勝負!

 翁が茶道具屋に注文していた壷と茶釜を取りに行ったと蒼紫であるが、うどん屋の軒下でかれこれ30分以上雨宿りをしている。雨足は弱まるどころかまた更に強くなっていきそうな様子で、このまま夜まで止まないのではないかと思われる。
 壷も茶釜の箱も両手で抱えなければならないほどの大きさのもので、これを30分以上も静止状態で抱え続けていると流石に手が痺れてきた。蒼紫はまだそうでもないようだが、はもぞもぞと落ち着き無く手を動かしている。
「ねえ、何処かのお店に入ろうよぉ」
 もう限界といった様子で、が愚図るように言った。もう手が痺れて指先が冷たくなっている。壷の箱の角が指に食い込んで痛いし、これでは軽めの拷問を受けているみたいだ。とにかくどこでも良いから店に入って、この忌々しい箱を下ろしたかった。
 が、蒼紫は素っ気無く、
「どこも一杯だ」
 確かに蒼紫の言う通り、此処から見える店はどこも満席らしい。突然の雨に、みんな店内で雨宿りをしているのだ。この雨が止むまでは席が空くことは無いだろうし、となると二人はこのまま雨が止むまで立ちっぱなしということになる。雨が止むまでなんて、にはもう耐えられない。
 何の店でも良いからどこか入れるところがないかと、は必死で探す。もうこっちは、手が痛くて頭痛までしてきているのだ。この際、何の店でも贅沢は言えない。
 と、男女二人連れが入っていく建物が目についた。どこの店も一杯なのに、あそこはまだ満席ではないようである。けれどあの建物は―――――
 あの建物がどういう店かと考えると、も一寸躊躇ってしまうが、今はもうそんな贅沢なことを言っていられる状況ではない。とにかくこの忌々しい壷から解放されたかった。蒼紫だって、あの暴力的に重い茶釜から解放されたいはずだ。
 は蒼紫を見上げて、意を決したように言った。
「蒼紫、あそこに入ろう」
「まだ空いてるところなんか―――――って、おい、あれは………っ!!」
 が指し示す店を面倒くさそうに見遣った蒼紫だったが、それが何なのか気付くと彼にしては珍しく動揺した声を上げた。
 が提案した店は、一寸前までは“出会い茶屋”呼ばれていた店で、まあ平たく言えば“連れ込み”だったのだ。そこがどういう場所で、中でどういうことが行われているのか、世事に疎い蒼紫だって知っている。そんなところに入ろうなんて女から誘われたら、動揺しないわけがない。
 を見下ろしたまま固まってしまう蒼紫に、は顔を真っ赤にして、
「ちがっ……! 別にそういう意味じゃなくて、雨宿りに一寸入るだけよ!」
「………ああ、そ…そうだよな」
 何を期待していたのやら、蒼紫は一寸拍子抜けしたような顔をした。拍子抜けしたものの、同時にほっとしたのも事実。本来の意味で“連れ込み”に入ろうと言われたらどうしようかと思った。
 蒼紫との付き合いは長い。子供の頃からきょうだい同然に育ってきたのに、今更そういう仲になるのはどうも近親相姦でもするような妙な感じがするのだ。勿論と蒼紫は全く血の繋がりの無い他人なので、そういう仲になったところで誰彼憚ることは全く無いのだが。それどころか翁などは、二人がくっつけば嫁き遅れと貰い損ないが一気に片付いて良いなどと言っているくらいなのだ。
 のことは可愛いと思っている。子供の頃はいつも蒼紫の後をついて回っていて、一寸鬱陶しいなと思ったりすることもあったけど、妹みたいで可愛いとも思っていた。明治になって放浪の旅に出ていた時も、のことを思い出さない日はなかった。そして『葵屋』に戻った今は、これまでの空白を取り戻すように出来るだけと一緒にいる。
 “妹のように可愛い”が“一人の女として可愛い”に変わったのはいつ頃からだったろうかと思う。の身体が大人になって、女として意識するようになってからだろうか。思い出そうとするが、蒼紫には分からない。気付いたらそうなっていたというのが、実際のところだ。
 もしもも蒼紫と同じように思っているとしたら―――――何でもないと思っている男に、いくら雨宿りのためとはいえ、“連れ込み”に入ろうなんて女の方から言わないだろう。きょうだい同然に育ったとはいえ、血の繋がらない、そういうことになってもおかしくない男なのだ。少しでもそういう気がなければ、とても誘えるものではない。
 これはもしかして、そろそろ勝負に出ろということなのだろうか。『葵屋』に戻ってから何の進展も無いまま無為に時間を費やしてしまったのは、きっかけが無かったからなのだ。これをきっかけにして一気に男と女の関係に持ち込もうと、蒼紫は密かに決心した。
 




 “連れ込み”というのはどういうものかと思っていたが、妙なものが置いてあるわけではなく、まあ普通の部屋である。普通の旅館のお座敷といった感じで、掃除も行き届いて清潔そうだ。
 ただ、二人用の緋色の布団が敷いてあるのが、普通の旅館と決定的に違うのだが。
 部屋に入ったまでは良かったが、二人とも向かい合わせに畳に座ったまま押し黙っている。一旦は勝負に出ようと決めた蒼紫だったが、いざ部屋に入ると何をどうして良いのやら見当がつかない。いきなり押し倒すというのは無粋極まりないし、かといって順序立てて口説くのも今更という感じがする。幼馴染からそういう関係に移行するというのは、思ったより難しい。
 一方もこの沈黙が気まずくて、身の置き所が無い気分だ。こういうところに入ったのも初めてで、それだけでも緊張するのに、その上に蒼紫も黙り込んでしまっているのだから、もうどうして良いのか分からない。何か話しかけないといけないとは思っているのだが、何を話して良いのやら全く分からないのだ。さっき入っていった男女は一体何を話しているのだろうかと思う。
 「雨宿りするため」とは言ったけれど、女の方からこういうところに誘ったのがいけなかったのだろうかと、は今更ながら後悔する。けれど、こうでもしなければ重い荷物から解放されなかったし、それに―――――

<どうして何もしてこないのよっ!>

 何の動きも見せない蒼紫に、は内心苛々しながら膝の上の手を握り締める。
 子供の頃からずっと、蒼紫が好きだった。大きくなったら蒼紫のお嫁さんになろうと勝手に決めていて、今もその気持ちは変わらない。けれど肝心の蒼紫はのことをどう思っているのか何も言ってくれないし、いつも一緒にいてくれるけれど指一本触れてもこない。この歳の男だったら普通、好きな女がずっと傍にいたら何らかの行動に出るはずだ。なのに手も握ろうとしないのは、自分を一人の女として見ていないのだろうかと、は悲しくなる。
 に女としての魅力が無いわけではないと思う。誰もが振り返る美人というわけではないけれど、近所の若い男や『葵屋』に食事に来る客から誘われることも結構あるし、多分世間的に見て“いい女”の部類に入ると思う。なのに肝心の蒼紫は何も言ってこなくて、いつも子供の頃のようにしか接してくれないから、“連れ込み”に文字通り連れ込んで勝負に出たのだ。
 『葵屋』では翁たちの目があるから何もできないのかもしれないと思いたかった。こういう所に来たら、蒼紫もそういうことをしてくれるのではないかと思ったのだ。もしも今日、最後まですることになっても、蒼紫だったらそうなっても良いと思っている。とにかく蒼紫が自分をどう思っているのか、はっきりさせたかった。
 気まずい沈黙がどれくらい続いたか、突然蒼紫が動いた。

<来たっ!!>

 いよいよ“その時”が来たのかと、は緊張で身を硬くする。蒼紫だったらいつでも最後までいっても良いと思ってはいるけれど、いざそうなるとなるとやっぱり少し怖い。初めての時は、身体が裂けるかと思うほど痛いと聞いているし。
 が、ぎゅっと目をつぶって待っているに蒼紫が近付いてくる気配は全く無い。どうしたのだろうとそっと目を開けると、何と蒼紫は茶の用意をしていたのである。
「………何やってるの?」
 蒼紫の予想外の行動に、は思わず間抜けな声を出してしまった。
「いや、茶でも飲もうかと思って。お前も飲むだろ?」
「飲むけど………」
 茶なんか飲んでる場合じゃないだろうと突っ込みたい気持ちは山々だったが、は口の中でもごもごと答える。やっぱり蒼紫は、こんな所に来ても自分を女として見てくれないのだろうかと、は心の中で溜息をついた。
 茶を淹れての前に湯呑みを置くと、蒼紫は早速茶を飲む。対するは湯呑みをじっと見たまま微動だにしない。

<気まずい………>

 表面上は無表情で茶を啜っているが、この沈黙は蒼紫にとっても相当気まずい。いつもはうるさいくらいお喋りながこうやって黙り込んでいるのを見ると、どうして良いのやら困ってしまう。さっきも、蒼紫が一寸動いただけで怯えたように身を硬くしていた。蒼紫に不埒なことをされるのではないかと怯えているのだろうか。
 けれど、雨宿りという口実があるとはいえ、の方から此処に入るのを誘ったのだ。そういうことになるかもしれないと、少しは覚悟していたはずだ。けれどやはり、いざそういうことになるとなると、恐ろしいと思うのだろう。男と女は違う。
 そうは思っていても、早く何かしなければならないと思っている。雨宿りという口実だから、雨が止んだら出て行かなければならないのだ。雨音の様子ではまだ暫くは止みそうにないが、それでも早く何とかしなければと焦ってしまう。
―――――」
「………ひゃぁんっ……やぁっ……あぁっ……」
 とにかく何かを話さなければと蒼紫が口を開いたと同時に、女の甲高い嬌声が聞こえた。何処かの部屋で、窓を開けたままやっているらしい。
 ただでさえ緊張しているの顔が、更に強張る。こういうことをする場所だと頭では解ってはいても、その手の声を聞くとやはり恥ずかしい。
 蒼紫は勢い良く立ち上がると、窓の障子を勢い良く開けて声の方に怒鳴った。
「窓くらい閉めてやれっっ!」
 その声と同時に、女の嬌声がぴたりと止まる。
「まったく………」
 憤然と呟くと、蒼紫は障子をぴしゃりと閉めた。
 こっちはやりたくてもできないのに、窓も閉めずにやるなんて恥知らずな。顔も知らない、多分一生関わり合うことのない男女に腹が立って、蒼紫の表情は険しくなる。けれど、恥知らずだの破廉恥だの思ってはいても、羨ましいのもまた事実。あの男女にも腹が立つが、一番腹が立つのは、据え膳状態のに何も出来ない自分だ。
 の方を見ると、強張った表情で頬を真っ赤にして俯いている。うなじも桜色に染まっていて、その色合いがなんとも艶かしくて蒼紫はどきりとした。触れたらきっと、しっとりと熱を帯びているだろう。触って確かめたい衝動に駆られたが、その勇気がどうしても出ない。どこまでもヘタレな男である。
「ち……一寸びっくりしたね………」
 顔を上げて恥ずかしそうにそう言うと、は硬い笑い声を上げた。
 女のそういう声を聞いたのは、勿論は初めてだ。そういう時は自分もあんな声を出すのだろうかと、一寸想像してみる。あんな身体の奥がぞわぞわするようないやらしい、でも一寸可愛い声、出せるのだろうか。
 普段のの声は一寸低めで、お世辞にも“鈴を転がすような声”とは言えない。そんな声でも、ああいう甲高い声を出せるのだろうか。あんな声を出せるなら良いけど、全然可愛くない変な声を出したらどうしよう。それで蒼紫に興醒めされちゃったり、それどころか嫌われたりしたら困る。
「私もあんな声、出せるのかなあ………」
「………え?」
 ポツリと呟いたの言葉に、蒼紫は驚いたように聞き返した。その反応に、は自分がとんでもないことを口走ったことに気付いて、顔を真っ赤にする。
 「あんな声、出せるのかなあ」なんて、まるで試してみたいと言っているみたいじゃないか。いや、蒼紫が相手ならいくらでも試してみて良いのだが、でも女の方からそんなことを言うなんて、どうなんだろう。“自由な時代”ったって、そういうことはやっぱり女の方から言ってはいけないと思う。
「や……ちがっ……あのっ、これはっ………」
 両手をぶんぶんと振って、は真っ赤になって弁解しようとする。“連れ込み”に誘った上に、こんなことを口走ったら、いかにも誘っているみたいじゃないか。誘っていると解釈されるだけならまだしも、男慣れしている女だと思われたら困る。
 目まで潤ませて焦りまくっているを見て、蒼紫は可笑しそうに小さく吹き出した。
「ま、出せるんじゃないか?」
 きっとは、いい声で啼くだろうと思う。さっきの女のような甲高い声ではないかもしれないが、の声は一寸低くて、そこが何となく色っぽいのだ。のそういう声を聞いてみたい。
 何だか話の方向が良い感じになってきた。このまま一気にコトが運べそうな雰囲気である。これは勝負に出てみるか。
 蒼紫はの傍に座ると、囁くように低く言う。
「試してみるか?」
「へ………?」
 蒼紫の言葉に耳を疑った。「試してみるか?」っていうのは、つまりそういうことをするということだ。やっと、やっと“その時”がやって来たのだ。
 心臓が早鐘のように鳴って、顔が熱くなるのが自分でも判る。恥ずかしくて、でもこれから行われることへの期待で、頭が破裂しそうだ。
 大きく目を瞠って、は蒼紫の顔を凝視する。今すぐにでも蒼紫に飛びつきたいけれど、でもそんなすぐに承諾したら、軽く見られるかもしれない。だから、一寸焦らしてみる。
「でも………」
 恥らうように目を伏せ、は呟く。恥ずかしいのは本当だけれど、半分は演技だ。こういう風にした方が、蒼紫もやりやすいような気がする。あんまり積極的だと退いてしまうかもしれない。
 が、蒼紫はそのの反応に、伸ばしかけた手を引っ込めてしまった。そして困ったような微笑を見せて、
「そうだよな。俺たち、結婚しているわけじゃないし………」

<何でそこで引き下がるかなあ>

 の態度が裏目に出てしまったらしい。ヘタレだヘタレだと思っていたが、正直ここまでヘタレだとは思わなかった。こういう時、男だったら一寸強引にコトを進めると思うのに。
 こういう男は、こっちが積極的に出なければならなかったらしい。それにしても、「でも………」の真意を読み取れないなんて、どこまで鈍い男なのか。鈍い蒼紫にも腹が立つが、それでもそんな鈍いところが彼の良いところだと思ってしまう自分にも腹が立つ。これが惚れた弱味というやつなのだろうか。
 こうなってしまったら、の方から勝負に出るしかない。は意を決して顔を上げると、そっと蒼紫の手に触れた。
「蒼紫……私、蒼紫なら、いいよ?」
 言ってしまって、は恥ずかしくて恥ずかしくて、頭がくらくらしてきた。全身の血が頭に集中しているかのようで、顔の血管も脳の血管も切れそうだ。
 羞恥と緊張で小刻みに震えるの手に、蒼紫は自分の手を重ねて彼女の目をじっと見る。
「………本当に良いのか?」

<何度も言わせないでよっ!>

 の意思を尊重しようと思ってもう一度確認してくれているのだろうが、完全に覚悟が決まっているのにまた確認されると、いたたまれないくらい恥ずかしい。よほどがやりたいみたいじゃないか。
 でも、蒼紫としたいのは正直な気持ちだから、は首まで桜色に染めて小さく頷いた。
 の手に重ねられていた蒼紫の手に、力が込められる。
………」
 熱っぽく囁くと、蒼紫はそのままの身体を布団に押し倒した。
「………あ」
 視界がぐるんと回転して、天井と蒼紫の顔しか見えなくなる。いよいよそれが始まるのだと思うと、期待と不安で身体の中が熱くなった。

 蒼紫の掌がの頬に触れる。その冷たい感触に、はぎゅっと目をつぶった。
 この部屋に入った時から覚悟はしていたけれど、でもやっぱり怖い。口から心臓が飛び出しそうで、唇をきゅっと結ぶ。
 赤い顔で苦しそうに肩で息するに、蒼紫は耳元で優しく囁く。
「大丈夫だから。緊張しないで」
 その言い方が妙に慣れた感じで、蒼紫のくせに、なんて理不尽なことを思ってしまう。さっきまでヘタレ君だったくせに。もしかしたら蒼紫はきっかけさえ掴んだら、あとは凄い奴なのかもしれない。さっきの口調も、妙に物慣れていたし。
 頬に触れていた蒼紫の手が、の顔を優しく撫でる。顔の凹凸を確かめるようなその手の動きに、の身体はみっともないくらいに震えた。
 蒼紫の柔らかな吐息が顔にかかって、彼の顔が近付いてくるのが分かる。唇に息が触れて、いよいよだと思った瞬間―――――
「お客様、お時間でございますが」
 中年女の無粋な声に蒼紫の動きが固まった。

<時間って………>

 せっかくここまで辿り着けたのに、いよいよという時に時間切れとは。そういえば、此処の部屋は時間制で貸していると受付の女が言っていたのを、蒼紫は今更ながら思い出した。だけど、だからって、まだ部屋にいるのに呼びに来ることはないじゃないか。
 蒼紫の中で張り詰めていたものが一気に緩んで、脱力したようにがっくりと項垂れてしまった。
 も何だか脱力してしまって、さっきまでの緊張が嘘のように頭の芯が冷めていくのを感じる。何というか、白昼夢でも見ていた気分だ。まだ蒼紫はの上にいるけれど、さっきみたいな心臓が破裂しそうな高揚感はもう無い。
 は小さく溜息をつくと、自分でも驚くほど冷めた声で言った。
「時間だって」
「ああ」
 あからさまに残念そうな暗い声で応えると、蒼紫はのろのろとの上から移動した。





 いつの間にやら雨は上がって、外は青空になっていた。が、“連れ込み”から出てきた二人の表情はどんよりと暗い。

<まったくもう………>

 不機嫌そうに唇を尖らせて、は胸の中で呟く。“連れ込み”に入って何も無かったなんて、聞いたことも無い。勇気を出して勝負に出たのに、こんな結果になるなんて。情けないやら恥ずかしいやら、顔を上げることも出来ない。
 情けないと思っているのは蒼紫も同様で、決断力の無い自分に腹が立つ。折角ここまで御膳立てが整っていたというのに何も出来なかったなんて、いい歳した男としてどうかと思う。に対しても申し訳ないやら恥ずかしいやら、まともに彼女の顔を見ることができない。
 ぐるぐると考えていたらますます自分が情けなくなってきて、二人は同時に深い溜息をついた。その溜息の深さも長さも全く同じで、それが何となく可笑しくて、思わず顔を見合わせて小さく吹き出してしまった。
 今日は結局何も出来なかったけれど、でも気持ちを確かめることが出来たのだから、これまでに比べたら格段の進歩だと思う。もしかしたらこれをきっかけに、蒼紫も少しは積極的になってくれるかもしれないし。

<今日のところは、これで勘弁してやるか>

 人生はまだまだ先が長い。そもそもは、10年も待っていたのだ。これからまた10年も待たされるわけではないし、まあゆっくりコトを進めていけば良い。何しろ相手は、そっち方面では信じられないくらいヘタレな男なのだ。
 機嫌を直したらしいを見て、蒼紫は内心胸を撫で下ろした。いつもご機嫌さんのが不機嫌な顔をしていると、息が詰まるほど気まずいのだ。
 一寸考えるように視線をさまよわせると、蒼紫は近くに人がいないことを確認して、の耳に顔を近づけた。
「今度は、ちゃんとしような」
 その言葉に、は一瞬にして顔を真っ赤にする。まさか蒼紫の口からそんな積極的な言葉が出るとは思わなくて、返す言葉が見つからない。蒼紫のくせに、なんて理不尽なことを思うくせに、でもやっぱり嬉しくて、は俯いたまま小さく頷くのだった。
<あとがき>
 この勝負、蒼紫の逆転勝ちっていうか、誘った主人公さんの判定勝ちっていうか、微妙………。初めてエッチする時って、ある意味“勝負!”って感じですよね。タイミングを間違うと、気まずい結果になるし。
 なんていうか、くっつきそうでくっつかない、結ばれそうで結ばれないカップルっていうのが最近のマイブームで、そういう話を書きたかったんですよ。だけど難しいですねぇ………。途中までは書いてて楽しかったんですけど、ラストは何回も書き直して、その割には何だかしょうもないオチになってるし。大体、迷いがあったり何回も書き直したりする文章って、書いてるほうも読んでるほうも面白くない出来になるんですよね。ははは………。精進します。
 今回もヘタレ君な蒼紫ですが、蒼紫って絶対、そういう時に女が「いや………」なんて言ったら、それが恥じらいとか媚びの「いや」でも、拒否の「いや」だと思ってそこでストップしそうな気がしません? いや、何となく。駄目だよアンタ、そんなことじゃ。って、お前、見たんかい?! って話なんだが。
 ともかく、ここまで読んでくださいまして、ありがとうございます。
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