去年の秋に二人で紅葉狩りに行った旅館に、今年もまた行くことになった。今度は蛍狩りだ。
 蛍狩りなんて、には本当に久し振りだ。しかも贅沢に一泊旅行である。二人で初めて旅行した土地で今度は蛍狩りができるなんて、本当に素敵だ。しかも今日は、いつも蒼紫にべったりの仔猫の霖霖もいないし、久し振りに彼を独占できる。
 二人で晩御飯を食べて風呂に入った後、去年行った清流に向かった。人が多かったらどうしようかと心配だったのだが、2、3組しかいないようで一寸ほっとした。こんな山奥で人が全然いないのも怖いけれど、居過ぎるのも落ち着かない。
「綺麗………」
 光りながらふわふわ飛んでいる蛍や、草の上で強く弱く光っている蛍が沢山いて、とても幻想的だ。街中では、こんなに沢山の蛍は見られない。これだけで、大変な思いをしてこんな山奥まで来た甲斐があったと思える。
「これは凄いな………」
 蒼紫もこの蛍の数は予想以上だったのだろう。感心したように溜息混じりに言った。
 暫くそうやって黙って見ていたが、ふと思いついたように足許に咲いている花を手折った。それから、近くの草にとまっていた蛍を捕まえると、釣鐘型の花の中に入れる。
「ほら。ホタルブクロ」
 微笑みながらそう言うと、蒼紫は提灯のように光る花をに差し出した。
 薄紫の花の中で蛍は強く弱く光って、夢の中のもののように美しい。この花を見るのも、こうやって蛍を使うのも初めて見るもので、はその美しさにうっとりしてしまう。
 蛍は花から出ることができないのか、それとも出る気が無いのか、花の中でじっとしている。そうすると傍を飛んでいた雄の蛍がすぅっと寄ってきた。
 けれど雄の蛍はどうやって花の中に入れば良いのか判らないらしく、困ったようにの前をふわふわ飛んでいる。下が開いているのだからそこから入れば良いのに、と思うけれど、虫の目からは判らないのだろう。
 蛍の光で光るホタルブクロはとても綺麗だけれど、ふわふわ飛んでいる蛍を見ていたら可哀想になってきた。蛍は蝉よりも寿命が短いというし、その間に相手を見つけなければならないのだから、いくら綺麗でもこんな風に遊んでいてはいけない。
 折角取ってくれた蒼紫には悪いと思ったが、は中の蛍を潰さないように丁寧に花びらを千切ると、そっと草の上に置く。そうすると困ったように飛んでいた蛍も、追いかけるようにそっちに行ってしまった。
「折角傍に寄ってきたのに」
 行ってしまった蛍を見て、蒼紫は残念そうに言う。
「だって、蛍はすぐ死んでしまうのに、こんなことをして遊んでいたら可哀想だわ」
「優しいんだな」
「別に………」
 苦笑する蒼紫に、も少しだけ微笑んだ。
 別に優しいからそう思うのではない。好きな相手がいて、その相手に触れることも出来ないまま短い生涯を終えるなんて、凄く悲しいこということをはよく知っているから。この薄命な虫の姿に、自分と死んだ許婚の姿が重なっただけだ。
 時々、蒼紫と自分はいつまでこうやって一緒にいられるのだろうと思う時がある。今はもう平和な時代だし、突然誰かに斬られて命を落とすということは無いだろうけれど、それでもは時々考える。
 ずっと前、蒼紫は「貴女より先には死にません」と約束してくれたけれど、彼を残して死ぬのも嫌だ。残される側の悲しみは、が身をもって知っているから。たとえ数日しか生きることが出来なくても、一緒の時期に死ねる蛍が羨ましい。
「何を考えている?」
 蛍を見ながら物思いに耽っているに気付いて、蒼紫が顔を覗き込んできた。
「あっ……うん。何でもない」
 考えていたことを悟られないように、は慌てて笑顔を作った。けれどその不自然な笑顔が何を考えていたのかを示していて、蒼紫は何処か痛むように眉を曇らせた。
 が死んだ許婚のことを時々思い出すことがあることは、蒼紫も知っている。蒼紫のために許婚のことを忘れようと苦しむを見るのは辛いから、忘れなくても良いと言っているけれど、でもこうやって目の前で思い出されるのも正直辛い。辛いと思うことが、自分は何と心の狭い男なのだろうと思われて、二重に辛くなる。
 の中で許婚のことは完全に過去のものになっているとは解っているし、自分に自信が無いわけではないけれど、でも気にせずにはいられない。だから―――――
 蒼紫は覚悟を固めるように小さく息を吐くと、困惑したように俯いているの肩を強く抱き寄せた。
「あっ………」
 真剣な顔をしている蒼紫に見詰められ、は怯えるように身を硬くする。蒼紫を怒らせてしまったのだと誤解しているのだろう。はこのことに関してだけは、大袈裟なくらい卑屈になっているようなのだ。
 そういう顔をされると蒼紫は益々辛くなる。気にしていないと言ってもは気にするし、どうすれば彼女の気が済むのか、衝動的に問い詰めたくなるくらいだ。けれどそれだけは絶対にしてはいけない。そんなことをすれば、益々を追い詰めてしまうだけだろう。
 だから問い詰める代わりに、蒼紫はありったけの勇気を振り絞って口を開いた。
「帰ったら、家を探して一緒に暮らそう。もうそろそろいい時期だろう?」
「あ………」
 蒼紫の言葉に、は一瞬何を言われたのかのか判らないような唖然とした顔をした。が、言葉を理解すると、ゆっくりと目を潤ませる。
 少し前に、蒼紫に「一緒に暮らそう」と言われて、「新緑の季節になったら」と約束していたのだ。その頃には知り合って一年経つから。たった一年で一緒に暮らすなんて早すぎると言う人もいるけれど、二人の一年は普通の恋人たちの2、3年分に相当すると二人は思っている。最初こそよそよそしかったけれど、その後は毎日のように会って、半分一緒に暮らしているのも同然だったから、もうお互いのことは解りきっている。
 今も通い婚のような状態だけれど、一緒に暮らすようになったら今よりもずっと沢山の時間を一緒に過ごせる。そうしたら、いつまで一緒にいられるかなど考えずに済むし、死んでしまった許婚の存在を気にすることも無くなるはずだ。
「俺はいつまでも一緒にいるから。絶対に独りにはしないから」
 の身体を強く抱きし締めて、蒼紫は強い意思を秘めた声で囁く。
 絶対に独りにはしない―――――何度となく蒼紫が囁いた言葉だ。“絶対”など世の中には無いけれど、この“絶対”は信じたい。はもう独りになりたくないし、蒼紫のことも独りにはしたくないのだ。
 文鳥と猫の同居をどうしようという問題や、新しい家を探したり引越しのことなど、考えなければならないことは山積みだが、でも今はその言葉が嬉しい。
「私も、蒼紫を独りになんかしないわ」
 も蒼紫の腰に手を回して、ぎゅっと身体をくっつけた。
<あとがき>
 プロポーズ成立です。出会って一年で一緒に暮らすというのは早いような気がしますが、きっとこの二人なら大丈夫でしょう。これから、主人公さんの親御さんへの挨拶に行ったりお引越しをしたり、イベントが一杯ありますが、まあこれは新シリーズで書いていきましょう。
 二人の思い出の地でプロポーズなんて、蒼紫もやりますねぇ。本当はこの日に言うつもりは無かったのかもしれませんが、偶然が重なっていい感じです。もしかしたら、死んだ許婚の人が演出してくれたのかもしれませんねぇ(笑)。
 この二人を何処まで追いかけていくか判りませんが、いつまでも書いていきたいと思える二人です。最初は、全然思い入れが無かったんだけど(←おい!)、良い方向に大化けしてくれました。こういうこともあるんだと思った一品です。
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