眠り姫

 昔々ある所に、高い塔に閉じ込められた娘さんがいました。塔に閉じ込められたお姫様というのは、昔話の定番ですね。
 こういう時、娘さんを閉じ込めているのは悪い魔法使いと相場は決まっているのですが、今回は一寸違います。娘さんを閉じ込めているのは、娘さんを親代わりに育ててくれた、山崎さんというおじさんだったのです。
 山崎さんは異常なほど心配性で、美しく育った娘さんが悪い男に騙されてはいけないと、幼い頃からずっと塔に閉じ込めていたのでした。
「おーい、! 髪を下ろしてくれないか」
 山崎さんが塔の一番上の小窓に向かって声を張り上げると、縄のように編まれた漆黒の髪が、するすると下りてきました。
 塔には出入り口が全く無く、の髪の毛を伝って上らないと、部屋へは入れないのです。誰かが部屋に忍び込まないようにするのと、が勝手に外に出ないようにするために、山崎さんは出入り口をの部屋の窓だけにしてしまっていたのでした。
 山崎さんは慣れた様子でするすると塔の壁を登ると、人一人がやっと通り抜けられる小窓から部屋に入りました。
「おはよう、。朝ご飯だよ」
「ありがとう、山崎さん」
 子供のような屈託の無い笑顔を見せると、は早速食事に手を付け始めました。
 美味しそうにご飯を食べるを見ている時が、山崎さんの幸せな一時です。
 12歳の時に拾って以来、一度も外の世界に触れていないは、16歳になった今も同年代の娘たちに比べると仕草も表情も幼くて、それが山崎さんには可愛くてたまりません。こんなに天使のように可愛い娘は、国中を探してもいないでしょう。
 姿も仕草も可愛くて、その上世間の汚れを知らないが、もし他の男の目に留まったらと想像すると、山崎さんはいつもぞっとします。は素直な良い子だから、悪い奴に簡単に騙されるに違いありません。そう考えると、はまだまだ外には出せないなあと山崎さんは思うのです。
 食事を終え、は箸を置きながら山崎さんに尋ねました。
「ねぇ、山崎さん。塔の外って、どんなところなの?」
 は親を殺された12歳以前の記憶を失っているのです。だから、外の世界のことは何一つ知らないのでした。
 最近、は外の世界に強い関心を持っているようです。塔の小部屋の中で退屈しないように、山崎さんは玩具や本を山のように用意してやっているのですが、大人になってきているはそんなものには満足できなくなっているのでしょう。外に出たいという意味のことを口にすることも、多くなってきていました。
 またその話か、と山崎さんは小さく溜息をつくと、の目を見詰めて、いつもと同じことを言いました。
「外の世界は、怖い人が一杯なんだよ。のお父さんとお母さんも、外の世界の人に殺されたんだからね。お前みたいな子が外に出たら、すぐに悪い奴に攫われたり、食べられたりしてしまうよ」
「でも、山崎さんは外にいても大丈夫じゃない」
「俺は強いから大丈夫なんだよ。悪い奴がいても退治できるからね」
「ふーん………」
 納得できない顔をしながらも、はそれ以上は何も言いませんでした。確かに山崎さんは、を悪い人から助けてくれたくらい強いから、外の世界にいても大丈夫なんだろうなあとは思います。だけど、窓の外から見える風景の中には、と同じくらいの女の子や、それより小さい子供もいるのです。それなのに自分だけ外に出してもらえないのは納得いかないなあ、と最近思うのでした。
 何も言わないのを納得したものだと思った山崎さんは、の頭を撫でながら優しく言いました。
「お前が大人になったら、外に出してあげるよ。
 じゃあ、今から仕事に行ってくるからね。何か新しい玩具を買ってきてあげよう」
 そう言うと、山崎さんは来た時と同じようにの髪を伝って、塔を下りて行きました。
 門の外に出て行く山崎さんが見えなくなるまで手を振って見送ると、は寂しそうに溜息をつきました。山崎さんには一度も言ったことが無いのですが、はもう、昔のように玩具で一人遊びをしても満足できなくなっていたのです。本を読んでも誰かと感想を言い合うことが出来ないし、人形遊びも双六も、一人でやっても面白くありません。時々仕事がお休みの日は、山崎さんが遊び相手をしてくれることもありますが、は山崎さん以外の人ともお話をしたり遊んだりしてみたいのです。
 塔の外では、とそんなに変わらない年恰好の女の子たちが連れ立って何処かへ行く姿が見えます。どこに行くのか知らないけれど、とても楽しそうに見えました。そういうのを見ると、外の世界は山崎さんがいうほど怖いところではないのではないかと思うのです。
「いいなあ………」
 下を通り過ぎていく女の子たちを見ながら、は悲しそうに呟きました。
 山崎さんはいつも優しくしてくれるし、のことを第一に考えてくれるけれど、でも、山崎さんじゃない人ともお話してみたいなあ。新しい玩具や絵草紙を次々買ってきてくれるけど、そんなの、もう昔みたいに面白く思えないよ。




 塔に閉じ込められたお姫様を助けに来てくれる王子様が現れるのも、物語のお約束。っていうか、王子様が現れてくれなければ、お話になりません。
 というわけで、王子様の登場。
「あれは、一体何だ?」
 この辺りでは見かけない旅の者らしい若い男が、塔を指差して通りがかりの村人に尋ねました。
「ああ、あれは山崎さんの家の塔ですよ。何でも、あの一番上に、女の子が住んでるらしいですけどねぇ」
「ほぅ………」
 “塔に閉じ込められた女の子”という話に興味を覚えたのか、男は塔の一番上を見詰めながら、ニヤリと笑いました。ああいう風に人目に触れないように閉じ込められている女なら、さぞかし美しいに違いない。どんな女か、一目見てやりたいものだ。
 それから暫く、男は塔の周りを観察し続けました。出入り口が無いこの塔は、どうやら娘がいる部屋から縄のようなものを垂らしてもらって、それを上って窓から入るものらしいことが解ると、男は早速“山崎さん”とやらがやっている方法を真似して塔に入る決意をしました。
 そしてある朝、“山崎さん”とやらが出かけたことを確認すると、男は塔の下に走り、山崎さんの声音を真似して大声で呼びかけました。
「おーい、! 髪を下ろしてくれないか」
「はーい!」
 可愛らしい声がして、縄のように編まれた髪の毛がするすると下りてきました。
 本当に髪の毛が下りてくるとは思わなかったので、男は一瞬どうしようかと戸惑いましたが、山崎さんがこれを伝って上っていくのを何度も見ていたし多分大丈夫だろうと、思い切って髪の毛を掴みました。
 一方は、さっき出て行ったばかりの山崎さんがまた戻ってくるなんて変だなあと思いながら、それでも疑うことなく山崎さんが来るのを待っていました。そして、窓の桟に手がかけられ、上ってきた男と目が合った瞬間―――――
「きゃあああああ―――――っっっ!!!」
 真っ青な顔をして、は悲鳴を上げました。逃げ出そうとしましたが、狭い小部屋では逃げ場もありません。それでも侵入者から離れようと、部屋の隅に張り付くように蹲りました。
 山崎さんではない知らない男の人。痩せてはいるけれどよりもずっと背が高くて、しかも狼のように怖い顔をしているのです。山崎さんがいつも言っている“外の世界にいる悪い人”は、きっとこういう姿をしているのだと思わせる男の人でした。
 怖くて怖くて、しくしく泣きながら、はきっと罰が当たったのだと思いました。山崎さんはいつも優しくしてくれるのに、山崎さんじゃない人ともお話してみたいなんて我儘なことを考えたから、神様が怒ってこんな怖い人を連れてきたのだと思いました。
 形は大人のようになっているのに、子供のように泣きながら震えるの様子を見ながら、男は少し困ったような顔をしました。自分の顔は一寸怖いかもしれないという自覚はあったのですが、ここまで怯えられるとどうしていいのやら分かりません。とりあえずに近付いて、彼女に目線を合わせるように座りました。
「別に取って喰ったりはしないから、そんなに怖がらんでもいいだろう。いきなり入ってきたのは悪いと思うが、襲ったりはせんよ」
 なだめるように優しく言う男の言葉に、は怯えながらもそっと顔を上げました。
「だって山崎さんが、外の人は怖い人が多くて、みたいなのは悪い人に攫われたり食べられたりするって………」
 そう言うの声も顔も歳の割にはひどく幼くて、“山崎さん”とやらはどんな育て方をしたのだろうと、男は不思議に思いました。この様子だと、幼い頃から一度も外の世界に触れさせたことが無いに違いありません。
 けれど、“山崎さん”がをこうやって閉じ込めておきたくなる気持ちも、男には解らないでもありません。こんなに可愛らしくて、おまけに誰の言うことでも疑い無く信じてしまいそうな素直な娘なら、危なっかしくて外に出したりは出来ないでしょう。
「俺はを攫ったりはしないし、食べたりもせんよ。ほら、食べたくても、牙も無いだろう?」
「………うん」
「塔に閉じ込められている娘というのがどういうのか知りたくて、見に来ただけなんだ。お前をどうこうしうようとは思ってない」
 その言葉は、本当は半分嘘でした。本当はあわよくばと思っていたのですが、の様子を見たらその気が無くなったのです。確かに可愛いけれど、まだまだ女になっていない子供をどうこうする趣味は、男にはありません。
「じゃあ、顔を見たから、もう帰っちゃうの?」
 さっきまで怖がっていたくせに、自分に危害を加えたりしないと分かると、は急に態度を軟化させました。もともと人を疑うということを知らないから、悪い人ではないと思ったらすぐに懐いてしまうのでしょう。
 悪い人ではないなら、話し相手になってなってくれないかなあ、とは思いました。騙すような方法だったとはいえ、この部屋まで来てくれる人なんかもう二度といないかもしれないのです。
 の悲しそうな目を見たら、男はこのまま帰るのも憚られるような気がしてきました。ずっと塔の中で一人で寂しい思いをしてきたのだろうと思うと、顔を見てハイさようならでは可哀想だと思い始めていたのです。お子様の相手は苦手なのですが、今回は特別に相手してやろうかと思いました。
「良かったら、少し話でもしようか」
「うん!」
 男の提案に、は嬉しそうに大きく頷きました。
 この人は怖い顔をしているけど、きっと優しい人なんだろうなあ。山崎さんと同じくらい優しい人なんだろうなあ。ずっと年上みたいだけど、友達になってくれないかな。




 男は“斎藤一”と名乗り、その後も山崎さんの留守を狙って度々の部屋を訪れるようになりました。子供の相手は苦手だと言いながら、双六や碁の相手をしてやったり、旅先で見たものの話をしたりするのも案外楽しいものだと、斎藤さんは最近思うようになってきました。
 も斎藤さんが来てくれるのをいつも心待ちにしていました。もしかしたら、山崎さんが来るよりも心待ちにしていたかもしれません。斎藤さんはのことをとても可愛がってくれて、それは山崎さんの可愛がり方とは一寸違う時もあったけれど、そういう風に可愛がってくれる斎藤さんにすっかり懐いていました。
 それに、斎藤さんは山崎さんと違ってをちゃんと大人扱いしてくれて、それがにとっては一番嬉しいことでした。斎藤さん言うところの“大人の可愛がり方”というのをされるのも、自分が一人前に扱われているようで、一寸恥ずかしいと思いながらも、はそういう風に可愛がってもらえるのをいつも楽しみにしていました。
 そんな風にして一年が過ぎようとする頃、の身体に変化が表れてきました。のお腹に、赤ちゃんが出来たのです。それを教えてくれたのも、斎藤さんでした。斎藤さんは、時期を見て山崎さんにを外に出してもらえるようにお願いしようと言って、それまでは赤ちゃんがいることは内緒にしておこうと言いました。おめでたいことを内緒にするなんておかしいなあ、とは思いましたが、斎藤さんの言う通りにしました。
 けれど、内緒にしていても毎日を見ている山崎さんには気付かれてしまい、激怒した山崎さんはの髪の毛を切ってしまったのです。そして―――――
「おーい、! 髪を下ろしてくれないか」
 何も知らない斎藤さんが、いつものように塔の小部屋に向かって声を張り上げました。すると、いつもなら返事があるはずなのに、無言で髪が下りてきました。
 いつもと違うことに一寸不審に思いましたが、斎藤さんはいつものように髪を伝って塔を上りました。
、おはよ―――――」
 窓の桟に手をかけた斎藤を出迎えたのは、の笑顔ではなく、鬼のような顔をした山崎さんだったのです。
「お前が、をっ………!」
 最後まで言わず、山崎さんは斎藤さんを突き落としてしまいました。





「―――――――っっ!!」
 文机に額を激突させて、斎藤は目を醒ました。
 から借りた外国の話を和訳した絵草紙を読んでいるうちに、転寝をしてしまっていたらしい。
「いたたた………」
 強かに打ちつけた額を擦りながら、斎藤は開きっぱなしの絵草紙に目をやった。いくつかの話が載っているのだが、斎藤が夢で見たのは『野萵苣のちしゃ』という話が元になっているらしかった。がこの話が一番好きだと言っていたから、印象に残っていたのだろうか。
 しかし、妙に現実味のある夢だったなと、さっき見た夢を思い返す。塔に閉じ込められたお姫様と、そこに忍び込んでくる王子様。そして、王子様を塔から突き落として殺そうとする魔法使い―――――と斎藤と山崎の3人そのままである。こういう話は、洋の東西を問わず、どこにでも転がっている話なのだろうか。
 『野萵苣』のお姫様は、最後は双子の子供を生んで王子様と幸せに暮らすということになっているが、さてと自分はどうなるものかと考える。このままずっと、“悪い魔法使い”に邪魔をされっぱなしだったら、最悪だ。そろそろ“王子様”も反撃に出る頃かもしれない。
 斎藤は一つ欠伸をすると、斎藤は本を取って立ち上がった。
 本を返しに行くと、も昼寝中だった。
 音を立てないようにそっと部屋に入り、の傍に座る。健やかな寝息をたてて無防備に眠るその寝顔はまだまだ子供といった感じで、斎藤は思わず口許を綻ばせた。
 そういえば、と斎藤はさっき読んだ絵草紙の話を思い出す。あの中にあった『眠り姫』という話では、百年眠り続けたお姫様は、王子様の接吻で目を醒ましたそうだ。このお姫様も接吻で目を醒ますだろうかと、斎藤は規則正しい寝息をたてているの唇にそっと口付ける。
「……うぅ……ん…」
 鬱陶しげに眉間に皺を寄せて小さく声を上げると、は斎藤から逃れるように寝返りを打った。起きるかと思ったのに、それでもまた何事も無かったかのように寝息をたて始め、斎藤は呆れるやら可笑しいやら、困ったように喉の奥で笑う。
 こうやって誰でも簡単に入ってこられる部屋で熟睡するなんて、山崎が見たらまた説教をくらうだろう。眠っている間に何かされたらどうするんだ、とか言っている姿が目に浮かぶ。まあ、熟睡しているのを良いことに、既に“何か”をされてしまっているのだが。
 ふと見ると寝返りを打った拍子にか、の着物の裾がはだけて、片足が膝の上まで出ていた。その脹脛の白さが大人の女のもののように艶かしくて、見てはいけないものを見てしまったような気がして、斎藤は思わず視線を逸らす。
「まったく………」
 一旦は逸らしたものの、やはり見たいという誘惑には抗えなくて、斎藤は再びの脚に視線をやる。
 こうやっていつまでも子供のように無防備だから、山崎がいつまでもから離れないのだ。身体はもう大人なのだから、もうそろそろ自覚を持って欲しいと思う。そうしたら、山崎の監視の目も少しは緩んで、斎藤も楽になれるのに。
 これはお仕置きしてやらないと、と斎藤の目に悪戯っぽい光が宿った。

 を起こさないように、斎藤は囁くような声で呼ぶ。それで起きないことを確認すると、今度はむき出しの脚に手を伸ばしながら、
「起きないと、やっちゃうぞ?」
 もう少しで指先がの膝に触れると思った刹那、斎藤の頤に冷たい刃物が触れた。
 ぎょっとして振り返ると、そこにはあの夢で見たのと同じ、鬼のような形相の山崎が長刀なぎなたを持って立っていて―――――
「何をやっちゃうのかなー? 斎藤君」
「や……裾を直してやっちゃおうかなー、なんて」
 山崎に負けないぞと、ついさっき決心したばっかりなのに、早くもヘタレてしまうのが情けない。本気で戦ったら、斎藤は山崎よりもずっと強いはずなのに、の親代わりということで気持ちが負けてしまうのだ。早くも舅と婿殿といった感じである。
 今にもの脚に触れそうな斎藤の手を見ながら、山崎は更に斎藤の首に刃を密着させて、
「その割には、手の位置が少々おかしくはないかね、斎藤君」
「や……やだなあ、誤解ですよ、山崎さん」
 掌に嫌な汗をかきながら、斎藤は引き攣った顔で不本意ながらの裾の乱れを直してやった。
 それにしても、いつから山崎は後ろにいたのだろうか。足音は勿論、気配も感じさせなかった。この男は本当にただの町医者の息子なのだろうかと、斎藤はいつも疑問に思う。実は忍者の息子ですと言われたら、あっさり信じそうだ。
 斎藤の疑問に感づいたように、山崎は鋭い目のまま口の端を吊り上げて、
「伊達にこれで飯を食っちゃいないんだよ。まったく、に悪さをしようとする阿呆のせいで、仕事明けもゆっくり出来やしない」
「…………ゆっくり寝てればいいのに」
「何か言ったか?」
「いえ、別に」
「……ふぅ……ぅん……」
 周りの異変に気付いたのか、小さく伸びをして、は漸く目を醒ました。ぼーっとした目で暫く無表情だったが、山崎と斎藤の存在に気付いて、ぎょっとしたように飛び起きる。
「どっ……どうしたの、二人共っ?!」
「俺は本を返しに来たんだがな」
 長刀の刃を頤に当てられたまま、斎藤は不機嫌に言う。
「本返しに来て、何でこんなことになってるの?」
 尤もな質問である。
 山崎は斎藤に対していたのとは別人のように、にっこりと穏やかに笑って、
「斎藤君にね、長刀の練習の相手になってもらおうと思って、誘いに来たんだよ。
 さあ、斎藤君、道場に行こうか」
「いや、俺は長刀は―――――」
「君とやりたいんだよ、俺は」
「は……はい……」
 有無を言わせぬ口調と眼力に圧されて、斎藤は思わず返事をしてしまった。他の男が相手だったら、こっちが一睨みして終わりなのだが、どうも山崎が相手だと調子が悪い。
 棒術の次は長刀かと斎藤はうんざりしてしまったが、『野萵苣』の王子様のように目を潰されるよりはマシかと思い直す。というか、思い直さないとやってられない。
 しかし、考えてみれば『野萵苣』の王子様は目を潰されたものの、最終的には奇跡が起こって目が見えるようになるし、何よりお姫様に双子を産ませているのである。やることをやってる分、王子様の方が斎藤よりマシかもしれない。いつも監視していた魔法使いのお婆さんの目をどうやって掻い潜ってお姫様をモノにしたのか、王子様に教えてもらいたいと斎藤は思う。
 こっちのお姫様はまだまだお子様だし、最強(最恐?)の監視役は付いているしで、いつになったら「めでたしめでたし」の結末になるのだろうかと、斎藤は山崎に引き摺られながら小さく溜息をつくのだった。
<あとがき>
 お題は『眠り姫』なのに話の内容は『ラプンツェル』とは、これ如何に。単に私が『眠り姫』より『ラプンツェル』の方が好きなんで、こんなことになってしまったんですが。まあ、童話つながりということで、大目に見てやってください。
 『眠り姫』にしろ『ラプンツェル』にしろ、思春期の少女と性に関する暗喩が含まれているそうです。“眠り続けるお姫様”と“塔に閉じ込められたお姫様”というのはどちらも社会から隔絶された状態であり、それは思春期の少女が一時的に性的なものから隔離されていることを示しているのだそうです。そして、“お姫様を救いに来る王子様”というのが、少女に性の悦びを与える夫となる男性の暗喩なのだとか。なるほど、そういう目で見ると、そういう風に見えますな。
 今回はお題が童話からきていたので、一寸趣向を変えて童話風味にしてみたのですが、如何なものだったでしょうか。まあ一寸違和感のある話だったかと思いますが、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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