妙にキャラが立ってきてるなあ………(汗)。