切ない

 最近、斎藤が伊東甲子太郎たちと遊び歩いているらしい。以前も何度か誘われて飲みに行っていたようだが、最近はずっと一緒に行動しているらしいと屯所の中でも噂になっている。近藤・土方に付くか伊東に付くか、隊士たちはいつも互いの腹を探り合っているようで、その手の情報はあっという間に広がってしまうのだ。
 あの日以来、殆ど部屋から出ないの耳にも、その話は入っていた。昨日は祇園に行ったらしいとか、今日は先斗町に行くらしいとか、わざわざ教えてくれる者はいなくても、部屋の前を通る隊士たちの話で漏れ聞こえてしまうのだ。
 あれから賄の仕事もしないで、部屋の中で何もせずにごろごろとしている。何もする気が起きなくて、食事をする気もしないし、祇王と遊ぶ気もしない。誰にも会いたくないから部屋から出ないし、襖越しに山崎や沖田たちが話しかけてくれるけれど、誰とも話したくなくていつも黙っている。何もしないで部屋に籠っているのに誰も怒らないで、逆にに優しくしてくれるのは、みんながその理由を知っているからなのだろう。だから、優しくされるのがには居た堪れない。
 けれど、よりも斎藤の方が居た堪れないだろう。みんなが、が斎藤との結婚話を蹴ったことを知っているから、本当は此処にもいたくないのだと思う。だから毎日のように伊東たちと出歩いてるのだ。
「今夜は島原に行ったんだって」
 畳に寝転んだまま祇王を腹の上に乗せて、は呟くように話しかける。
 島原に行ったことは無くても、あの門の向こうでどんなことが行われるかは知っている。綺麗な女の人が沢山いて、色々なことをして男の人を楽しませてくれるらしい。それはお酒を飲ませたり遊んだりするだけじゃなくて、恋仲の男女がすることもするらしい。
「斎藤さんも、そんなことするのかなあ………」
 ああいうところに行ったら、多分お酒を飲むだけじゃ終わらないと思う。ああいうことは、そんなに好きじゃない人ともできるものなのだろうか。それとも、そういうお店に好きな人が出来たのだろうか。
 近藤はそういう店の女の人を落籍させて他所に住まわせているし、山南も明里の所にしか行ってなかった。そういう女の人が、斎藤にも出来たのだろうか。
 そんな女の人が出来たにしろ、そうでないにしろ、にはもう何も言う権利は無い。そんな所には行かないでと言いたいけれど、はもう斎藤とは何でもなくなってしまったのだから、言えない。
 今頃、島原のそういうお店で知らない女の人と、自分としたのと同じことをしているのだろうかと考える。そういう女の人はよりもずっと慣れているから、斎藤はとした時よりも楽しいと思っているかもしれない。相手の女の人とを比べたりするのだろうか。それとも、もうのことなんか思い出しもしないのだろうか。
 比べられるのは勿論嫌だけど、でも思い出してもらえないのも嫌だ。我が儘なのは解っているけれど、の存在が斎藤の中から完全に抹消されるのは嫌だ。
 斎藤は今頃、伊東たちと楽しくやっているのだろうか。のことなんか忘れて、綺麗な女の人を沢山呼んで宴会をしているのだろうか。それとももう宴会はお開きになって、気に入った女の人と二人きりになっているのだろうか。
 考えちゃいけないと思っていても、想像は止まらない。止めようと思っても、どんどん具体的なことを想像してしまって、そんなことを考える自分が嫌で嫌で情けなくなってくる。悲しいのと自己嫌悪が入り混じって、涙が出てきた。
「斎藤さぁん………」
 祇王をぎゅっと抱き締めて、は仰向けから横向きに姿勢を変えると、身体を丸めて嗚咽した。祇王が一寸苦しそうに小さな声で鳴いたが、のただ事では無い様子を察したのか、抵抗もせずにされるがままになっている。猫にまで気を使われているのが情けなくて、はますます泣けてきた。
 斎藤に会いたい。顔を見て声を聞きたい。斎藤に触れたい。触れられたい。
 胸が締め付けられるように苦しくて、は更に身体を小さく丸める。毎日毎日、何度もこうやって泣いているから、そのうち血の涙が出るのではないかと思うくらい目が痛い。声を殺して泣くせいか、全身の筋肉が強張ったように痛いけれど、胸の痛みに比べたらそんなものはどうってことはない。けれど、痛いのも苦しいのも、全部自分のせいなのだ。これは自分に与えられた罰なのだと思う。
 自分から別れたくせに、斎藤がいないことがこんなにも辛いことだとは思わなかった。今までずっと一緒にいたから気付かなかったけれど、自分の半身を引き千切られたような痛みと喪失感に、このまま死んでしまうのではないかと思うほどだ。実際、水も食事もろくに摂れないし、そのくせずっと泣いて体力を使っているから、かなり衰弱しているのが自分でも判る。
 もう、このまま死んでしまっても良いとも思う。が死んだら山崎は悲しむだろうけれど、でももうそれもどうでも良くなってしまった。山崎に心配をかけたくなくて斎藤と別れたはずなのに、もう何もかもどうでも良くなってしまった。それに、今もこんなことになって山崎を心配させているのだから、が死んだらもう心配しなくて済むかもしれない。死んだ時は悲しむだろうけど、でも今のようにずっと心配し続けることは無くなるから。
 腕の中からするりと抜け出して、祇王がの顔の前に座る。ずっと泣き続けている主人のことが猫なりに心配らしく、祇王はどうすれば良いのか分からないような困った顔をして、の顔を覗き込むのだった。





 この世の終わりのような深い溜息をついて、山崎は杯を置いた。
 今夜は土方と二人で、祇園の料亭で酒を飲んでいる。鬼の副長と一対一で飲むなど息が詰まりそうなものだが、今回は山崎の方から誘った。土方にしか話せない用件だったのだ。用件とは、勿論のことである。
 あの日から10日近く経つが、は部屋に籠ったっきり口を利かないし、食事を持って行ってやっても殆ど箸をつけた様子が無い。時々すすり泣くような声が聞こえてくるからまだ生きてはいるのだろうが、このままでは衰弱して死んでしまうのも時間の問題だ。
「………私は、あの子が幸せになることだけを考えて生きてきたんですよ。楽しいはずの子供の時分に目の前で親を殺されて………だからその分、あの子には他人よりも幸せになって欲しかったんですよ。それなのにこんなことになるなんて………」
 斎藤と引き離しさえすれば、何とかなると思っていた。けれどもう、と斎藤の仲は引き離せば何とかなるという程度のものではなくなっていたのだ。考えたくないが、が斎藤の家に行ったあの日に、二人の間で“何か”があったのだろう。でなければ、あんなに突然に斎藤が“結婚”という言葉を口走るわけがない。あの日、二人の間でそういう約束が取り交わされたのだろう。
 は身持ちの固い娘だから、斎藤と何かあったとしても、好きだからという軽い気持ちや好奇心だけでそんなことはしないはずだ。今すぐではなくても、も将来は斎藤と一緒になるつもりだったのだろう。
 京の治安が悪い今、新選組の仕事がいかに危険なものか、も解っているはずだ。いくら斎藤が強いとはいえ、いつ誰に斬られるかもしれないのだ。それを解っていて、それでも斎藤が良いというのなら、諦めるしかないと思っていた。それがが選んだ幸せなら、仕方が無いと思っていた。
 けれどは、そこまで想っていた斎藤との結婚を断ってしまったのだ。山崎の話を立ち聞きして、彼に遠慮してしまったのだろう。遠慮されてしまったことが、山崎には情けなくて悲しい。
「娘というのは、好きな男が出来たら、親を捨ててでもその男の方に行くと思っていたんですよ。でも、結果はこうだ。別れてあんなに苦しむくらいだったら、斎藤と一緒になってくれた方がどんなに良かったか」
 また溜息をつくと、山崎は手酌で杯に酒を注いで一気に呷った。
 山崎の膳の横には空になった銚子が林立している。明らかに飲み過ぎであるが、止めても無駄なので土方は何も言わない。ただ、この酔っ払いを連れて帰るのかと思うと、一寸気が重くなった。
 山崎とは別の種類の溜息をつくと、土方は煙管に火を点けて言う。
「まあ、アレだ。もこれ以上あんたに心配をかけるのは忍びないと思ったんだろ。育ててもらった恩もあるしな」
「そこなんですよ!」
 いきなり大きな声を出して、山崎は杯を叩きつけるように置いた。土方を見る目が据わっている。完全に酔っ払っているらしい。
「何で遠慮をするのかって言いたいんですよ。あんなに苦しむくらいだったら、私に遠慮なんかしないで斎藤と一緒になれば良かったんだ」
「だから、育ててもらった恩を仇で返すような真似は出来んと思ったんだろう。あんたがを育てるのにどんなに苦労したか、あの子だって解ってる」
 部下の悩みや愚痴を聞いてやるのも、上司の仕事だとは思っている。特に山崎は、土方の腹心だ。だが酒を飲まない土方は酔っ払いの相手はどうも苦手で、山崎の相手をするのも何だか面倒くさくなってきた。
 明らかに面倒臭そうな土方の様子に気付かないのか、山崎は独り言のように呟く。
「本当の父娘だったら、こんなことにはならなかったんだろうなあ………」
 そう言ってそのまま俯くと、小さく肩を震わせた。ぽたぽたと雫が落ちる音がして、どうやら泣いているらしい。
 まさか泣かれるとは思わず、土方はぎょっとした顔で山崎を見た。山崎の悩みは、土方が思っていたよりもずっと深かったらしい。いい加減に聞いていたのを少し反省して、土方は居住まいを正した。
 土方は独身だからよく解らないが、親というのは面倒なものだと思う。娘の相手に不満を持っては悩み、娘がその相手と別れても更に悩む。気の休まる暇が全く無いらしい。
 しかし、斎藤と別れても山崎に心配されては、もどうして良いか分からなくなるだろう。山崎にこれ以上心配をかけたくなくて斎藤と別れたのに、本当は自分を捨ててでも斎藤と一緒になって欲しかったなんて言われても、困ってしまうに違いない。
 も面倒な親を持ったものだと、土方は煙管を吸いながら思う。今からでも遅くないから、今言っていることをにも言ってやれば、全て解決するのではないのだろうか。
「今からでも、二人のことは許してやるとに言ってやったらどうだ? そうしたら、も少しは元気になるだろう」
「それは………」
 山崎はそのまま口ごもる。
 そう言ってやれば、全ては解決するのだろうか。それで解決するのなら、いくらでも言ってやる。けれど、言葉で言ったところで、きっとは信用しない。あの子は優しい子だから、それでも山崎に気を使って斎藤とは会わないだろう。そういう娘に育ててしまったのは、山崎自身だ。
 が山崎のことを思いやってくれる優しい娘に育ってくれたのは嬉しいが、けれどこうなることを望んでいたわけではない。自分を犠牲にしてまで山崎のことを考えるような娘になって欲しいとは望んではいなかった。
 どこで間違えたのだろう。どんな障害があっても、その障害が山崎であったとしても、何が何でも自分の幸せを勝ち取ろうとする娘になって欲しかった。そういう娘に育てたつもりだったのに。
 やはり、本当の父娘ではないからだろうか。血は繋がらないけれど、山崎は本当の親のようにに接してきたつもりだった。それでも、血が繋がらないから本当の父親にはなれないということなのか。
 には幸せになって欲しくて、そのことだけを考えていたのに、山崎自身がその障害になってしまうとは。どうすればが元に戻ってくれるのか、山崎には全く分からなくて、途方にくれてしまうのだった。





「お姫様の御籠りは、まだ続いているようですね」
 荷物をまとめている斎藤に、沖田が静かに言った。いつも冗談ばかり言っている彼にしては、珍しいことである。
 が部屋に閉じこもって、かれこれ半月が過ぎようとしている。相変わらず食事にも殆ど手を付けないし、外から話しかけても返答も無い。小さな物音はするのでまだ生きてはいるようだが、そろそろ本格的に危ないだろう。
 そして今日、斎藤は伊東たちと共に屯所を出て行くことになっていた。朝廷伝奏方より“禁裡御陵衛士”拝命に成功し、近藤・土方からも正式に新選組からの分離を許されたのだ。建前は新選組の別働隊ということになっているが、明らかにそれは分裂だった。
 斎藤の離脱の本当の理由を知らない古参の幹部たちは、その理由をとのことだと思って彼のことを情けない男だと詰ったりしたが、何も反論はしなかった。そう思われている方が都合が良かったし、実際に振られたのは精神的に堪えていた。
 本当に、まさかがあの場で斎藤との結婚を断るとは思わなかった。斎藤の借家に来たあの日、結婚しようと言ったら、嬉しそうに微笑んでいたではないか。だからてっきり、は斎藤との結婚を喜んでいると思い込んでいた。それなのに―――――

 ―――――ごめんなさい………。どうしても駄目なの。斎藤さんとは結婚しないって決めたの

 押入れの中から聞こえた、の悲しそうな声が忘れられない。の声とは思えないほどの悲痛な声で、振られたということよりも、その声の方が斎藤には辛かった。
 が斎藤との結婚を蹴ったのは、斎藤を嫌いになったからではないことは解っている。嫌いになったのなら、あんなに“ごめんなさい”を繰り返さないだろうし、何よりあんなに悲しそうな血を吐くような声を出したりはしない。
「………山崎さんには勝てると思ってたんだがな」
 風呂敷をきっちりと縛って、斎藤は自嘲するように口許を歪めた。
 山崎に対する“好き”と斎藤に対する“好き”はまったく別の種類のものだが、は絶対斎藤に対する“好き”を取ると思っていた。これまで山崎の目を盗んで斎藤に会っていたし、借家にまで来てくれたのだ。あの時までは、は山崎よりも斎藤を選んでいたはずだ。そう、あの時までは。
 けれど、土方の部屋での山崎の言葉で、の中の比重は変わってしまった。今まで育ててもらった人間にあんなことを言われたら、のように優しい娘は山崎をこれ以上苦しめたくないと思うはずだ。自分さえ我慢すれば全て丸く収まると、なりに考えたのだろう。結果は、どこも丸く収まらずに、みんながそれぞれに傷付いているのだが。
 お前の決断は間違っているのだと、に言いに行こうと何度も思った。けれど、そんなことを言ったところで、を追い詰めるだけでしかないのも解っているから、言えなかった。じゃあどうすれば良いの、とに問われても、斎藤にはその答えは解らない。それに代わる答えを見つけられないのに、お前は間違っているとは言えなかった。
ちゃんに、お別れを言わなくて良いんですか?」
 沖田の言葉に、斎藤の手が止まった。
 には自分が此処を出て行くことは言っていないが、屯所内での噂話で聞いてはいるだろう。襖の向こうで、は何を思っているだろう。斎藤が伊東たちと行動を共にする本当の理由は聞かされていないから、斎藤のことを裏切り者だと思っているかもしれない。
 そう思うことで斎藤を忘れてが元気になってくれるなら、それでも良いと思う。二人が別々に生きていくことになっても、せめてには元通りの明るい娘になって欲しかった。
「今更何も言うことは無いだろう」
 これが最後になるのかもしれないのだから、本当はきちんと名残を惜しみたかった。の顔を見て、声を聞いて、その身体を抱き締めたかった。
 けれどそうすれば、未練が残るに決まっている。せめて襖越しに声を聞きたいと思わないでもなかったが、声を聞いたらきっと顔を見たくなる。顔を見たら抱き締めたくなる。抱き締めたら―――――キリが無い。徒にを混乱させるだけだ。斎藤自身のためにものためにも、何も言わずに別れた方が良い。
「これが最後になるかもしれなくても、ですか?」
 沖田が真剣な顔で斎藤を見る。多分、近藤か土方から何か聞いているのだろう。
「最後になるかもしれないから、会わないんだ」
 話を打ち切るようにそう言うと、斎藤は荷物を持って立ち上がった。





 外が何だか騒がしい。

<ああ、そうか………>

 虚ろな表情のままは半身を起こすと、音がする方に顔を向けた。
 今日は、伊東たちが屯所を出て行く日だ。御陵衛士というのを作って隊士を引き連れて出て行くのだと、みんなが噂をしていた。幹部では、藤堂と斎藤が出て行くらしい。
 やっぱり出て行くのか、とは小さく溜息をついた。斎藤が伊東たちと遊び歩いていると聞いた時から、いつかこういう日が来るかもしれないと薄々感じていた。だから、斎藤が出て行くと聞いてもそんなに驚きはしなかった。否、身体も心も弱って、驚くことも出来なかったのかもしれない。
 最近はもう、泣くことも無くなった。悲しくなくなったわけではない。悲しいのは相変わらずだけど、もう涙も出なくなってしまったのだ。泣かなくなったのは良いけれど、その代わりに他の感情も無くなってしまったような気がする。日がな一日ぼんやりとして、何も考えられない。
 最後くらい斎藤が来てくれるかもしれないと、一寸思っていた。けれど今日まで斎藤は一度も此処には来てくれなくて、どうやらは完全に捨てられてしまったらしい。そう仕向けたのは自身なのだが、それでもやはりお別れも言いに来てくれないというのは辛かった。身勝手なのは解っているけれど、最後に声くらい聞かせて欲しかった。
 の方から会いに行けば良かったのだろうか。けれど、の方から会いに行って、何を話せば良いのだろう。今更何を言ったところで、あの日のことを蒸し返すだけでしかない。そう思うと、の方から会いには行けない。
ちゃん」
 襖越しに、沖田の声がした。
「斎藤さんが出て行きますよ。見送らなくても良いんですか?」
「…………………」
 見送りたいに決まっている。けれど、今から出て行って、斎藤に何と言えば良い? 謝ったところで斎藤を怒らせるか傷付けるだけだし、今更行かないでと縋りつくわけにもいかない。縋りつきたいけれど、それはもうには許されないのだ。
 もう涙は涸れてしまったと思っていたのに、また泣けてきた。今見送りに行かなければ、斎藤にはもう二度と会えないかもしれない。そう思うと胸が痛くて苦しくて、ますます涙が零れる。
「いい加減にしなさいっっ!!」
 声を殺して泣くに、沖田が痺れを切らしたように怒鳴った。そして襖を乱暴に開けると、の手首を掴み上げる。
 いつもの優しい沖田からは想像もつかない乱暴さに、は悲鳴を上げるのも忘れて目を大きく見開いた。
「これが最後になるかもしれないんだから、きちんと見送ってあげなさい!」
「やっ………」
 廊下に引きずり出されそうになって、は渾身の力を込めて沖田の手を振り払おうとする。が、ろくに食事も摂らない消耗した身体で大の男の手を振り払おうなど無理な話で、はあっけなく引きずり出された。
 そのままずるずると玄関まで引き摺られていくの姿はあまりにも異様で、すれ違う隊士がぎょっとした顔で振り返るが、沖田は一向に気にしない様子で一直線に歩く。そして玄関に着くと、の身体を投げるように自分の前に出した。
「斎藤さん!」
 沖田の声に、出て行こうとしていた斎藤が振り返った。そして沖田の足許にいるの姿を認めると、驚いたように表情を強張らせる。
 久し振りに見たの姿はひどく痩せ細っていて、斎藤が知っている元気一杯の姿はどこにも面影が無い。どれくらい泣き続けたのか、目も真っ赤に腫れ上がっていて痛々しい。この半月でこんなに姿を変えてしまうほどは苦しんでいたのかと思うと、振られたはずの斎藤の方が胸が苦しくなる。
 一方は、自分の姿を見て辛そうな顔をする斎藤を見て、やっぱり此処に来てはいけなかったのだと思った。自分の姿を見ただけでこんなに苦しそうな顔をするなんて、斎藤にとってそんなに不快な存在になってしまったのかと悲しくなる。
「……………っ」
 謝ることさえ出来なくて、は声を殺して涙を零した。こんな時に何も言えずに泣くだけの自分が情けなかったが、でも泣く以外にどうすれば良いのか全く分からない。
 俯いて泣いているを見下ろしたまま、斎藤も何も言えない。せめて最後に顔を見せてくれと言いたかったが、顔を上げさせることも残酷な気がして、そんな簡単な頼みごとすら出来なかった。
 無言のまま斎藤はの姿を見下ろしていたが、結局何も言えないまま、踵を返して屯所を出て行ったのだった。
<あとがき>
 えーと………次こそは仲直り編です。すみません、何だか話がこじれっぱなしで。
 予定ではあと3話で完結させるつもりです。必ずハッピーエンドにしますので、読んでて苛々するでしょうが、もう少しだけお付き合いください。よろしくお願いいたします。
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