正月太り
「あら………」のんびりと湯船に浸かりながら自分の身体を見て、正月前と少し違うことには今更ながらに気付いた。何だか、下腹がぽっこりと出ている。前はもっとすっきりしていたはずなのだが………。
今年の三が日は何処にも行かずに蒼紫と二人でだらだらと過ごしてしまったのがいけなかったらしい。去年は独りで家にいても仕方が無いと、初詣だの初売りだのに出かけて太る余裕など無かったのだが、今年は家にいたせいで無駄に食べてばかりで過ごしていたのだ。
この下腹は昨日今日いきなり出てきたものではないはずだから、もしかして蒼紫にも気付かれていたのではないかと思うと、は急に憂鬱になってきた。そういえば最近一緒に寝ている時、蒼紫はやたらとの腹を触っていたし、もしかしたらずっと気になっていたのかもしれない。
「やだぁ………」
今更ながら恥ずかしくなって、は両手で頬を覆う。太ったなあ、なんて思いながら蒼紫が腹をぷにぷに押したり揉んだりしていたのかと思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだ。
これは何としてでも痩せなくては。まだこの肉は付いて間も無いはずだから、今から頑張ればすぐに落ちるはずだ。
下腹の余った肉を撫でながら、は静かに決心した。
とにかく痩せるには、食事を減らすのが一番だ。寝る前に食べるのが
初日こそ耐え難い空腹でなかなか寝付けなかったけれど、数日もすれば夕飯を食べない生活というのも慣れた。夕飯を食べないと、翌朝はお腹がぺたんとなったような気がして、目に見える効果がには嬉しい。これを続けたら、正月前よりも痩せることが出来るのではないかと思えるくらいだ。
一旦痩せ始めると、細くなっていく括
そうやって数日が過ぎた頃―――――
「食べないのか?」
卓袱台に一人分の食事しか置いていないのを見て、久々に泊まりに来た蒼紫が怪訝そうに尋ねた。
「うん。最近一寸太ったから」
「太った?」
澄ました顔で茶を飲みながら答えるに、蒼紫はますます怪訝な顔をする。
座っているの姿を上から下まで観察するけれど、何処が太ったのか蒼紫には全く分からない。顔が丸々したというわけでもないし、別に身体が大きくなったようにも見えないし、彼の目には出会った頃と同じようにほっそりとして見えるのだが。
「太ったかな。全然分からないが………」
「太ったわ。蒼紫だって、いつも私のお腹を触ってたじゃない」
首を傾げる蒼紫の様子がまるで惚けているように見えて、被害妄想だとは思いながらもには癇に障る。空腹で気が立っているというのもあるのかもしれないが、減量を始めてからは些細なことに引っ掛かりを感じるようになっているようだ。
急に不機嫌になったに、蒼紫は一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに可笑しそうに噴き出した。その反応がにはまた腹立たしくて、上目遣いに睨みつける。こんなに努力しているのに蒼紫には笑い事なのだと思うと、自分でも見当違いだとは思うけれど腹が立つ。しかもその笑いも、自分の贅肉を哂っているんじゃないかと被害妄想的な考えに取り憑かれ始めて、蒼紫の何もかもが悪意の結果に見えてきた。
突き刺さるようなの視線に気付いて、蒼紫は慌てて笑いをおさめた。けれど、目許はまだ可笑しくて堪らないといった感じで、今にもまた笑い出しそうな雰囲気だ。
「お腹を触っていたのは、手触りが良かったからさ。ああいうふわふわしたものというのは、つい触りたくなるから」
「でもそれって、太ったからふわふわしてるってことじゃない」
やっぱり蒼紫にも判るくらい太っていたんだと思ったら、今更ながら改めて恥ずかしくなった。しかも、面白がって触っていたなんて。
蒼紫が自分の身体を触ってくるのはも好きだけど、そんな理由で触られるのは嫌だ。今は一寸太っただけだから蒼紫も面白がっていられるけれど、これ以上太ったら触るのも嫌になるに違いない。そうなってしまったら、には笑い事ではないのだ。
他人の気も知らずに面白がっている蒼紫に腹が立って、は不機嫌顔のまま俯いてしまう。何か一言言ってやりたいけれど、彼をやり込められるようないい言葉が思いつかない。
慰めるつもりだったのに逆に不機嫌になってしまって、蒼紫は困ったように苦笑した。彼から見れば、は少し肉を付けた方が良いと思うくらいなのに。今の痩せているでも満足しているし、今よりも少しぽっちゃりしたでもきっと可愛いと思うのに、どうしてそんなにも痩せようとしているのかが、蒼紫には理解できない。
蒼紫はそっとの隣に移動すると、肩に手を回して優しく諭すように言う。
「あんまり痩せているより、少しくらい肉がついている方が俺は良いなあ。女の身体には柔らかさがあった方が良い」
「でも、あんまり太ったら嫌いになるんでしょ?」
慰めてくれているのだから素直に頷けば良いのに、はつい変な意地を張ってしまう。わざと否定してみせて、もっと蒼紫に優しいことを言って欲しいと思っているのかもしれない。
小さな子供のように口を尖らせてぼそぼそ言うの様子が可笑しくて、蒼紫は小さく苦笑する。はあまり甘える方ではないけれど、こうやってたまに甘えられると可愛くてたまらない。
「太ってても痩せてても、嫌いになんかならないよ。中身は変わらないんだから」
そう言いながら、蒼紫はきゅっとを抱き寄せる。
「…………………」
拗ねた顔を作ったまま、は笑う蒼紫をちらっと見た。
太っていても嫌いにならないという言葉は、本当だと思う。けれど、ものには限度というものがあるだろう。今は着物の上からでは判らないくらいの太り具合だから蒼紫も笑っていられるのだろうけれど、これが明らかに体型が変わったと見て取れるくらいに太ってしまったら、そんな呑気なことは言ってはいられないはずだ。まあそこまで太ったら、自身も嫌だけれど。
いつもなら蒼紫にそうやって優しく言われると、それもそうかな、と納得することができるけれど、これだけは話は別だ。美容に関しては、誰に何と言われても譲れる話ではない。
最初は蒼紫に嫌われたくないと思って始めた減量だったけれど、でも本当は自身のために痩せようとしているのではないかと最近になって思う。もう既に正月前の体型に戻っているのに、それでもまだ減量を続けているのは、今よりも更に美しくなりたいと思っているからだ。そしてそれはもう、“蒼紫のため”なんかではない。
綺麗になりたいとか綺麗でいたいとか、そういう気持ちはきっと、“女”としての本能なのだろう。蒼紫と出会う前も、誰に見せるというわけでもないのに、は常に綺麗に化粧をして髪を結っていた。それは“見苦しくない綺麗な自分”が好きだったから。蒼紫と出会ってからは、更に努力を重ねるようにはなったけれど、でもその努力だって、基本は“自分のため”だ。
でもそれを説明すると、蒼紫がもっとむきになって痩せなくて良いといいそうだから、こんな女心は黙っていようと思う。夕飯抜きの生活も、蒼紫がいない時にこっそりやろうと決心する。
「私も、蒼紫が太っても痩せても、嫌いにならないわ」
でも相撲取りのようになったら一寸考えるだろうなあ、と酷いことを思いながら、は蒼紫に抱き寄せられるままに寄りかかった。
ダイエットは誰のためにやるかという話ですが、少なくとも私は私のためにやってますね。だって、痩せてた方が好きな服着れるし。
でもあんまり痩せてて柔らかさの無い身体というのは嫌なので、困ったものです。理想は若かりし頃のブリジット・バルドー体型でしょうか。でも日本人には難しいので、若かりし頃の由美かおる……って、人選古すぎ!(笑)。ずっと昔に復刻版のヌード写真集が出て、ちょこっと見たことがあるんですけど、全身ぷりぷりしていい感じでしたね、アレは(←おっさんか?)。
こちらの主人公さんは、細身の美人さん設定です。細いけど「抱き締めると猫のように柔らかい」と“元旦”にも書いてあるところをみると、男性の理想の体型ではないかと。和服が似合うしっとり系美人で、痩せているけれど骨が細いので柔らかい………って、渡辺淳一のヒロインか?!(中学の頃、よく読んでました)
美容に熱心な主人公さんと、あんまりよく解ってない蒼紫………世間ではよくありがちなカップルですね。蒼紫、主人公さんの美しさは努力無しの天然素材と思ってそうだ(笑)。