うかうかしてられない
京都の夏は、暑い。四方を山に囲まれた盆地だから、平野や海沿いのように風が吹き抜けるということが無く、蒸し暑い空気が籠っているような暑さなのだ。ただでさえ暑いというのに、新選組の屯所は若い野郎ばかりでむさ苦しいことこの上ない。奥まった場所にあるの部屋にも訓練の野太い声が聞こえてきて、セミの声よりその声で暑さが倍増しているような気がする。
「あっつ〜〜〜いっ!!」
団扇でパタパタと扇ぎながら、が絶叫する。
いつもは監察方として屯所に寄り付くことが少ない彼女だが、最近は非番が続いていて、こうやってだらだらと過ごすことが許されているのだ。こんな暑い中を訓練に励んでいる隊士に比べれば遥かに楽な身分なのであるが、それでも暑いのには変わりは無い。
そんなに、斎藤が心底呆れた視線を遣って、
「暑いのは解るが、年頃の娘がそんな格好というのは、どうかと思うが」
「あ〜………」
この暑い中、着物を全く着崩さず、膝も崩していない斎藤とは対照的に、は両足をだらしなく投げ出している。それだけならまだしも、胸に晒しを巻いているとはいえ、着物を腰までずり下ろしているのである。いくら自分の部屋とはいえ、これはやりすぎだろう。
大体、自分の部屋とはいえ、男の目があるのである。彼女の部屋は風通しが良いので、非番の幹部たちがたむろしているのだ。今だって斎藤の他に、二番隊組頭の永倉と十番隊組頭の原田がいるのだ。まあ、のような色気も何も無いお子様相手にどうこうしようなどと微塵も思っていない輩だから、今のところは問題無いのだが。
「良いんじゃないの? ちゃんも暑いんだしさあ。女の子だからって、きちんと着付けをしとかなきゃいけないっていうのも、辛いだろ」
「そうだよなあ。隠すとこは隠してんだから、問題ねぇだろ。自分の部屋だしさ」
永倉も原田も、の格好を何とも思っていないようである。堂々としているの態度と、少年のようなすっきりとした身体つきが、“女”の雰囲気を打ち消しているからだろう。
それに、の格好を注意すると、そのままこの二人にも跳ね返ってしまう。永倉も諸肌脱いでるし、原田にいたっては着物を脱ぎ捨てて、下帯だけという格好である。いくら暑いとはいえ、幹部として一寸どうかと思われる姿だ。
そんな二人の言葉に、斎藤は苦々しげに眉間に皺を寄せる。
永倉にしろ原田にしろ、島原や祇園で美女を相手に遊べる幹部たちには、は色気の欠片も無い、乳臭い子供にしか映らないだろう。しかし、女遊びをする金の無い平隊士たちにとっては、こんな子供みたいな女でも、紛れも無い“女”なのだ。部屋を開け広げてそんな格好を人目に晒していたら、若い隊士を刺激しかねない。
実際、中庭を挟んだ向こうの廊下は、用も無いのに若い隊士たちがうろうろしている。幹部3人の手前、あからさまには見ていないが、視線がの身体に集中しているのは明らかだ。
向こうの廊下をちらりと見やりながら、斎藤は反論する。
「しかし、あちらでは問題大ありのようですがね。ほら」
3人が一斉に斎藤の示す方を見ると、それまでさり気なく部屋の中を盗み見ていた隊士たちが、ぎょっとしたような顔をしたのが、遠目にも判った。
は勢いよく立ち上がると、部屋の外に出る。そして、廊下の手すりを掴んで軽く身を乗り出し、向こうの廊下に向って怒鳴った。
「何見てんだ、ゴルァッッ!! 見せ物じゃねぇぞ!」
顔だけは愛らしいの口からヤクザのようなドスの利いた声が飛び出し、向かい側にいた隊士たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。
その様子を見ながら、はフンと鼻を鳴らして腕を組む。
「まったく、どいつもこいつもヒマ人ばっか………」
「そんな格好していれば、暇じゃなくても見に来るさ」
「あぁ?」
低い声で応えながら声の主を睨みつけたの顔が、そのまま硬直した。
声の主は、の直属の上司であり、育ての親でもある監察方の山崎烝。しかも、その隣には副長の土方歳三まで立っていたのだ。二人とも、心底呆れ返った顔をして、の姿を見ている。
どこから見られていたのか解らないが、隊士たちを怒鳴りつけているところを見られたのは確実。少しは娘らしくしろと説教されてばっかりの山崎と、憧れのステキ副長にそんなところを見られたなんて、最悪だ。穴があったら入りたいとは、まさしくこのこと。
っていうか、それ以前に、今の格好は―――――
遅ればせながら、は自分の格好を思い出して、全身を真っ赤にする。平隊士や斎藤たちが相手の時は別に恥ずかしいとは思わないのだが、憧れの人の前では、この裸同然の格好はかなり恥ずかしい。
「いっ………きゃあああああああああ―――――――っっっ!!!」
両腕で上半身を隠すようにして、はその場に蹲ってしまった。
着物をビシッと着付け直し、は土方と山崎の前で蛙のように深々と土下座をする。
「先ほどは大変お見苦しい姿をお見せいたしまして、まことに申し訳ございません。平にご容赦を」
「まったく………お前は一体幾つになったんだ?」
土方と共に上座に座る山崎が、不機嫌に質問する。
に歳を訊くのは、この夏は何度目であろうか。十やそこいらの童女ではあるまいし、そろそろ自分の身体がどういうものかを考えて行動してもらわないと困る、と山崎はいつも思う。血気盛んな若い男の集団の中でそんな格好をして、何かあってからでは遅いのだ。
かつて粛清された初代局長・芹沢鴨の妾であったお梅なる美人が此処を出入りしていた時も、若い隊士たちは妙に色めき立っていたものである。お梅は芹沢の妾であったので、流石に妙な気を起こす者はいなかったが、今回は事情が違う。は今のところ誰のものでもないから、手を付けた者勝ちと言っても良い。監察方として格闘術は一通り仕込まれてはいるが、その気になった男を相手にどこまでやりあえるかといったら、はなはだ疑問である。男の方だって、新選組隊士として鍛えられているのだから。
「今年で16になったんだろう。世間では結婚している者もいる歳じゃないか。それなのにいつまでもそうやって―――――」
山崎の説教は長い。世間では大人と認められている歳なのだから振る舞いにも慎みを持て、という話に始まって、男というのは突然狼に豹変するのだから、みだりに人前で肌を晒すと大変なことになるとか、最後に傷付くのは女の方なのだから自分の身は自分で守らなければならないとか、定番の説教が終わったら、次はを育てた苦労話である。12の時に拾って以来、男手一つで育ててきたからそういう娘に育ってしまったのかと嘆かれるのだ。
長い長い説教を平身低頭で聴きながら、は聞こえないように小さく溜息をつく。
山崎が新選組に入る前、は彼に拾われた。旅の途中で追い剥ぎに親を殺され、当時12歳だったを売り飛ばそうと目論んでいた男たちから助けてくれたのが、山崎だったのだ。当時まだ二十代だった彼が自分のような者を育てるのは、並大抵の苦労ではなかったと思う。それには感謝してもしきれないのだが、いつまでもこうやって子ども扱いされるのはどうかと、はいつも思うのだ。
「親が思うほど、娘はモテはしないのになあ」
「あんな貧乳じゃ、なかなかその気にはならねぇしなあ」
「いやいや。世の中には貧乳好きもいますからね。わかりませんよ」
の後ろで、永倉、原田、斎藤の3人がボソボソと話し合う。行きがかり上、この3人まで山崎の説教を拝聴することになってしまったのだ。
3人の遣り取りに、これまで微動だにしなかったの身体が、ピクリと動いた。と、目にも留まらぬ速さで立ち上がり、三人の方を向いて、
「貧乳って言うなっ!」
胸が小さいのは、の目下の悩みである。戦う時に邪魔にならなくて都合が良いと強がってはいるものの、やはりそこは年頃の女の子。女らしい身体になりたいと、常日頃から頭を悩ませているのだ。
「今は晒しを巻いてるから小さく見えるのっ!」
「そんな見栄張らんでも良いだろ。晒しを巻いてても巻いてなくても、大して変わらんだろうが」
顔を真っ赤にして怒鳴るを見上げ、斎藤は淡々と言う。
「何よ! 見たことも無いくせに」
「行水している時に見た」
「なっ…………?!」
何でもないことのようにさらっと言う斎藤の顔を、部屋にいる全員が一斉に見た。特にの親代わりである山崎など、赤くなるやら青くなるやら、もう大変な状態である。
怒りのためか肩を震わせながら山崎はゆっくりと立ち上がると、の肩をがっちりと掴む。その目は仕事の時のように鋭い光を放ち、周囲は一瞬息を呑んだ。
顔の筋肉を引き攣らせながら、山崎は笑顔のような表情を作る。彼がこんな顔をする時は、心底怒っている時だ。
「いくら暑いからって、人前で裸になって行水をするような娘に育てた覚えは、無いんだがなあ。いい加減にしてくれないと、お父さん、心配で胃に穴が開いちゃうぞ?」
その妙に優しい口調と、猫なで声が一番怖い。は蒼白になりながらも、必死に反論する。
「裸ではしてないもん! ちゃんと長襦袢着てやってるもん!」
「あんなもん、水を被ったら透けてしまって、裸同然じゃないか。だからいつも、着替えを持って来てやってるだろ」
相変わらず淡々とした口調で、斎藤が要らぬツッコミを入れる。
「!」
「ちがっ……斎藤さんは大袈裟に言ってるだけで………」
「まだ全然使ってない身体だから、綺麗な色してるよなあ。お前の―――――」
「黙れ黙れ黙れ―――――っっ!!」
「お前が黙れ!」
意地悪く口の端を歪めて言う斎藤の言葉を、は真っ赤な顔をして大声で遮る。そこをすかさず、山崎がの頭を拳で殴った。
「〜〜〜〜〜〜〜」
殴られたところを両手で押さえ、はその場に蹲る。
「ともかく、だ」
さっきから黙って煙管を吸っていた土方が、初めて口を開いた。
「君はもう少し年頃の女としての自覚を持って行動することだ。若い隊士を刺激するような格好は、謹め。これは命令だ」
話を打ち切るように煙管を鳴らして灰を捨てると、土方は席を立った。
「ねえ、山崎さん」
お茶を渡しながら、が話しかける。
「山崎さん、薬の調合とかもできるんだよねぇ?」
「まあな」
茶を啜りながら、山崎は短く応える。
今でこそ密偵の仕事を中心にやっているが、元々山崎は大阪の医者の息子である。医術より棒術の方に夢中になって、専門的な勉強は遂にしなかったものの、基礎知識は学んだ。簡単な応急処置と薬の調合なら、その辺の医者と同じくらいの技術を持っているのだ。
は考えるように下を向いていたが、一寸恥ずかしそうに思い切って言ってみた。
「あのさ……胸が大きくなる薬って、ある?」
その言葉に、山崎は飲んでいた茶を思いっきり噴き出した。顔を真っ赤にして一頻りむせた後、手の甲で口を拭って言う。
「何をいきなり………?」
「だって、斎藤さんたちが私のこと、貧乳って言うんだもん。やっぱり男の人は、胸が大きい女の方が良いんでしょ?」
自分の小さな胸に手を当てて、は拗ねたように口を尖らせて言う。薬を使ってまで胸を大きくしたいとは、周りが思っているよりもは気にしていたらしい。
<なるほどねぇ………>
茶を淹れ直すの姿を見遣りながら、いよいよ“その時”が来たのだと、山崎は感慨深いような複雑な気持ちになる。
まだまだ子供じみた行動で周りを驚かせてばかりの彼女だが、考えてみればもう16歳なのだ。好きな男の気を惹こうと知恵を絞る歳になったのだと、寂しさに似た感情が胸をよぎる。世の父親というのは、娘が年頃になったら、こういう気持ちになるのだろうかと山崎は思う。
本人はまだ気付いていないようだが、は多分斎藤のことが好きだ。非番の時はいつも彼の後を付いて回って、何かと関心を惹こうとしている。最初は土方のことが好きだと山崎も睨んでいたのだが、あれは父親以上の“大人の男”に対する憧れであって、恋ではない。が自分の本当の気持ちに気付くのは、いつのことであろうか。早く気付いて欲しいような、いつまでも気付いて欲しくないような、山崎の思いは複雑だ。
昔は「山崎さん、山崎さん」なんて、家鴨の雛のように自分の後を付いてきてたのになあ、などと、山崎は遠い目になってしまう。「大きくなったら山崎さんのお嫁さんになるー」なんて可愛いことを言ってくれていた頃が懐かしい。
「山崎さん、なに黄昏てるの?」
湯飲みを差し出し、は不思議そうに山崎の顔を覗き込む。
「いや、何でもない。
まあ、アレだ。お前はまだ成長期なんだから、薬などに頼らずとも、そのうちそれなりになるから安心しろ」
「そうかなあ………」
不満そうに呟くと、は小さく溜息をついた。
その姿が“恋する乙女”そのもので、山崎も心の中で溜息をつく。斎藤のことは信用しているが、もしものことがあってはいけない。これはうかうかしてられないな、と“お父さん”は思うのだった。
それから数日後。近くの神社で祭りが行われるということで、は丁度非番が重なった斎藤と一緒に祭りに行く約束を取り付けた。最初はつまらなそうに渋っていた斎藤だったが、見世物小屋に珍しい色の南国の鳥がいると言ったら、一寸関心を持ったらしい。ああ見えて、結構珍しい物好きなのだ。
紺地に蝶の柄の浴衣に、山吹色の帯を締める。いつもは下ろしているか、馬の尻尾のように結っている髪を、すっきりと巻き上げて簪を挿すと、いつもより少し大人っぽくなったような気がした。ついでだからと、薄く化粧もしてみる。考えてみれば、仕事の時はこうやって化粧をしているが、屯所にいる時は素顔で通している。化粧をした顔を斎藤に見せるのは初めてのことだ。この顔を見せたらどんな反応をするだろうと想像すると、それだけで楽しくなる。
準備をしているだけで気分が高揚してきて、は弾むような足取りで斎藤が詰めている部屋に向う。襖の前に立ち、いつものように部屋に入ろうとしたが、一寸思い直してその場に正座した。折角いつもと違う装いをしているのだから、いつもと違うやり方で入ろうと思ったのだ。
「斎藤さん」
「ああ」
彼の返事を確認して、は襖に両手を添えて、そっと開けた。
「そろそろ行きましょうか」
「そうだ…………」
読んでいた本を置いてを振り返った斎藤は、そのまま呆けた顔で絶句した。
そこにいたのは、いつも山崎に叱られてばかりのやんちゃな少女ではなく、しっとりとした色香を纏った“女”だったのだ。髪を結い上げ、薄化粧を施しただけで、こんなにも雰囲気が変わるのかと、斎藤は感心する。
女は魔性のものだというけれど、ここまで別人のように変わられると、驚きを通り越して末恐ろしくなってくる。今はまだ子供っぽさが抜けないけれど、それが無くなったら、この目の前の少女はどうなるのだろう。
口を半開きにした間抜け面を晒している斎藤に、は訝しげに声をかける。
「どうしました?」
その口調も声も別人のようで、斎藤は言葉も出ない。こんな淑やかな声を出す女だったかと、ますます驚かされる。
斎藤の言葉を待つように、はじっと彼の顔を見ている。お互いそのままの表情で沈黙する奇妙な間があって、斎藤が漸く口を開いた。
「………いや、何でもない。行こうか」
ぎこちなくそう言うと、斎藤は立ち上がった。
軽やかに下駄を鳴らすと並んで歩きながら、斎藤は彼女の姿をさり気なく盗み見る。
隣を歩く女があのだとは、まだ信じられない。今まで自分は彼女の何を見ていたのだろうと、斎藤は不思議に思う。こんな色香を隠し持っているとは思ってもみなかった。
それは他の隊士も同じだったようで、屯所を出て行くまでに擦れ違う連中は誰も彼も、驚いたようにを見ていた。そんな彼らの様子を見て小さく笑うその表情にも風情があって、女に免疫の無い若い隊士などは首まで真っ赤になっていたものだ。
今だって、道を歩く男たちは、ちらちらとの姿を窺っている。連れている女が賞賛の視線を浴びているのを見るのは気分が良いが、その後に必ず品定めをするような視線が斎藤に突き刺さるのが、微妙だ。
「隊のみんなも、今日のお前には驚いていたようだな」
何か話題を振らなければと思い、斎藤は唐突に言った。
その言葉に、屯所での周りの反応を思い出したのか、はくすくすと笑って、
「お化粧をした顔を見せるの、初めてだったから。だけど、あんなに驚かなくってもねぇ」
「明日から、多分大変だぞ。あんな姿を見せた後だから、皆、女だと意識するんじゃないか? 山崎さんの心配が増えるな」
化粧をしたの姿を見て、屯所で一番動揺したのは、山崎だった。外ではともかく、屯所の中で化粧をさせていなかったのは、こうなることを恐れていたのだろう。これまでもそれとなくに近付く男どもに目を光らせていた山崎だが、明日からは彼一人では追いつかないかもしれない。
今頃自室で対策を練っているであろう山崎の姿を想像すると可笑しくて、斎藤は喉の奥で小さく笑う。親の心子知らずというか、悪気も無く次々騒動を起こす娘がいると、心配性の“お父さん”の気が休まる暇は無い。
「斎藤さんも、意識する?」
上目遣いで見上げて、は悪戯っぽく尋ねる。
「うーん、そうだなぁ………。まあ、一寸は大人になったかとは思うが」
そう言いながら、斎藤は何故かあらぬ方向を見てしまう。
本当は“一寸”どころではなく意識してしまうのだが、内心の動揺を悟られるのは癪な気がして、斎藤の口調は素っ気無いものになる。
まったく、女というものは、ある日突然大人になるものらしい。それとも、大人になる準備期間を見落としていたのだろうか。だとしたら、随分とうかうかしていたものである。
子供じみた行動で驚かされるのが常で、大人になったら少しは心安らかになれるかと思っていたが、この様子では更に落ち着かない日々を送らされそうだ。
斎藤の顔の反応が可笑しかったのか、は持っていた団扇を口に当てて、小さく笑った。その仕草も妙に艶っぽい。
一頻り笑った後、は不意に足を止めて、斎藤の顔をじっと見上げる。
「私も、いつまでも子供じゃないよ?」
「…………え?」
その声があまりにも真剣で、斎藤はびっくりしての顔を見る。
「いつまでも子供だと思ってた?」
その顔は紛れも無い“女”の顔で、斎藤は思わず息を呑んだ。いつの間にこんな顔を出来るようになったのだろう。知らない女を見るような不思議な感覚に襲われ、斎藤は身体がぐらりと揺れたような気がした。
のことは可愛いと思っていた。“妹”のように可愛いと思っていた。だけど、今は違う。可愛いとは思うけれど、“妹”のような可愛さではない。こんな顔を見せられたら、今までのようには見れない。
がこんな顔をすることが出来るのだと知っている人間は、隊の中ではどれくらいいるのだろう。うかうかしていたら、はあっという間に他の男に攫われてしまうかもしれない。今は斎藤に懐いているが、そのうちに彼女の関心は他の男に移ってしまうかもしれない。
「……………うかうかしてられないな」
吐息のように小さく呟いて、斎藤は息を漏らすように短く笑った。
大人になりかけの主人公さんを巡って、“うかうかしてられない”男二人ってところか。大人になる直前の少女を巡る周りの騒動という設定は、結構好きな設定なんで、このパターンの話はこれから増えるかも。
この話を書きながら、昔読んでた『お父さんは心配性』っていう漫画を思い出しましたよ。一人娘の典子ちゃんを異常に心配するお父さんが、心配のあまりに常軌を逸した行動に出てしまうギャグ漫画なんですけどね。お父さんの主な被害者はボーイフレンドの北野くんで、ニシキヘビに飲み込まれそうになるわ、爆弾は投げられるわ、包丁で刺されるわ、「漫画じゃなかったら、こいつ、何回死んでるんだろう」っていう目に遭うんだよね。『お父さんは心配性』知ってる人いるかな? いるとしたら、私と同世代か、そうじゃなければマニアですね。
山崎父さんの設定は書いててかなり楽しかったので、また書くつもりです。つか、『お題小説』はこの設定の連作にすれば良かったなあ、なんて今更ながら思っているくらいです。『お父さんは心配性』みたいに、斎藤に猛獣をけしかけてみたり、苦無を投げつけたりして欲しいものですね(← え?)。
では、お父さんの次回の活躍に乞うご期待! いらんと言われても、書きますから。