誕生日

 帳簿を片手に算盤を弾いていた蒼紫の耳に、ぱたぱたと廊下を走る足音が聞こえた。この跳ねるような軽い足音は、操かだろう。音から察するに歩幅が小さいので、着物を着ているのものと推測される。
 は操よりも三つ年上だったから、19歳のはずだ。いい歳なのだから、そろそろ立ち居振る舞いに落ち着きを持ってもらいたいものだと、蒼紫はいつも思う。
 そんなことを考えながら算盤を弾いていると、襖が勢い良く開けられた。
「おはようございます、蒼紫様!」
 元気一杯の明るい声で挨拶すると、は弾むような足取りで部屋に入ってきた。そして、帳簿から目を離さない蒼紫の隣にストンと座る。
 すっきりと巻き上げられた髪型や着物は年相応の装いなのだが、の仕草は操とそう変わらない。16歳の操でも幼く感じられるのに、19歳のがそうなのは如何なものかと蒼紫はいつも思う。
 が、そんなことを言ったところで本人にその自覚が無いのだから、行動が改められることは無いだろう。それに、そういうを気に入って通ってくる客もいるのだ。まあ一応、“看板娘”というやつである。
 勘定が一区切り付いたところで、蒼紫が漸く顔を上げての顔を見た。も、蒼紫の言葉を待っているかのように、吸い込まれそうな大きな目で見上げている。
「どうした?」
 こう真っ直ぐに見詰められると、どうも落ち着かない。気付かれないように微妙に視線を逸らして蒼紫は訊いた。
「今月は何の日だと思いますか?」
「給与決算の日」
 子供のように目を輝かせて訊くに、蒼紫はつまらなそうに即答した。
 そう、今日は給金の決算の日なのだ。今日中にみんなの給金を計算し、それぞれに金を振り分けなければいけない。ついでに今日は、今月中に税金に関する書類を作っておかなければならないしで、今日の蒼紫は『葵屋』で一番忙しいのだ。本当は、こうやってとお喋りをしている場合ではない。
 そんな蒼紫の事情を知ってか知らずか、は膝を詰めて更に訊く。
「まあ、そうだけど、それ以外には?」
「今日は―――――団体客が3組入るな」
「そうじゃなくって!」
 が苛立たしげに甲高い声を上げた。近くでそういう声を出されると、耳が痛くなる。
 蒼紫は鬱陶しげに顔を顰めて、
「じゃあ、何だ?」
「もういいですっ!!」
 吐き捨てるようにそう言うと、は荒々しく立ち上がって部屋を出て行った。





「蒼紫様の馬鹿っ!」
 どすどすと足を叩きつけるように歩きながら、は吐き捨てるように小さく呟く。
 今日は何の日か、蒼紫はすっかり忘れているらしい。そりゃあ、給料の計算や役所に提出する書類の作成で忙しいのはも理解しているが、だからって今日が何の日かを忘れているなんて、ひどすぎる。
 今日は、の誕生日なのだ。それも、ただの誕生日ではない。二十歳になった記念すべき日なのだ。
 この大切な日を、蒼紫に一番に祝って欲しかった。何か記念の品をくれとか、自分のために時間を割いてくれとか、そんなことは望んではいない。ただ、「誕生日おめでとう」という一言が欲しかったのだ。それなのに蒼紫ときたら!
ちゃん」
 ぶりぶりと怒りながら自室に戻るに、お増が声を掛けた。
「お誕生日おめでとう。これ、私とお近さんからよ」
「ありがとう」
 さっきまで怒っていたくせに、は満面の笑顔でお増から包みを受け取った。
 そうだ。蒼紫が憶えてくれていなくても、『葵屋』のみんなは憶えてくれている。こんな大事な日を忘れてしまう人なんか、もうどうでも良いじゃないか。大体あの人は、のことなんかどうでも良いと思っているに違いないんだから。
 そうやって自分に言い聞かせながら、は渡された包みを開ける。中に入っていたのは、細かい細工を施された手鏡と櫛。
「綺麗………」
 これまでが使っていたのとは違って、漆塗りの高価そうなものだ。
 嬉しそうに手鏡の細工を見詰めるにお増は続けて神戸の舶来品の店の箱を出す。
「これは、翁と白さんと黒さんから。神戸から取り寄せてくれたんだって」
「凄い! 舶来品?!」
 驚きで目を丸くして、は頓狂な声を上げた。
 明治に入って、米国や欧州の品物が急速に日本国内に出回ってきたというものの、それでも舶来品は高嶺の花だ。同じような品物でも、国産品と舶来品では価格も何倍も違う。
「開けてみて。翁たち、何を取り寄せたんだろ」
 お増も中身は知らないらしく、以上に気になる様子で急かすように言う。もそうだが、お増も舶来品なんか滅多に見たことが無いのだ。
 お増に言われるまでもなく、も今すぐ開けて中を見てみたい。が、流石に高級品だけあって、包み方も凝っている。とりあえずの部屋に入って、ゆっくりと開けることになった。
 運搬の事情なのか、単に外国ではそうなだけなのか、幾重にもなっている包装を解くと、中に入っていたのは、サテンのリボンだった。しかも、今一番人気の水色と薄紅、それに藤色だ。
「いや〜ん、可愛い―――っっ!!」
 二人が同時に嬌声を上げた。
 リボンは現在、若い娘の間では流行の最先端の装飾品だ。どこの店でも入荷すれば飛ぶように売れ、特にこの3色は入荷が追いつかないといわれている。どうしても手に入れたければ、横浜や神戸の貿易商に直接注文をしなければならないほどの逸品なのだ。
「ね、ね、ちゃん。この藤色を結んでみようよ」
「うん!」
 鏡台の前に座ると、お増はの髪を解いて、馬の尻尾のように高く結んでやる。それから、しゅるしゅると音を立てて、器用にリボンを結んだ。
「華族のお嬢様みたい」
 鏡に映るを見て、お増が華やいだ声を上げた。女という生き物は、自分が装うのは勿論、他人に装わせるのも楽しいものらしい。
「それは言いすぎだよー」
 照れ笑いを見せるが、そう言われてもまんざらではないらしい。角度を変えてためすがめつ、鏡に映る姿を見詰めている。
「これに仏蘭西製フランスのあの口紅を付けたら、流行の最先端だよねー」
 えへへーと笑いながら、が言う。
 春の新製品として“香る口紅”というのが仏蘭西で発売され、日本にも輸入されることになったのだ。が、横浜に第一便が入荷したその日に完売してしまうという爆発的な売れ方をしたそうで、発売から数ヶ月経った今でも“幻の商品”となっている口紅だ。もお増も現物を見たことは勿論一度も無いが、新聞広告によると果物の香りがして、一塗りすれば赤ちゃんのようなぷるぷるの唇になるという。
「あれは東京でも一ヶ月待ちらしいわよ。京都なら、どれくらい待たされるか………」
「そうよねぇ………」
 京都も大きな街ではあるが、やはり流通は東京に劣る。は、残念そうに溜息をついた。
「しょうがないわよ。それは。
 あ、そういえば、蒼紫様は何を用意しているのかしら?」
 一寸暗くなってしまったの気分を盛り上げるように、お増が明るい声で言う。が、それは逆効果でしかなくて―――――
「蒼紫様、私の誕生日なんて忘れてるもん」
 ますますしょげた様子で、は口を尖らせて小さく呟いた。
「そ……そんなことないわよ。蒼紫様、ああ見えて結構マメなんだから。操ちゃんの時だって、私たちの時だって、何だかんだ言いながら花屋さんから花が届いたんだから」
「でも、花屋さんの配達って、昼前には届いてるじゃない。私の分、まだ来てないよ? やっぱり私の誕生日忘れてるのよ。私は操ちゃんやお増さん以下なんだ」
 言いながら自分の言葉に興奮してきたのか、は目に涙を溜めている。
 一度は、蒼紫なんか、などと思ったものの、そんな話を聞かされると、やっぱり悲しくなってしまう。前御頭の愛孫である操に負けるならともかく、他の者にも負けているのだ。それって、が『葵屋』で一番どうでも良い存在ということではないか。
「そんなことないわよ。きっと良いものを用意してくれてるって!」
 今にも泣き出しそうなに、お増はわざとらしいくらい明るい声を出した。
 が蒼紫のことを“御頭”としてではなく好きなことは、『葵屋』のみんなが知っている。蒼紫だって知らないはずはない。それで拒絶する様子も見せず、距離を置くこともせず、が真っ直ぐに慕ってくるのをそのままにしているのは、蒼紫だってまんざらではないと思っている証拠だ。彼の性格から考えて、もしを何とも思っていなければ、はっきりと拒絶するはずだから。
「でもぉ………」
「大丈夫だって」
 まだぐずぐず言うの言葉を打ち切るように強く言い切ると、お増は一寸蒼紫に意見してやろうと思うのだった。





 の部屋を出ると、お増は厳しい顔で蒼紫の部屋に向かった。
 お節介かもしれないが、のことをどう思っているのか、はっきり蒼紫の口から確認しておきたかった。ももう二十歳なのだ。女として一番良い時期を、無駄に過ごさせるわけにはいかない。
 はあんなに蒼紫のことを一途に想っている。その気持ちに蒼紫が応える気があるのかどうか、良い機会だからはっきりさせてやる。
「お増さん、どうしたの? そんなに怖い顔をして」
 いつもは温厚なお増が眦を決して歩いているのを、操が驚いた顔で見た。が、お増はその問いには答えずに、
「蒼紫様は何処?」
「えー、蒼紫様だったら一寸出掛けるって―――――あ、帰ってきた」
 勝手口の方から歩いてきた蒼紫の姿を認めて、操が弾んだ声を出した。そして、蒼紫に駆け寄って、
「お帰りなさい! 何処に行ってたんですか?」
「一寸な」
 いつもと同じつまらなそうな様子で、蒼紫はぶっきらぼうに短く応える。
 そのまま歩いていこうとする蒼紫の前に、お増が険しい顔で立ち塞がった。
「お話があります」
「後にしてくれ」
 お増の表情など気にも留めず、蒼紫はさっさと歩いていく。いつもならそのまま黙って引き下がるお増であるが、今回ばかりは違う。蒼紫の後を小走りに追いかけて、
「大事な話なんです! 今すぐはっきりさせたいんです」
「ねーねー、蒼紫様ぁ。何処に行ってきたんですかぁ?」
 操も纏わり付くように追いかけてくるが、蒼紫は二人を無視するように真っ直ぐ歩く。
「一寸、聞いてるんですか?! 蒼紫様はいつもそうやって―――――」
「あー、これ、『港屋』の袋じゃないですか。舶来品を買ったんですか?」
 お増と操から同時に話しかけられ、蒼紫はうるさそうに眉間に皺を寄せた。が、そんなことは見えないかのように、二人は彼を挟んで一緒に話しかけ続ける。二人の声が重なって、何を言っているのか、もはやよく判らない状態だ。
 無言を通していた蒼紫だったが、両側から甲高い声で騒がれて我慢ならなくなったのか、突然足を止めて言った。
「黙れ! うるさい!! 話は後で聞く!」
 珍しく声を荒げて一瞥した蒼紫に、二人ともびっくりして黙り込んでしまった。
 やっと静かになって、蒼紫は小さく溜息をつくと、の部屋の前で足を止めた。
、入って良いか?」
「どうぞ」
 まだ機嫌が悪そうな声で中から返事があって、襖が開いた。
「………何だ、その神谷の娘のような頭は?」
 リボンを結んでいるを見て、蒼紫は驚いたように軽く目を瞠った。その反応に、は探るような上目遣いで、
「変ですか?」
「いや、似合うんじゃないか」
 世辞ではなく、蒼紫は応えた。いつもの髪型も大人っぽくて良いが、神谷薫のような髪型は活発ならしくて良いと思う。
 ぱっと顔を紅くするを見て、何故か蒼紫の方が恥ずかしくなってしまった。が、それは表面には出さず、いつもの無愛想な顔で、
「やる」
と、持っていた紙袋をに向かって放った。
 袋を受け止めて驚いた顔で見上げるに、蒼紫は去り際に短く言う。
「誕生日だろ」
 嬉しくて嬉しくて、礼を言うのも忘れて、は自室に戻る蒼紫の姿を見送ってしまった。
 忘れられていたわけじゃなかったんだ。ちゃんと憶えてくれていて、お祝いの品も用意してくれていたのだ。しかも、みんなと同じ花の宅配ではなくて、舶来の品を買ってきてくれたのだ。
「ねー、。中身は何?」
 袋を握り締めたまま唖然としているに、操がせっつく。
「あ……うん」
 その声にはっとして、は思い出したように包みを開けた。そこから出てきたものは―――――
「“香る口紅”……」
 黒い容器の中に、6色の口紅が並んでいた。新聞広告の通り、果物の甘い香りがする。
「すごーい!! ねー、ー。いつか私にも貸してー」
「ダメダメ。これは私のだもん」
「えー、良いじゃん。一寸くらい。のケチー」
「ケチで結構!」
 はしゃいだ声を上げると操を見ながら、お増は微笑ましげに小さく笑った。
 お増が心配することなど、何も無かったのだ。にとって蒼紫が特別なように、蒼紫にとってもは特別な存在らしい。でなければ、いくら二十歳の特別な誕生日だからって、こんな入手困難な品物を用意しない。
 
<蒼紫様もやってくれるじゃないの>

 あの人がどんな顔をして化粧品を買ったのか、想像するとかなり笑える。
 きゃあきゃあ騒ぐ二人をそのままに、お増はそっとその場を離れた。





 難しい顔をして算盤を弾いている蒼紫に、お増が茶を出した。
「ああ、ありがとう。そういえば、大事な話があると言ってたな」
 帳簿を閉じて、蒼紫はお増を見た。
 さっきの険しい顔が嘘のようにお増は穏やかに微笑んでいる。“大事な話”とやらがどんな深刻な話かと身構えていた蒼紫だったが、拍子抜けしてしまった。
「………大事な話というのは………」
「それはもう良いです。それよりちゃん、とても喜んでましたよ」
「ああ」
 発売の頃から新聞広告を熱心に見ていたのだから、喜ばないはずがない。それに、あれを手に入れるのには苦労したのだ。たかだか化粧品を買うのに、予約したり何ヶ月も待たされるなんて思わなかった。
 けれどまあ、が喜んでくれたのなら何よりだ。蒼紫は口許を僅かに綻ばせ、茶を啜った。
 そんな蒼紫を見ながら、お増は真面目な顔で、
「そうやって、ちゃんのことをちゃんと見てあげていること、言ってあげてください。口紅なんかより、そっちの方が喜びますよ、きっと」
「考えておく」
 そう言う蒼紫の無表情は相変わらずで、言う気があるのか無いのかお増には判断がつかない。余計な世話かもしれないが、早く言ってあげれば良いのにと、もどかしく思う。の様子はまだ子供だが、もう男と女のことは理解できているはずなのだ。
 余計な世話ついでに、この二人の背中を軽く押してやろう。お増の目に悪戯ぽい光が宿った。
「蒼紫様、男の人が女の人に口紅を送るというのは、どういう意味かご存知ですか?」





「おはようございます、蒼紫様!」
 いつものように、元気一杯の声でが蒼紫の部屋に入ってきた。二十歳になっても、朝の騒々しさは相変わらずだ。やはり、一夜明けたからといって、急に大人になるわけではないらしい。
「ああ」
 短く応えて顔を上げた蒼紫は、そのまま言葉を失ってしまった。
 いつもはすっきりと巻き上げられた髪は、今日は薄紅のリボンで馬の尻尾のように結ばれている。そうしていると、まだ操とそう変わらない少女のようで、可憐さを際立たせていた。けれど、“香る口紅”で彩られた唇は艶やかで、そこだけは蒼紫もどきりとさせられるほど“女”で―――――

 ―――――男の人が女の人に口紅を送るというのは、どういう意味かご存知ですか?

 ふと、昨日のお増の言葉を思い出した。
 お増が教えてくれた意味を、は知っているのだろうか。知って、口紅を付けた自分を見せに来ているのだとしたら―――――誘惑に負けそうになる自分に気付いて、蒼紫慌てて思い留まる。形こそは大人だが、はまだまだ子供なのだ。そんな深い意味を知っているわけが無い。
「蒼紫様、あのね―――――」
 恥ずかしそうにもじもじしながら、が小さく声を上げた。
 そういうつもりは無かったが、の口許をじっと見詰める形になってしまっていたことに気付いて、蒼紫は慌てて視線を逸らした。いくらが子供でも、男にそんな風に見られるのがどういう意味なのか、察するところがあるのだろう。
 視線を逸らしたまま、何か言わなければと思案する蒼紫の唇に、ふにっと柔らかなものが押し当てられた。葡萄の甘い香りを感じて、それがの唇だと気付いたのは、既に唇が離れた後だった。
「え……っと………」
 唖然とした顔で、蒼紫は何を言おうかと口を開いたが、頭の中が真っ白で言葉が出ない。唇に甘い香りが残っていて、それで考えが纏まらないのかもしれない。
 固まってしまっている蒼紫に、が紅い顔で言い訳のように早口でまくし立てた。
「あ、あのねっ。お増さんが、男の人に口紅を貰ったら、こうやって少しずつ返さなきゃいけないって。だから―――――」
 そこまで言って堪えきれなくなったのか、は脱兎のごとく部屋を飛び出してしまった。
 口を半開きにしたままの間抜けな顔でを見送ってしまった蒼紫だったが、視線に気付いて我に返る。
「お増!!」
「あら、気付いちゃいました?」
 蒼紫の頭上の天井板がすすっと動いて、お増が顔を出した。笑いを堪えているのか、目がカマボコのような半円形になっている。
 いくら元隠密だからといって、そんなところから見ていることはないだろう。というか、覗くこと自体、問題のなのだが。
に何てことを教えるんだ。他の男にも同じことをしたらどうする」
「大丈夫ですよ。口紅はそうしても良いと思える人からしか貰っちゃいけないって言いましたから。口紅を返さなかったところを見ると、蒼紫様はそうしても良い人なんですね」
 少しも悪いことをしたとは思っていない様子で、お増は軽く応える。続けて、今度は真面目な顔で、
「だから、そろそろはっきりさせてあげて下さいよ。女の方からここまでさせるなんて、だらしない」
「う………」
 そこを突かれると痛い。
 次の言葉が出ない蒼紫に、お増が何か思いついたようにニヤリと笑った。
「来年は、蒼紫様を“ぷれぜんと”します?」
「お増!!」
 これには蒼紫も真っ赤になって怒鳴った。が、お増は可笑しそうにくすくす笑って、
「あ、来年まで待てません? じゃあ、蒼紫様のお誕生日には、リボン掛けしたちゃんを“ぷれぜんと”しましょうか? 私から言っておいてあげますよ」
 言いたいことだけ言うと、お増は蒼紫の言葉を待たずに天井板を閉めてしまった。
「まったく………」
 何だかどっと疲れてしまい、蒼紫は大きく溜息をついてしまった。
 今日は朝からとんでもないことが起こる日だ。あの二人の様子だと、これからもこうやって振り回されそうな予感がする。こんな日が今後も続くようだったら、蒼紫の身がもたないだろう。
 とはいえ、次はどんなことをして驚かせてくれるのかと期待している自分がいるのも事実で、それが何より厄介だと蒼紫は苦笑してしまうのだった。
<あとがき>
 ランコムのジューシーチューブというグロスを見て思いついたネタ。あれは12種類くらいあって、それぞれ果物の香りがします。女性誌にもよく紹介されているので、知ってる人は多いかも。
 “男の人から口紅を貰ったら”という話は、大昔誰かから聞いたんだけど、誰から聞いたのかは忘れた。男の人が女の人に服をあげるのは、その服を脱がせたいというメッセージが込められているとか、香水はキスして欲しいところにつけるとか、物にはいろいろと隠れた意味があって、うかうか物は貰えないなあと思う、今日この頃。ま、そんなことを考えてプレゼントする人なんて、あまりいないだろうけどさ。
 しかし、私の書く蒼紫はどうしてこう、女に対して腰が引けているのか。すみません、私、ヘタレ男推奨なんで。蒼紫には、このままヘタレ街道まっしぐらで行ってもらいたいと思います。
 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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