夕涼

夕涼 【ゆうりょう】 夏、夕方の涼しくなったころ。
 あんな話をしてしまった後に蒼紫に会うのは気まずい。
 どうしてあんな昔話をしてしまったのだろうと、ピクニックの日から二週間近く経つ今になっても、は激しく後悔している。いくら郁の計画を潰すためとはいえ、あんな話をしてしまったのは軽率だった。
 あの話を聞いた後も、蒼紫の態度は変わらなかった。距離を置くわけでもなく、かといって近付けるわけでもなく、来た時と同じ何を考えているか判らない無表情で帰っていった。恐らく郁も、が彼に昔の男の話をしたとは気付いていないだろう。気付いていたら、何か言ってくるはずだ。
 あの時、蒼紫は「自分を利用すれば良い」と言ってくれた。あれはどういうつもりで言ったのだろう。ただの社交辞令で言ったのだろうか。それとも本当に、に好きな男が現われるまで付き合ってくれるつもりなのか。もしそうなら、どういうつもりでそんなことを言ったのだろう。郁と富崎が戻ってからずっと無表情を通していたから、にはその真意が判らない。
 あの日からずっと、蒼紫のことが気になって仕方がない。好きとかそういうのではなく、彼が何を考えているのか、仕事中でもつい考えてしまうのだ。
「ねえ、さん。今日は早いから一寸食べて帰らない?」
 ぼんやりして帰り支度をするに、郁が声を掛ける。
「そうねぇ………。御飯作る気にもなれないし………」
「でしょお? 実はね、『葵屋別館』から『葵屋』の優待券を貰ったの。やっぱり常連になっとくものよね〜」
「え゛っ?!」
 浮かれた郁の言葉に、はぎょっとして帰り支度の手を止めた。
 こんな時に『葵屋』に行こうだなんて。『葵屋別館』ならまだしも『葵屋』だなんて、蒼紫に会ってしまったら大変ではないか。
 多分、蒼紫には確実に会ってしまうだろう。郁と『葵屋』の優待券という組み合わせなんて、と蒼紫を会わせようという魂胆が見え見えではないか。どうせ作戦を練るなら、こんな見え見えの作戦ではなく、もう少し頭を使えと言いたい。
 とりあえず今はまだ、蒼紫には会いたくない。自分の中で気持ちが消化されていないのに会ってしまったら、挙動不審になるのは目に見えている。そんなを見たら、郁がますます誤解してしまうではないか。
「やっ……『葵屋』は駄目よ! もっと安いところで良いって!! 私、そんなに持ち合わせないもの」
「だから優待券を使うんでしょうが。私だって自腹じゃ行かないわ。別館より安く済むから大丈夫よ。さ、行きましょ」
 顔を真っ赤にさせて焦るを見て、郁はくすくす笑う。事情を知らない郁は、が恥ずかしがっていると思っているのだ。
 やっとも新しい男に目を向けてくれたと、郁は誤解したまま益々張り切るのだった。





 『葵屋』に来るのは二度目だが、客として来るのはは初めてだ。前回勝手口から入った時は気付かなかったが、老舗というだけあって立派な建物である。
 出迎えの仲居から何か言われるのではないかと内心ひやひやしていたが、普通の客のように扱われて逆に拍子抜けした。のことを知っているのは、前回会った者たちだけなのかもしれない。
「うーん、やっぱり本店は違うわねぇ」
 案内された座敷を見回して、郁は感心したように声を漏らした。
 広さはそう無いが、高級料亭だけあって、花を生けてある花瓶一つ取っても立派なものである。床の間の掛け軸も、素人目で見ても良いものだ。流石は老舗だと、も感心する。
 同時に、蒼紫はこんな店を経営していたのかと、今更ながら驚いた。敷地内には別棟の旅館もある。この本店と旅館と別館の若旦那で、しかも独身で男前で女っ気無しときたら、それは郁でなくても“優良物件”連発だろう。
 唖然としているに気付いて、郁は身を乗り出してにやにやしながら言う。
「どぉよ? 四乃森さんと結婚したら玉の輿よ?」
「なっ………?!」
 予想していた言葉ではあったが、は顔を真っ赤にしてうろたえる。
 「誰某と結婚したら玉の輿よ」と冗談ではよく言い合うが、勿論郁の言葉は冗談ではない。そこでが笑い飛ばして強引に冗談に持っていければ良かったのだが、何故か焦ってしまった。
 少し前のなら、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って話を打ち切らせることが出来たはずだ。郁の言葉は想定内のものであったし、最初からそんな気は無いのだからにとってはまるっきり他人事のはずである。それなのに当事者のように(実際当事者なのだが)顔を紅くしてしまうなんて。
 これはまずい、とは思う。こんな他愛も無い冷やかしに反応してしまうなんて、蒼紫のことを意識してしまっているということではないか。

 ―――――俺がいることで時間稼ぎになるなら、いつまでも付き合いますよ。

 蒼紫があんなことを言うからいけないのだ。あんなことを言いながら優しく微笑まれたら、でなくても自分に好意を持っているのではないかと誤解をしてしまう。恋に臆病になっているの防波堤になってくれるなんて、どうでも良い相手なら言わないはずだ。
 しかし、もまた蒼紫に利用されているのかもしれないと思い直す。との話が進んでいる振りをすれば、蒼紫もまた他の縁談を持ち込まれることは無いのだ。お互いを守るために協力しようというつもりで、あんなことを言った可能性も捨てきれない。
 大体、本当にに好意を持っているのなら、蒼紫の方から何らかの行動をするはずだ。『葵屋別館』には今も郁に連れて行かれるのだから、会おうと思えば店で会える。なのに彼は、初めて会った日以来ずっと別館には来ていない。それはつまり、蒼紫はに対して利害の一致以上の思いは持っていないということだ。
 期待をしてはいけない―――――そう自分に言い聞かせたところで、はその思いに驚いた。
 “期待”なんて、蒼紫に好意を持ってもらいたいとでも思っているのか。好意を持ってもらいたいだなんて、まるで自身が彼に好意を持っているようではないか。
 確かに蒼紫には好意を持っているかもしれない。しかしそれは、良い人だと思うだけで、恋ではない。絶対に恋なんかじゃない。
 些か険しい顔でそんなことを考えていると、静かに襖が開いた。
 現われたのは、先日会った此処の主人ららしい老人と蒼紫だった。蒼紫の顔を見た瞬間、は口から心臓が飛び出しそうになる。
 蒼紫が顔を見せるのは予想していたことだ。別に焦るほどのことではない。むしろ、この流れなら彼に会わせない方がおかしいではないか。
 ここで動揺を見せては、が蒼紫に気があると思われる。とにかく落ち着かなくては、とは膝の上で手を握り締めた。
「ようこそいらっしゃいました。主人の柏崎と申します。いつも別館をご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます」
 深々と頭を下げる老人に、も軽く会釈をした。
「………と、堅苦しい挨拶はここまでにして―――――」
 顔を上げる柏崎の顔は満面の笑みを湛えていて、これからのことを厭でも予感させる。は思わず身を引いた。
 が、柏崎はそんなの様子などお構い無しで、ずいっと膝を進める。そしての手を取って、
「いやあ、よう来て下さった。こいつが何も言わんから、もう儂ら心配で心配で―――――」
「や、あの、御主人………」
「“御主人”とは水臭い。儂のことは“翁”と呼んでくだされ」
「えーっと………」
 もの凄い勢いで押し捲る翁に、はドン引きである。
 翁の様子から察するに、郁があること無いことを調子良く喋っているのだろう。完全に若女将候補を見る目だ。しかものどこが気に入ったのか判らないが、今すぐにでも若女将として大歓迎の様子である。
 この勢いに流されてはいけないと思いながらも、適切な反応が思い浮かばなくて、は困ったようにぎこちなく笑った。そんな顔も翁は何故か気に入ったらしく、の手を握るのにも力が入る。
「一時はどうなるかと心配しておりましたが、良かった良かった。これで『葵屋』一同、一安心ですじゃ」
「いや、あのぉ………」
「本当に、私も一安心ですわ。別館の方に、こぉんな良い方を紹介していただいて。本当に、ありがとうございます」
 郁まで尻馬に乗って調子の良いことを言う。そんな言い方をしたら、既にと蒼紫が好い仲になっているようではないか。
 まずい。これは非常にまずい。完全に囲い込まれている。このままでは今夜にでもカタに嵌められそうだ。
 自分の意思で蒼紫とくっ付くなら兎も角として、周りに押されてくっ付けられるなんて最悪だ。助けを求めるように、は蒼紫の顔を見た。
 蒼紫は相変わらずの無表情で沈黙している。否、いつもより少しだけ不機嫌そうだ。きっと内心はと同じなのだろう。
 と、蒼紫が静かに立ち上がった。
「いい加減にしないか、翁。小倉さんもです。さんが困ってるでしょう」
 静かな声ではあるが、蒼紫の声には二人を黙らせる迫力があった。大店の若旦那にしては過分な迫力だとは思ったが、今は二人を黙らせてくれたことがありがたい。
 唖然とする二人をそのままに、蒼紫はの手を取った。そして同じく唖然としているを安心させるように一瞬だけ微笑んで、
さん、出ましょう。こんなところで二人の話を聞いていても不愉快でしょう」
 不機嫌な声でそう言うと、蒼紫はの手を引いて部屋を出て行った。





 不機嫌顔で早足に歩いていた蒼紫だったが、『葵屋』が見えなくなったところで漸く速度を緩めて表情も柔らかくなった。
「うちの年寄りが勝手に暴走してしまって………。申し訳ありません」
「いえ、私の方こそ。それと、ありがとうございました。連れ出していただいて」
 声が優しくなったことにほっとして、は小さく微笑んだ。
 あの二人から解放してもらえたのは、本当に助かった。あのままあの部屋にいたら、とんでもない方向に流されていたに違いない。
 それにしても、翁のあの勢いは一体何なのだろう。に対してもああなのだから、蒼紫に対してはもっと凄いことになっているはずだ。あれ以上の攻撃を毎日受けているとしたら、蒼紫も精神的に追い込まれてしまうだろう。
「いつもあんな感じなんですか、翁さん?」
「いや、まあ、それは………」
 の問いかけに、蒼紫は困ったように曖昧に言葉を濁す。
 やはり思った通りだ。申し訳なさでは胃の辺りが重くなった。
 まったく、郁のお節介はありがたく思うこともあるけれど、こういう時は本当に困る。友人であるを煽り立てるだけなら兎も角、赤の他人である蒼紫まで巻き込んで。本人には全く悪気が無く、それどころか親切のつもりでやっているのだから始末に負えない。
 いつまでもお付き合いしますよ、とは言ってくれたものの、あの調子で毎日翁だの周りの者に責め立てられていては厭になるだろう。責めたてられることだけではなく、その原因になっているのことまで厭になってしまっているかもしれない。
「すみません、私のせいで………」
「いえいえ、さんのせいではないですよ」
 悲しげな顔で小さくなるに、蒼紫は慌てて否定するように手を振る。そして優しく微笑んで、
「それどころか、あなたのお陰で随分助かっています。あれ以来、縁談を持って来られることもなくなりましたし」
 それは本当のことだ。毎日のように押し付けられていた縁談が、の件が持ち上がって以来、ぱったりと無くなったのだ。別館の人間づてに郁の話を聞いているのもあるだろうが、蒼紫が『葵屋』にを連れてきたのが決定打だったのだろう。
 蒼紫が女を連れてくるなど、理由がどうであれ、今まで無かったことだ。それを見て、翁を始めとする御庭番衆も得心したのだろう。のことでやいやい言われるのは鬱陶しいが、それでも手を変え品を変え縁談を持って来られた頃に比べれば、ずっとマシだ。
 それでもまだしょんぼりしているを見て、蒼紫は話題を変えた。
「日が暮れたら涼しくなりましたね。もう夏も終わりだ」
「え? ええ………そうですね」
 急に話題を変えられて驚いたが、も気分を変えるように微笑んで頷く。
 蒼紫の言う通り、昼の陽射しはまだきついものの、日が落ちると涼しくなるようになった。そろそろ秋の虫の音も聞こえることだろう。もうすぐ夏は終わる。
「丁度良い。少しこの辺りを歩いて時間を潰しましょうか。時間が経てば、少しはあの二人も頭を冷やすでしょう」
「そうですね」
 このまま戻らなかったら二人の想像をますます掻き立てるのではないかと思わないでもなかったが、あまり気にしないことにした。想像なんて、と蒼紫が部屋を出た時点で掻き立てられているに決まってる。
 それに今は、あの二人がいる部屋に戻るよりも、蒼紫と二人でいた方が気が楽だ。前に彼と二人きりにされた時は、気まずいし緊張するしで居心地悪かったけれど、今はそんなことは無い。それどころか、郁と一緒に居る時よりも落ち着く。まあ、郁と一緒にいると、いつ蒼紫の話題を振られるかとはらはらするから、絶対話題にしない彼の方が楽だということなのだが。
 とはいえ、二人で歩いていても話題が無い。考えてみれば、は蒼紫のことを何も知らないのだ。二人の共通の話題にできるものといえば郁たちのことか『葵屋』のことくらいである。まさか『葵屋』の景気について語り合うわけにはいかない。郁たちのことは論外だ。
 このまま黙って歩いているわけにもいかない気がして、は思い切って口を開いた。
「これから先、四乃森さんに好きな人が出来たら仰ってください。私のことは気にしなくて良いですから」
 に好きな男が出来るまで付き合うと言ってくれたけれど、そういつまでも蒼紫をの都合で縛り付けるわけにはいかない。蒼紫には蒼紫の人生があるのだ。今は関心が無いかもしれないが、そのうち彼にも好きな女が現れる日が来るかもしれない。その時にに遠慮して、自分の気持ちを抑えられるのは嫌だった。
 第三者の目から見れば蒼紫は魅力的な男だと、も思う。大店の若旦那で男前で、性格も真面目で優しい。やや陰気な嫌いはあるが、軽薄よりは良い。郁ではないが“優良物件”である。蒼紫が恋愛に消極的なのは、もしかしたら女に言い寄られ過ぎて鬱陶しくなっているのかもしれない。
 そんな彼だから、誰かを好きになったらきっと相手もそれに応えるだろう。その時にの存在が枷になってはいけない。
 が、蒼紫は前を向いたまま、
「俺はずっと独りだから大丈夫ですよ」
 静かに、しかしきっぱりと言い切る蒼紫の言葉に、は怪訝な顔で彼の横顔を見上げる。その表情からは柔らかさが消え、何か重いものを背負っているような陰が見えた。
 蒼紫が何を思ってそんなことを言うのか、には解らない。彼はまだ若く、先のことは判らないのだ。なのにどうして、そう言い切れるのだろう。
 彼もまた、のように手痛い失恋をした過去があるのだろうか。否、それよりも重い理由があるような気がする。蒼紫の表情からは、恋に対して消極的とか臆病とかを超えて、恋をしない決意のようなものが感じられた。
 何故そんな決意をする必要があるのだろう。好きだった女と死に別れでもしたのだろうか。そう考えれば、彼がの心の傷に理解を示してくれたことも理解できる。
 の視線に気付いたのか、蒼紫は彼女の方を向いて小さく微笑んだ。
「あなたと同じで、誰も好きになりません。俺は他人を幸せにできる人間じゃないし、幸せになって良い人間でもない」
 蒼紫は罪を背負っている。四人の部下を守りきれなかった罪と、四人の命と引き換えに生き残ってしまった罪。そして仲間に刃を向けてしまった罪。その罪は一生消えない。
 そんな罪を背負った人間が、どうして幸せを望めるだろう。四人分の命と引き換えに残された人生は、彼らへの償いのためだけに費やされるべきだ。翁たちは、四人が守ってくれた命なのだから自分の為に使えと言うけれど、それは蒼紫自身が許せない。
 蒼紫の過去を知らないは、ますます怪訝な顔をした。けれど蒼紫はそれ以上何も言わない。言っても仕方の無いことだ。
 話を打ち切るように、蒼紫は踵を返した。
「思ったより遠くに来てしまいましたね。そろそろ戻りましょうか。あまり遅くなると小倉さんが心配する」
 『葵屋』に戻る蒼紫の後ろ姿を、は立ち止まったまま見詰める。何故だか分からないけれど、脚が固まってしまったように動かなかった。
 “幸せにできる人間じゃない”という言葉は兎も角、“幸せになって良い人間じゃない”というのはどういう意味だろう。何故幸せになることを許さないのだろう。
 蒼紫の背負っているものが何なのか、には分からない。ただ、ごときが立ち入って良いものではないということだけは判った。けれど―――――
 が付いて来ていないことに気付いて、蒼紫は不思議そうに振り返る。
「どうしたんですか?」
「いえ………」
 何故か視線を逸らしてしまった。
 自分のことさえ解決できないが、蒼紫に何が言えるだろう。何を言っても彼を不愉快にさせるだけだ。それでも―――――
 胸の前できゅっと手を握り締めて、は躊躇いながらも震える声で強く言う。
「私は四乃森さんのお陰で気持ちが軽くなりました。だから、そんなこと言わないで下さい」
 蒼紫が驚いたように目を見開いた。
 怒られるかもしれないと思ったが、は勇気を出して言葉を続ける。
「それに、幸せになっちゃいけない人はいないと思います。四乃森さんがどういう事情でそう思うのかは判らないですけど、『葵屋』の皆さんも四乃森さんには幸せになって欲しいと思ってると思います」
 いきすぎな感は否めないけれど、『葵屋』の者たちは蒼紫の幸せを願っているとも感じている。結婚が“幸せ”なのかどうかは別にして、みんな蒼紫のことを考えている。それだけは伝えたかった。
 が、言ってしまった後、立ち入ったことを言いすぎたと後悔した。蒼紫の事情も知らないくせに、赤の他人のくせに解った風な口を利くなんて、今までがやられてきたことと同じではないか。そう言われるのが苦痛でしかないことは、彼女が一番知っているはずなのに。
 自分の愚かさに腹が立って、は唇を噛んだ。蒼紫の顔を見ることも出来ない。
 心地良いと思っていた風が、急に冷たく感じられる。
 は何も言えない。蒼紫も何も言わない。
 そんな沈黙が長く続いた後、蒼紫が息を漏らすように小さく笑った。
 驚いたが顔を上げると、蒼紫は優しい微笑みを浮かべていた。
「そう思える日が来ると良いですね。けれどそれは多分、遠い先の話だ。だからお気遣いは無用ですよ」
 蒼紫の声は優しいけれど、それがには哀しい。目の前の男にも同じ種類の、そして違う傷があることが哀しい。
 みんな幸せになりたいはずなのに、どうしてうまくいかないのだろう。蒼紫のような良い人が、どうして幸せになってはいけないのだろう。
 の潤んだ目に気付いて、蒼紫は労わるように優しく言う。
「あなたがそんな顔をしないでください。俺は大丈夫ですから。
 さあ、もう帰りましょう。あまり遅いと、心配されるどころか妙な事を想像されますよ」
 冗談めかす最後の言葉に、は漸く笑った。蒼紫自身も大変なのに、こういう小さな気遣いをしてくれるのが嬉しい。
「はい」
 明るい声で返事をすると、は蒼紫の方へ駆け出した。
<あとがき>
 うーん、暗いなあ。すみません、私、ぐずぐずのメロドラマ大好きなんです。
 それよりこの男前、誰だよ?! いや、蒼紫は本当は男前なんですよ。私がヘタレにしか書けないだけで(笑)。
 それにしても5話も費やして一歩も進めないこの二人………。どうしよう………。
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