約束
『葵屋』では決して厨房に入ることの無い蒼紫だが、の家では割とよく厨房に立っている。お互いの休みの前日だけとはいえ、一緒に生活をしているうちに役割分担のようなものも、いつの間にか出来た。例えば皿を洗うのはの役目で重くて大きな釜や鍋を洗うのは蒼紫の役目とか、風呂の掃除はの仕事で薪を割って風呂に水を張るのは蒼紫の仕事という具合だ。家事の役割分担など最初のうちはやっていなかったはずなのだが、に上手いこと煽てられているというか、「やっぱり力があるから、蒼紫が洗った方がお鍋もお釜も綺麗に洗えてるわ」とか「やっぱり蒼紫は薪を割るのが巧いわねぇ」などと言われてイイ気になっていたら、いつの間にやら蒼紫の仕事として定着してしまったのである。
もしかしてこういうのを世間では“尻に敷かれている”とか言うのだろうかと思わないでもないが、に褒められたり喜ばれるのは素直に嬉しいし、強制されてやっているわけではないので嫌ではない。それに家事を分担すれば、その分と一緒にいられる時間も増えるわけだし。
そういうわけで、今も蒼紫は皿を洗っているの隣で、皿拭きをやっている。『葵屋』の人間が見たら卒倒するような姿であろうし、“男子厨房に入らず”が当たり前の世間から見れば女に使われている情けない男としか映らないかもしれないが、こうやっている時間も蒼紫には楽しい。共同作業をしているという感じで、まるで本当の夫婦になったような気がするのだ。まあ、本当の夫婦というのは、夫は食後は茶を啜りながら新聞でも読んでいるものなのだろうが。
今はこうやっての家に通っているけれど、休みの日以外にも一緒に過ごしたい。否、一緒に過ごすのが自然ではないかと思う。毎日のように会ってはいるけれど、通う時間や離れ離れに寝起きする時間が惜しいような気がするし、何より一緒に暮らした方が何かと便利だし経済的だ。釜を洗ったり薪割りといった力仕事も毎日してやることもできるし。
「なあ、………」
茶碗を拭きながら、蒼紫がふと口を開いた。
「いっそのこと、一緒に暮らさないか?」
「………え?」
突然の蒼紫の提案に、は思わず洗っていた皿を取り落としそうになってしまった。慌てて皿を持ち直すと、驚きで硬直した顔で蒼紫を見上げる。
蒼紫はいつも一人で色々考えて、いきなりに提案してくるけれど、今日のこれは一番驚いた。手を繋ごうとか、の方から口付けをねだってくれと言われた時はすぐに叶えてやれたけれど(それは自身も望んでいたことだったし)、今日のはすぐには返事が出来るものではないのだ。けれど蒼紫はすぐにでも答えが欲しそうな顔をしていて、は困ったように俯いてしまう。
蒼紫と一緒に暮らすのは、勿論全然嫌じゃない。こうやって休みの前日と休みの日を一緒に過ごすのは楽しいし、いつか一緒に暮らすことになるだろうとは思っているし、そうなりたいと望んでいる。望んでいるけれど、でもそれと同じくらいの不安もあるのだ。一緒に生活するというのはたまに泊まりに来るのとは違うし、それにまだ死んでしまった許婚のことを完全に忘れ去ったわけではない。確かに蒼紫と出会う前に比べれば許婚の影は薄れているけれど、でも完全に消えてしまったわけではない。
「一緒に暮らすのは……まだ早い気がするわ」
蒼紫と一緒に暮らすのが嫌だという意味に取られないように、は注意深く言う。
「ああ………」
困ったように目を伏せているの顔を盗み見て、蒼紫も彼女に気取られないようにそっと溜息をついた。すぐに承諾の返事をもらえるとは思っていなかったし、一旦は断られるかもしれないとは予想していたけれど、こんな困った顔をされるとは思わなかった。少し焦りすぎたかと、蒼紫は内心舌打ちをする。
が困った顔をする理由は、蒼紫にも予想はついている。死んでしまった許婚のことがまだ心のどこかに引っかかっていて、それについて蒼紫に引け目を感じているらしいことも、薄々勘付いてはいた。今もこっそりと許婚の墓参りに行っていることも知っているし、それについて責めるつもりは全く無いけれど、でも内緒にされているのは何となく寂しい。
に対して、許婚のことは忘れてしまえ、とは言わないし、言えない。許婚のことはにとって大切な思い出の人だということは解っているし、それを忘れろなど言えるわけがないではないか。それに、過去はともかくとして、今は蒼紫がの一番だというのは、彼が一番よく知っている。たとえ死んでしまった男がの心の中にまだ住みついていても、蒼紫のことを一番愛してくれているならそれで良いと思うのだ。
そのことを言ってやれば、きっとの心の重石も取れるだろうと思う。けれど蒼紫の口から許婚のことを話題に上らせるのは、ますますの心に負担を強いるようで、それもできない。これが他の事だったり、相手が他の誰かだったりすればこんなにも悩むことはなかったのだろうが、のこの話題についてはどうしても腰が引けてしまうのだ。それはもしかしたら自信の無さの表れかもしれない。が許婚のことで心のどこかで蒼紫に引け目を感じているように、蒼紫も心のどこかで死んだ人間には勝てないと思っているのかもしれない。
これまでお互い、許婚のことについて一度もちゃんと話し合ったことが無い。初めて会った日に少し話しただけで、お互い意識してそんなものは存在しないように振舞ってきた。それがお互いに対する優しさだと今まで思っていたけれど、でもそれは逃げだったのではないかと思う。きちんとの過去と向き合って、死んでしまった許婚ごとのことを受け止めることが出来るのだと言ってやらなくてはならない時期にきているのではないかと思うのだ。それはもしかしたらにかえって辛い思いをさせてしまうことになるかもしれないけれど、でもそうしなければ先には進めない。
拭いていた皿を置くと、蒼紫は心を落ち着けるように深呼吸をする。そして意を決したように口を開いた。
「明日、出かけないか?」
「良いけど………何処へ?」
以前はよく蒼紫といろんな処に出かけていたけれど、最近はずっと家で過ごしてばかりだった。珍しいこともあるものだと、は不思議そうに首を傾げた。
「うん、一寸行きたいところがあるんだ」
曖昧に言葉を濁して、蒼紫は答える。そんな様子にはますます不審そうな顔をしたが、断る理由も見付からないし、小さく頷いたのだった。
翌日、朝食の片付けを済ませると、蒼紫は急き立てるようにを連れ出した。久々の外出とはいえ、朝食を済ませて早々というのは珍しい。
この期に及んでも行き先を言わない蒼紫に、は不審そうにしながらも黙って付いてきていたが、途中で花屋に立ち寄るに至って漸く行き先に気付いてしまった。
「どういうつもり?」
花を買う蒼紫に、が咎めるような険のある声で尋ねた。
蒼紫が買った花は、がいつも許婚の墓参りに持って行く白い花だったのだ。あの墓に蒼紫が行ったのは、初めて逢ったあの時だけのはずなのに、どうしてこの花しか持って行かないことを知っているのだろうと疑問に思わないでもなかったが、今はそれよりも何故蒼紫が“あの人”の墓に行こうとしているのかを知りたかった。
内心の動揺を悟られまいとして強い目で睨みつけるに、蒼紫は何でもないように穏やかに答える。
「そろそろ月命日だろう? 年末は何かと忙しいし、折角ならいける時に行っておこうかと思って」
「だからって、どうして蒼紫が? 貴方には関係無い人でしょう?」
の甲高い声に、代金を受け取ろうとしていた花屋の娘の方が、びっくりしたように身体を震わせた。店に入るまで仲の良さそうだった男女が突然言い争いを始めたのだから当然だ。
けれど当の蒼紫は飄々としたもので、さっさと花と釣り銭を受け取ると、何事もないように店を出て行く。も慌ててその後を追った。
「一寸! 蒼紫っ!」
珍しく手を繋がずにさっさと歩いていく蒼紫を小走りに追いかけて、はその腕を掴んだ。
「何で急にあの人のお墓参りに行くなんて言い出すの? 今までそんなこと全然言ってなかったじゃない」
これまで蒼紫は、に許婚などいなかったように振舞ってきた。それに対しても絶対に許婚の存在を意識させるようなことは彼の前ではしてこなかったつもりだ。墓参りだって蒼紫が来ない日を狙って月命日前後の日に行くようにしたし、寺にも固く口止めをしている。
蒼紫の前では完全に許婚の存在は消しているつもりだったのに。蒼紫もまったく気にしていないようだったのに、やはり心にずっと引っかかっていたのだろうか。
切羽詰ったような目で見上げるに、蒼紫は安心させるように穏やかに微笑む。
「関係無い人じゃないさ。の大切な人なんだから」
「……………っ!」
やっぱり気にしていたんだ、とは気まずさで思わず頬を紅潮させた。
蒼紫はずっと気にしていない様子を見せていたけれど、本当はずっと許婚のことを気にし続けていたのだろうか。の仕草や言葉の端々に許婚の影を感じて、思い悩ませてしまったことがあったのだろうか。もしかして、昨日「一緒に暮らそう」と言われて断ったのも、がまだ許婚のことを忘れられないから拒否したのだと思ったのだろうか。
確かに許婚のことはまだ忘れてはいないけれど、でも蒼紫に対する想いと死んでしまった“あの人”に対する想いの強さはもう全く違うものだ。今は蒼紫のことが一番好きだし、まだ一緒に暮らす決心はつかないけれど、いつかは一緒に暮らそうと思っている。それなのに蒼紫に変に気を使わせていたなんて、そんな思いをさせていた自分には勿論、まるでの気持ちを疑っているかのようにも思える彼の態度にも腹が立つ。
「蒼紫、まだ私があの人のことを忘れられないと思ってるの? まだ私が貴方よりもあの人のことを好きだと思ってるの?」
蒼紫に怒るのは理不尽だと思いながらも、それでも声を荒げずにはいられない。自分の心を疑われているのが悔しくて悲しくて、目が潤んでくるのが自分でも分かった。
訴えるようなの声に、蒼紫は足を止めて驚いたように振り返った。今にも泣きそうな顔をして見上げるの頬に、蒼紫は労わるように手を添える。
「そんなことはない。でも、のお父さんやお母さんと同じように大切な人なのは変わらないだろう? だから一緒に墓参りに行きたいんだ」
「でも―――――」
「“でも”じゃない。ぐずぐずしていると昼時になってしまう。早く行こう」
まだ何か言いたげなの手を強く握ると、蒼紫は些か強引に歩き始めた。
あれから一言も口を利かないまま、寺に着いてしまった。は相変わらず怒ったような困ったような顔をしていて、そんなに一緒に墓参りに行くのは嫌だったのかと蒼紫は少し後悔しないでもなかったが、何とも思っていない振りを続けている。
墓掃除の道具を住職から借りて、二人は無言のまま許婚の墓に向かった。墓に供えられた花は、先月が供えただけのはずなのに、ごく最近供えられたもののようにまだ生き生きしている。もしかして許婚の家族が来たのだろうかとは思ったが、彼の家族は今は遠方に住んでいるから命日くらいにしか来れないはずだ。誰が来たのだろうかと、許婚が親しかった人たちのことを思い出す。
頑なに口を利かないを置いて、蒼紫が墓の掃除を始めた。その手つきはのように馴れてはいないけれど、でもそれなりに回数を重ねている人間のものだ。以前、蒼紫にも死んでしまった大切な知り合いがいるという話を聞いたことがあるから、その墓参りで慣れているのだろうかと、は推測した。
「まだこんなに綺麗に咲いているんだったら、花は買ってこなくても良かったかな………」
供えられている花を見遣って呟いた蒼紫の言葉に、ははっとする。
「お花………」
「ああ、結構長持ちするもんだな。半月前に供えたものなのに、まだ生き生きしている」
この花は、許婚の家族や知り合いが供えたものではなく、蒼紫が供えたものだったのだ。
「………どうして?」
黙々と掃除をしている蒼紫の背中に、消え入りそうな声では尋ねる。
最初は、が隠れて墓参りに行っていることがおもしろくなくて、当てつけに「墓参りに行こう」と言っているのだと思っていた。けれど目の前の蒼紫には不快そうな様子は全く無くて、それどころか自分の知り合いの墓参りのような様子で。しかも今供えられている花も蒼紫が供えたような口振りで、には彼が何を考えているのか、もう訳が解らない。
の問いかけに作業の手を止めると、蒼紫はゆっくりと振り返った。
「花のことか? この寺には俺の知り合いの墓もあるから、ついでに供えたんだ。前のが大分傷んでいたから。いけなかったかな?」
「いけないとか、そういうんじゃなくて―――――」
そこまで言って、喉に大きな塊が詰まったようになってしまって、は口を噤んでしまった。
許婚の存在を蒼紫は面白くないと思っているとは頭から思い込んでいたけれど、もしかしてそれはとんでもない間違いだったのではないかと今更になって気付いた。それどころか逆に、隠れてこそこそと墓参りに行っていたのことが、許婚の存在よりも心に引っかかっていたのではないかとも。そうでなければ、いくらついでとはいえ、蒼紫にとっては赤の他人であるの許婚の墓に花を供えるわけがない。
蒼紫はもう許婚の存在ごとを受け入れてくれようとしていたのに、そんな彼の心を疑ってしまっていた自分が恥ずかしくて腹立たしくて、言葉が出ない。蒼紫の顔を見ることさえ出来なくて、は俯いてきゅっと両手を握り締めた。
そんなの様子を見て、蒼紫も困ったように眉を曇らせる。
「花を添えたの、嫌だったか? ついでだからと思ってやったんだが、もし嫌だったらもうしないから」
般若たちの墓参りに行った時、同じ寺なのだからと軽い気持ちで花を供えたのだが、考えてみればこの墓の中にいるのはにとっては大切な思い出の人なのだ。いくら蒼紫が通い婚状態の恋人とはいっても、初恋の思い出にまで触れられたくないと思っていても当然だ。
の何もかもを受け入れたいと思うあまり、彼女の聖域にまで土足で踏み込むような真似をしてしまったのかもしれない。何のこだわりも無く花を供えているところを見せれば、もこそこそ隠れるように墓参りに行かなくても良いと調子のいいことを考えていた自分を、蒼紫は恥じた。
「違う! 違うの。そうじゃないの」
蒼紫の言葉を慌てて否定したその刹那、の喉に詰まっていた塊が出て、涙が零れた。
「そうじゃないの。嫌じゃない………」
泣いたらますます蒼紫が誤解すると思うのに、涙が止まらない。蒼紫に対して申し訳ないのと恥ずかしいのと、それ以上に彼の気持ちが嬉しくて、自分でも信じられないくらい涙がぼろぼろと零れた。
子供のように涙を拭うの姿に、蒼紫はますます困ったような顔をした。どうやって慰めて良いのか解らずにおろおろしている姿も、には彼の誠実さを表しているように思えて、こういう人だからこんなにも好きになれたのだと改めて思う。一寸子供っぽいところがあって、時々くだらないことで怒ることがあるけれど、でも誰よりも誠実で誰よりも優しい人で、こんな人にめぐり逢えたことが嬉しい。
思えば、蒼紫と初めて出逢ったのは、許婚の墓参りに来た時だった。墓参りに来たの姿がずっと気になっていて、それでふと後をつけてみたくなったのだと蒼紫は言っていたけれど、もしかしたら“あの人”が二人を引き逢わせてくれたのではないかと思う。そうでなければ、あんな怪しい出会い方をした男と親しげに話したり、家を教えたりなんて、普通ならありえない。初めて蒼紫に会った時、許婚に再会したような奇妙な安心感があったのは、彼が見えない力で二人を引き寄せてくれたからなのだと思う。
「ありがとう………」
目の前の蒼紫と、そしてもう目の前にはいない許婚には言った。兄のようにいつも見守っていてくれた許婚と、の全てを包み込んでくれようとする蒼紫と、こんなにも優しい二人の男に愛されて、自分は世界一幸せな女だと思う。そして、二人の想いに応えられるように、世界一幸せな女にならなければならないとも。
の口から感謝の言葉が零れて、漸く蒼紫もほっとしたように口許を綻ばせた。そして、の顔を包み込むように、優しく掌で涙を拭ってやる。
「隠れて墓参りに行っていたこと、ずっと気になっていたんだ。この人のことで気を遣われていると思うと、そっちの方が俺には辛いから。この人のことが気にならないと言えば嘘になるけど、忘れろなんて言えないし、言うつもりも無い。俺がそう言って簡単に忘れられるような女だったら、そっちの方が嫌だし」
蒼紫の言葉の一つ一つが心に沁みて、はますます泣けてきた。今までに言い寄ってきた男たちはみんな、死んでしまった男のことなど忘れろと言っていたけれど、蒼紫は忘れなくても良いと言ってくれる。本当は気になると言ってはいるけれど、でも忘れなくても良いというその言葉だけでの心に圧し掛かっていた“何か”が急に軽くなったような気がした。
この人を好きになって良かったと、は改めて思った。まだ出会って一年も経っていないけれど、でもきっとこの人と一生を共にしていくだろう。死んでしまった許婚のことはこれからも忘れることは無いだろうけれど、でも蒼紫と二人で生きていく。彼と二人だったら、どんなことがあってもきっと大丈夫だ。
「蒼紫」
顔を上げて、は蒼紫の顔を見上げる。まだ目は潤んでいるけれど、もう涙は出ていない。
「今すぐは無理だけど、一緒に暮らそう。葉桜の頃になったら新しい家を探して、家族になろう」
二人が出逢ったのは、葉桜が眩しい初夏だった。新しいことを始めるなら気候の良い、そして二人の記念日に始めたい。二人の記念日は、二人を引き逢わせてくれた許婚の命日でもある。にとって一年で一番大切な日に、新しい生活を始めたかった。
の提案に蒼紫は信じられないように目を瞠った。が、次の瞬間、今までに見たことの無いような満面の笑みを浮べると、の身体をぎゅっと抱き締めた。何か言わなくてはと思うのだが、嬉しくて嬉しくて胸が一杯になって、言葉が出てこない。自分だけの家族が出来るというのがこんなにも嬉しいなんて、自分の中の高揚感に蒼紫自身が一番驚いている。
早鐘のように鳴る蒼紫の心臓の音が着物越しにも伝わって、まで嬉しくて胸がきゅうっとしてしまう。ずっと独りだったから、そして本当の孤独を知っている二人だから、お互いをかけがえの無い相手として寄り添って生きていくことが出来るはずだ。これから先、喧嘩もするだろうし嫌なこともあるだろうけれど、でも蒼紫とだったらそれも乗り越えていけると思う。
<お兄ちゃん>
蒼紫に抱き締められたまま、は墓の中の男に呼びかける。
次の命日には、蒼紫と二人で墓前に結婚の報告をしたい。墓の中の彼は、二人のことをどんな風に見るだろうか。一緒に生きる人を見つけられて良かったと、肩の荷が下りたような気分になってくれれば良いと思う。生きている時もずっとのことを気にかけていた人だったから、もうその役目を蒼紫に任せて、天国で悠々自適に過ごしてくれたら嬉しい。
<この人と、絶対幸せになるからね>
墓の中の男にそう約束すると、も蒼紫の背中にきゅっと腕を回した。
これで“他人行儀な蒼紫と主人公さん”シリーズは一応の完結です。まだ出会って一年も経ってない設定ですが、鴨川デートの日を境にしょっちゅう泊まりに行っている通い婚状態だったので、普通の男女の何倍も濃密な付き合いをしてきたんじゃないかと思うんですよね。だから今プロポーズをしても、多分二人はうまく行くのではないかと。
そういえば、『葵屋』の人々については少し触れたことがありますが、主人公さんの家族にはまったく触れたことが無いですね。ええ、意図的にやってます。ドリームの世界にまで相手の家族のこととかややこしい話は持ち込みたくなかったんで。本当は主人公さんの両親に結婚のご挨拶をするという話を書いても良かったのかもしれませんが、そうなると何だか面倒だしねぇ……(苦笑)。
これで最終話ということにはなりますが、拍手小説で地味にやったり、あと少数お題で一緒に暮らすようになった二人を書けたら良いなあと思います。このまま封印するには、いかにも惜しい二人なんで。