うちに帰ろう

 斎藤が起きないようにそっと合鍵で家に入って、は朝御飯の用意を始める。こうやって斎藤の家に通うのも4日目だから、大体要領は分かってきた。どこに何があるかも、どんな食材があるのかも、我が家のように知っている。
 先日、新しく買った箪笥を家に運び入れるのを斎藤に手伝ってもらった代わりに、一週間斎藤の家政婦をやることになったのだ。斎藤が起きる前に家に来て朝御飯の用意をして弁当も作り、簡単に掃除をして一緒に出勤。帰ってきてからは夕御飯を作って一緒に食べて、斎藤に家まで送ってもらうという毎日だ。これに休みの日には洗濯も加わる。まるで通い婚のような生活だ。
 斎藤と結婚しても仕事を続けたとしたら、こんな大変な毎日になるのかと思うと、一寸うんざりしてしまう。結婚しても仕事と家庭を両立したいと思っていたけれど、これは無理のようだ。斎藤と結婚したら専業主婦になるしかないかと、まだ手も繋いだことないくせに妄想だけは広がっている。斎藤は潔癖症なところがあるから、家の中のことをきちんとしていないと不機嫌になるし、結婚したら色々と大変そうだ。大変そうだけど、でも斎藤のためならきっとそんなに大変だとは感じないと思う。
 朝御飯を作りながら弁当も二人分作る。献立は同じ弁当だが、のものと斎藤のものは一寸違う。の弁当は野菜が花の形になっていたりうずらのゆで卵がヒヨコになっていたり、なかなか凝った盛り付けになっているが、斎藤のは普通の盛り付けだ。本当は斎藤のものにも凝った細工をしたいと思っていたのだが、彼がものすごい勢いで嫌がったのだから仕方が無い。折角細工の腕を見せてやりたいと思っていたのに、残念なことだ。一手間掛けて簡単な細工をしたら、何てことのない弁当も凄く楽しいものになるのに。まあ、林檎を兎にするのも嫌がるくらいだから、そんなことを言っても仕方ないのだが。
 朝御飯が出来上がった頃を見計らったように、斎藤が起きてくる気配がした。彼が目を醒ます時間は、毎日計ったように同じ時間である。それに合わせても動けば良いから、慣れてしまえば楽なものだ。
 斎藤が顔を洗いに井戸に行っている間に、布団を上げて卓袱台を出し、朝御飯を食べるだけの状態にしておかなくてはならない。まるで高級旅館並みの接待だが、礼をする気持ちがあるのならそれくらいやれと言うのだから仕方が無い。結婚したらきっと、斎藤はもの凄い亭主関白になりそうで、こんなのでやっていけるのかなあとは一寸不安になる。
 そんなことを考えながらもの手はちゃんと動いていて、斎藤がさっぱりとした顔で戻ってきた時には、既に食事の用意が出来上がっていた。
「おはようございます!」
 おひつの横に座って、が元気よく挨拶をした。
「ああ………」
 完璧に整えられた食卓とを交互に見比べて、斎藤は惚けた声を上げた。
 毎朝のことであるが、の仕事振りは完璧である。初日に自分が気に入る手順を教えたのを忠実に守っているのは大したものだ。子供っぽくてトロいように見えるけれど、意外とちゃんと動いているらしい。そういえば普段の仕事振りも、ゆっくり動いているようで手際が良いということも思い出した。
 は楽しそうに御飯をよそうと、斎藤に茶碗を渡す。朝早くから此処に来て働いているはずなのに眠そうな素振りは全く無くて、いつも楽しそうだ。朝っぱらからご機嫌で羨ましいものだと、斎藤は毎朝思う。
 ふと見ると、の前には見覚えの無い食器が並んでいる。一緒に食事をするから、茶碗と箸と湯呑みは自分用を持参していることは知っていたが、おかずを載せている皿は斎藤の家にあるものを使っていたはずだ。それが、茶碗や湯呑みと揃いの兎柄の皿が当たり前のように並んでいて、斎藤は怪訝そうに眉を顰めた。
「何だか、お前の道具が増えてないか?」
「可愛いでしょ? 全部お揃いなんですよ。あとは同じ柄の御椀があれば良いんですけど、売り切れって言われちゃったんですよねぇ」
 斎藤の言わんとしていることが全く伝わっていないのか、は気付いてもらえたのが嬉しくて、皿の柄がよく見えるように持ち上げた。
「そうじゃなくて、たった一週間なのに、わざわざ新しいのを買う必要は無いだろう。大体、此処にあるのを使えば良い話じゃないか。もったいない」
 実はこの兎柄の食器類は、斎藤の家で使うためにわざわざ買ってきたものなのだ。以前の家に行った時、金魚柄で揃えた食器を使っていたのを見たことがある。兎であれ金魚であれ、同じ柄で統一するのが好きらしい。
 斎藤の指摘に、は当然のように、
「だって、最近此処で一緒に夕御飯を食べたりすることが結構あるし、それなら自分専用のを用意しとこうかなって。やっぱり自分専用の食器が落ち着きますし」
「まさかこれ、これからもずっと此処に置いとくつもりか?」
 確かに最近、と二人で夕食を食べるようになってはいた。夕立の日にが此処に押しかけて以来、急に敷居が低くなったのか、早く帰れる日は二人で夕飯の買い物をして、が食事を作るのが習慣になりつつあるのだ。恋人同士でもないのにおかしな話だが、独りで味気ない食事をするよりはマシだし、何より夕飯を作ってもらえるというのが斎藤にはありがたくてそのまま甘えていた。
 けれど、まさか自分用の食器を斎藤の家に常備するつもりだったとは。食器棚にはまだの食器くらい置く余裕はあるが、男の独り暮らしの家に明らかに女物の食器があったら不審に思われるに決まっている。斎藤の家に来るのはくらいしかいないが、万が一ということもあるではないか。
「駄目ですか?」
 何がいけないのか全く解らない様子で、は無邪気に尋ねる。これからも此処で食べる機会があるなら、いつまでも斎藤の食器を借りるよりも、自分の食器を用意していた方が良いじゃないか。うっかり割ってしまったら、申し訳ないし。
 きょとんと子供のように見詰めるの顔を見ていたら、いろいろ気を回す斎藤の方が不純な生き物に思えてくる。考えてみれば、来もしない客の目を気にするのもおかしな話で、そう思ったら食器くらい置かせてやっても良いような気がしてきた。
 こうやって少しずつ斎藤の領土に自分の居場所を作っていかれているような気がしないでもないが、それもどうでも良かった。最初にの侵入を許したのは斎藤の方だし、自分の領内にの場所を作りやすいように仕向けたのも、斎藤だ。一見、が一方的に斎藤に迫っているように見えるけれど、がこちらに飛び込んでくるように斎藤が餌を撒いているようにも感じられる。小鳥を罠にかけるのと同じだ。
 そう思ったら可笑しくて、斎藤は思わず口許を緩めてしまった。
「どうしました?」
 ますます不思議そうな顔をして、は首を傾げる。
「何でもない」
 どちらが積極的に仕掛けているにしても、こうやって一緒にいて楽しければそれで良い。斎藤は笑いをおさめて、味噌汁に口を付けた。





 人間の体というのは、28日周期で全ての細胞が作り変えられるのだと聞いたことがある。ということは、例えば28日間、斎藤とが同じものを食べ続けたら、同じもので作られた体になるのだろうか。
 今、と斎藤は同じ弁当を食べている。朝は勿論同じものを食べたし、ここ何日かは全ての食事が斎藤と一緒だ。28日周期の話が本当なら、少しは斎藤と同じ身体になっているのだろうかとは思う。もし同じになっている部分があるのなら、自分の身体も凄く愛しい。
「お前、無駄に器用だな」
 の弁当の中身を見て、斎藤が呆れたような感心したような声で言った。
 同じ野菜の煮つけでも、斎藤は普通の切り方だが、のは人参が花の形になっているし、腸詰を焼いたのも、斎藤のは焼きっぱなしだが、のはカニやタコになっている。昨日は鶉の卵がヒヨコになっていたし、食べ物を違う形に細工をするのが余程好きみたいだ。こんな小さなものを包丁でちまちまと細工するなんて、器用でなければ出来ないと思う。
 別に褒めたわけではないのだが、は嬉しそうに笑って、タコ型になった腸詰を箸で摘んで持ち上げる。
「可愛いでしょ? 今度から斎藤さんのそうしましょうか?」
「いらん」
 子供やのような若い娘の弁当にタコの腸詰が入っているのは可愛らしいが、斎藤のようなおっさんの弁当にタコやカニの腸詰が入っていたら怖いではないか。それを食べている自分の姿を想像しただけでも、斎藤はげんなりしてしまう。
 折角自慢の腕を披露できると思っていたのにあっさりと断られて、は少しがっかりとした顔をしたが、すぐに気を取り直したように明るい声で尋ねる。
「今日の夕御飯は何が食べたいですか? 買い物して帰るんで、何でも言ってください」
「そうだな………」
 斎藤の家で家事をするようになってから、は残業をせずに先に帰っているのだ。斎藤が帰ってくるまでに食事の支度と風呂の支度をして、彼の帰りを待つのである。まるで本当の共稼ぎの夫婦みたいだ。
 これまでは仕事帰りに適当な店で済ませてばかりだったから、昼から夕飯の心配をしなければならないなど、斎藤には考えられないことだ。しかし、作る側としては買い物もあるから早いところ決めてもらわないと困るだろう。弁当を食べながら夕飯の献立を考えるなんておかしな感じではあるが、「何でも良い」ではががっかりしてしまうので、斎藤も一生懸命考える。彼も彼なりに気を遣っているのである。
 正直、斎藤には食べ物の好き嫌いが無いし、の作るものは大抵口に合うから、何を作られても困ることは無い。だからにお任せで斎藤は一向に構わないのだが、としては斎藤が食べたいものを優先したいと思っているようで、毎日弁当を食べながら訊いてくるのだ。斎藤は面倒臭いと思ってしまうのだが、で気を遣っているつもりなのだろう。共同生活というのは、意外と疲れるものだと斎藤は思う。
「魚が食べたい」
「はい」
 何が嬉しいのか、は嬉しそうに返事をした。もしかしたら、も魚を食べたかったのかもしれない、と斎藤は思う。いつも斎藤の希望を優先して、自分が食べたいものを言わないから、ここのところ、自分が食べたいものを食べられなかったのかもしれない。否、もしかしたら、献立の中にそっと自分が食べたいものを紛れさせているのかもしれないが。斎藤は食べたいものは一品しか言わないし、作るのはである。
 今日は鮭か秋刀魚の塩焼きだろう。それに合わせて、おかずを二、三品。どんなものでも良いからおかずは三品以上は作れと言っている。一寸大変だったかと思ったけれど、毎日きちんと作っているところを見ると、そんなに苦にはならないのだろうか。料理は好きだと自分で言っていたし、この点は良い奥さんになると斎藤も思う。
 一週間限定の共同生活だけど(通いではあるが)、これからもこの生活が続いたらきっと楽しいだろう。独りで食事をするよりも相手がいた方が楽しいし、何より帰ってきて待っている人がいるというのが良い。
 そこまで考えて、斎藤は慌てて軽く頭を振った。一体何をそんなに図々しいことを考えているのか。は箪笥を運び込んだ礼で一週間限定の家政婦をやっているだけで、勝手にそれ以上延期されたら迷惑だろう。斎藤の方からそれを提案したら、上司だから断れないだろうし。本当はは、注文が多くて鬱陶しいと思っているかもしれないのに。
 いつもにこにこしているから気付かなかったが、ひょっとしたら自分のことを「鬱陶しいオヤジ」と思っているかもしれない、という思いにいたって、急に斎藤は反省してしまった。折角だから元を取ろうと思って、に負担を強いていたかもしれない。
、あんまり無理をしなくてもいいぞ? 無理だと思ったら断ってもいいんだからな?」
「はい?」
 何の脈絡も無くいきなり労わりの言葉を掛けられて、は不思議そうに首を傾げるのだった。





「ただいま」
 玄関の戸を開けながら斎藤が声を掛けると、ぱたぱたと軽い足音をたててが姿を現した。
「お帰りなさい! 御飯にします? それともお風呂を先にしますか?」
 いつも斎藤は思うのであるが、こうやって出迎えられると本当の夫婦みたいだ。は面白がってわざとやっているのだろうが、こうやって出迎えられると、ついうっかりとの結婚生活を想像してしまいそうになるのだ。どうやら斎藤にもの妄想癖がうつりつつあるらしい。
 斎藤から荷物を受け取ると、は返事を待つようにじっと彼の顔を見上げる。その表情がまるでご主人の帰りを待ちくたびれていた犬みたいで、ついうっかり頭を撫でてやりたくなってしまう。そんなことをすればがびっくりしてしまうので、やらないけれど。
「先に飯にする」
「はい」
 は嬉しそうに返事をすると、跳ねるような足取りで茶の間に向かった。
 制服から着物に着替えた斎藤と卓袱台を挟んで向かい合っていると、本当の夫婦になったような気分になれて、は嬉しくて堪らない。これ以前にも斎藤と夕食を共にすることは何度か会ったけれど、先に家に帰って斎藤の帰りを待っているということは家政婦をしている今だけのことで、帰ってくる彼を待っていられるというのが嬉しい。
 斎藤と一緒に帰って、その道すがらに八百屋や魚屋で買い物をするのも楽しいけれど、この待っている時間の方がもっと楽しいとは思う。料理を作ったり風呂の用意をしながら、早く帰ってこないかなあとそわそわするような、お取り寄せの商品が届くのを楽しみに待つような時間が、は大好きだ。自分がいる場所に帰ってくる人がいるというのは、自分は独りじゃないと思えて嬉しい。
 が先に帰って待っているようになってから、斎藤は残業を早く切り上げて帰ってきてくれている。に気を遣って早く帰ってきているのかと思って心配したけれど、別にそういうわけではないと斎藤は言ってくれた。待っている人がいれば、無駄な残業をせずに帰ろうという気分になるのだそうだ。それって、がいれば家に帰るのが好きになるということなのだろうか。そうだったら嬉しい。
「今日はあんまり良い秋刀魚さんまがなかったから、塩焼きじゃなくって竜田揚げにしてみました」
「秋刀魚の竜田揚げなんて珍しいな」
 秋刀魚といえば塩焼きしかないと思っていたから、竜田揚げにされた切り身を斎藤は物珍しそうに見る。は一つの食材から作る料理の幅が広いから、斎藤は毎日の食事が楽しみになっていた。同じ食材でも全く違う味のものに変えてしまうから、経済的だし飽きることもない。斎藤もこれには大したものだと毎日感心させられる。
 自分が作った料理を斎藤が物珍しそうに見るのが、には嬉しい。毎日、斎藤が飽きないように色々考えている甲斐があるというものだ。
 は料理を作るのが好きだし、新しい料理にもよく挑戦しているけれど、出来上がったものを独りで食べるよりも、誰かに食べてもらう方がずっと嬉しい。相手の反応を見るのも楽しいし、また食べたいと言われると作って良かったと思える。そう言ってくれるのが大好きな人なら尚更だ。大好きな人に大好きな料理を褒めてもらえるのは、仕事上のことを褒めてもらうことよりも嬉しい。
 斎藤は面と向かって「美味しい」とは言ってくれないけれど、箸の進み具合を見れば美味しいと思っているか不味いと思っているか解る。今日は箸の進みが良いので気に入ったのだろう。その反応を確認して、も箸を取った。
 今日で家政婦生活も四日目が終わりだ。最初は大変だと思っていたけれど、半分が過ぎたらこの生活も楽しいと思えてきた。これからもずっとこうやって斎藤の家に通いたいとさえ思えてくるくらいだ。自分がいる場所に大好きな人が帰ってきてくれるというだけで、仕事を上がるのが楽しみになってくる。
 斎藤と結婚したら、うちに帰るのが楽しくなるだろうなあと、は今から思う。共稼ぎになるにしても、専業主婦になるにしても、大好きな人が帰ってくる家に帰るのは、きっと楽しい。先に結婚した友人は、そんな甘いものじゃない、なんて言うけれど、今は凄く楽しいからきっと楽しいと思う。斎藤だってこんなに早く帰ってきてくれているのだから、彼もきっと家に帰るのが楽しいのだろう。
 この四日間、斎藤と結婚した時のことをずっと想像していた。四日間で何が分かると、本当の夫婦に笑われるかもしれないけれど、でも一日の殆どを一緒にいるのだから、少しは分かると思っている。寝る時以外は一緒に過ごしたこの四日間は、今まで斎藤と一緒にいたどの時間よりも楽しかった。斎藤もそう思ってくれていたら良いなと思う。
「どうした、にやにやして?」
 いつの間にか顔がにやついていたらしく、斎藤が訊いた。がにやついているのはいつものことだから、今更不審には思わないらしく、つまらなそうな無表情のままだ。
 にとってもいつものことだけれど、やっぱりにやにやしているのを指摘されるのは何度やられても恥ずかしい。はぱっと顔を赤らめると、慌てて表情を引き締めた。
「何でもないです!」
 大声で返されて、斎藤は驚いたようなきょとんとした顔をした。が、俯いて紅い顔のまま御飯を口に押し込むの様子が可笑しくて、笑いを堪えるように視線を逸らして口許を押さえる。
 そうやって笑われると、そんなことがありえるわけはないのに、自分の妄想が斎藤に読まれてしまったのではないかと思って、はますます恥ずかしくなってしまう。ますます小さくなってしまうの様子が、斎藤の笑いを更に誘った。
「お前と食うのは面白いな」
 くくっと喉の奥を鳴らして、斎藤は笑いを堪えるように言う。こうやって笑いながら食べるのは、多分とだけだ。笑いながら食べるというのは、同じ料理でもそれ以上に美味しく感じられる。
 約束の期日が終わっても、こうやってと一緒に食事が出来ればきっと楽しいだろうと斎藤は思う。今まで、食事というのは生命維持のための作業だと思ってあまり関心が無かったけれど、こうやってと毎日食べていると、それ以上の意味というか、食事をすることの楽しみを教えられたような気がする。
 けれど、約束の期日が終わっても食事を作りに来いというのは、あまりにも図々しい。期間限定だからも苦も無くやれるのであって、毎日となったらかなり負担を強いることになってしまう。それに、上司である斎藤の方から誘ったら、嫌と思っても断ることは出来ないだろうし。
 理想としては、の方からこれからも一緒に食べたいと言わせるのが一番だ。わざわざ専用の食器も用意しているし、此処で食事をすることはだって嫌ではないはずだ。
 少し考えて、斎藤は出来るだけさり気ない風を装って言った。
「誰かが待っていると思うと、つまらない家も帰るのが楽しくなるものだな」
 その言葉に、の表情がぱっと明るくなる。斎藤も自分と同じように、家に帰るのが楽しいと思っていることが嬉しかった。
 がいれば家に帰るのが楽しいのなら、これからもこうやって斎藤と夕御飯だけでも一緒に食べたい。折角こうやって、着々と自分専用の食器も持ち込んでいることだし。
 けれど、すぐにその言葉に食いつくと図々しいと思われそうで、は一呼吸置いて、これまた何でもない様子を装って言う。
「それなら、これからもこうやって夕御飯だけでも作りに来ましょうか? 毎日遅くまで残業して外食ばっかりじゃ、体に悪いですし」
 かかった、と内心ほくそえみながら、それでも斎藤はつまらなそうな無表情を作り続ける。みたいな子供のような女を囲い込むのは簡単なことだ。
「そうだな。お前さえ嫌でなければ、頼もうかな」
 斎藤の言葉に、は思わず卓袱台の下で拳を握り締めた。このまま着々と斎藤の空間に自分の居場所を作っていって、最終的には昼も夜も一緒にいられれば良いなと思う。
 これからも二人でこうやって夕御飯を食べられるというのは、想像しただけでも楽しい。これから先、食事を一緒にするだけではなくて、それ以上の仲になれたらもっと楽しいだろうなあと思いながら、二人は同時に食事を再開させたのだった。
<あとがき>
 “あなたじゃない!”の続き、「箪笥を運んでくれたお礼を身体で返す主人公さん」です。斎藤、結構亭主関白ですね。自分が起きるより早く来て、自分が他のことをしている間に次の御膳立てをして待ってろなんて、一体何様だ、お前?(笑)
 だけど、そんなに使われても楽しそうな主人公さん………。大好きな人に喜んでもらう、という喜びに打ち震えているんですね。でもそんなピュアな反面、どうにかして斎藤のテリトリーの中に入り込もうと一生懸命になっているところが………。勝手に斎藤の家に自分の巣を作ってますよ、この人は(笑)。まあ斎藤も、主人公さんを自分の縄張りに引き込もうとしているので、どっちもどっちなんですけどね。
 しかしこの二人、ここまで近付いているのに、全然進展が無いなあ………。とりあえず、桃乃さま、こんなのが出来上がりました。楽しんでいただけたら幸いです。
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