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 半期決算の期日が迫っているというのに、報告書も、始末書も、経費清算の仮伝票も出来てない。報告書と始末書は多少提出期限を過ぎても問題は無いが、経費清算の仮伝票が期日までに提出できないと、これまでに使った費用が経費として落ちないという恐ろしいことになってしまう。
 というわけで、藤田五郎警部補こと斎藤一と、その部下のは休日出勤までして、机に山積みの書類と格闘する羽目になってしまっていた。正直、こういう仕事は二人とも苦手なのであるが、経費が落ちないと言われたら、やらざるを得ない。この半期に使った費用は、計算するのも怖ろしい額になっているはずなのである。
「斎藤さん、この始末書の書式、間違ってます。これじゃ、上に通りませんよ。あと、こっちの仮伝。計算間違ってます」
 斎藤の机の前に立ち、は東京が全滅したかのような苦りきった顔をして書類を突き出す。実は彼女、書類整理のために丸二日寝ていないのだ。
 白目は充血し、目の下には濃い隈を作っているものの、それさえ無ければ妙齢の美人である。少年のように断髪した漆のような髪と、意志の強そうな大きな目は、一目見たら忘れられないだろう。今年で28歳になるはずだが、まだ二十歳やそこいらの小娘のように―――――否、男物の制服を着ているから、“少年のように”という表現が適切か―――――見える。
 対する斎藤は、これまた日本が全滅したかのような不機嫌な顔をして、
「此処ではその名で呼ぶなと言ってるだろうが、このど阿呆」
 彼も昨日から丸一日寝ていないのである。に較べればまだ楽な状態であろうが、齢三十を超えると徹夜がきかない身体になってしまっているので、身体的な辛さはと大して変わらないかもしれない。
 “藤田五郎”が元新選組の斎藤一であることを知っているのは、この警視庁でも極一部の者だけだ。警視総監の川路と一握りの幹部、そして、かつて新選組で唯一の女隊士であった――――勿論、が新選組隊士であった過去を知る者も極一部である。薩長出身者が幅を利かせている警察で、新選組出身者であることが知れたら何かと面倒なので、二人の出自は極秘事項なのだ。
 いつもなら斎藤のことを昔の名前で呼ぶことは無いのだが、徹夜続きで気が緩んでいたのだろう。は小さく舌打ちをした。
「じゃあ“藤田さん”、書き直してくださいね」
「お前がやっとけ」
「いやです。こっちだって、未処理の書類が山積みなんですよ。自分の分くらい、自分でやってください」
 徹夜のせいで、些細なことでも苛々が爆発しそうだ。殺気が漂う険悪な雰囲気の中、二人とも苛立ちを堪えるような低い声で書類を押し付け合う。
 書類の処理を毎日きちんとしていれば、今頃は払い戻された経費で斎藤と美味しいものを食べていたはずなのだ。それなのに、現実は丸二日の徹夜である。確かに今月は密偵の仕事が重なって書類整理どころではなかったが、最大の原因は、斎藤が処理を先延ばしにしていたからなのだ。
 斎藤の書類嫌いは新選組時代からのもので、あの頃もこうやって二人で徹夜をしていたものだ。あの頃は二人も若かったから、今ほど徹夜は苦にならなかった―――――否、若かったからではない。当時、と斎藤が恋仲だったからだ。隊内の風紀が乱れるということで人目を忍ぶ関係だったから、大っぴらに共にいられる徹夜の書類整理は、当時の彼女にとっては楽しみであったのかもしれない。

<若かったよなあ、あの頃は………>

 疲れがたまっているせいか、つい昔のことを思い出してしまった。
 あれから10年以上過ぎたが、二人の関係はそれほど大きく変わらない。幕末の動乱で離れ離れになったものの、3年前にこの警視庁で上司と部下として再会した時は、運命かと思った。その後、いつの間にやら昔と同じように夜を過ごすようになったのだが、新時代になっても二人の関係が公に出来ないものであることには変わりは無かった。
 明治に入ってからの11年、はずっと独り身だったのであるが、斎藤はいつの間にやら所帯を持っていたのだ。つまり、“不倫の関係”というわけである。斎藤に妻がいることは、も知っていた。斎藤もこういう時の常套句である「妻とはうまくいっていない」という台詞は決して言わない。どちらが誘ったとか誘われたとか、そんな卑怯なことを言うつもりはには無い。どんな経緯があるにしろ、そういう関係を選んだのは自分なのだから。
 ただ、こういう徹夜作業を昔のように楽しめないのは、やはりこの関係に罪悪感というか、後ろめたさを感じているからなのだろうか、とは少し思う。斎藤の妻に会ったことは無いが、それでも無意識に妻の存在を気にしているのだろう。
「どうした、? 寝ているのか?」
 机に書類を置いたまま固まってしまったの顔を下から覗き込んで、斎藤が尋ねる。
 この男は、仕事の時は読心術でも出来るのかと思うほど勘が良いのだが、こういう時はその辺の男よりも鈍感だ。それはも解っているのだが、徹夜で疲労困憊している今の精神状態では、それを笑って聞き流す余裕が無かった。
 はバシッと書類を机に叩きつけ、
「仕事中はその名前で呼ばないで!」
 一瞬、勤務中の部下という“仮面”が剥がれ、の“女”の素顔が覗いた。勤務中には絶対に見せないその表情に、斎藤は怪訝そうな顔をする。
 その斎藤の目に、はハッと我に返る。疲れているとはいえ、自分の感情を制御できなかったことに、思わず自己嫌悪に陥ってしまった。
 は小さく一つ深呼吸をして、再び部下の顔を作った。
「失礼致しました。少し、外の空気を吸ってきます」
 斎藤に口を挟ませる隙を与えず一礼すると、は部屋を出て行った。





さん!」
 登庁してきた職員と敬礼を交わしながら廊下を歩くの背後から、若い男が声を掛けてきた。受付の青柳という、新米警官だ。
「ああ、青柳君。お早うございます」
 振り返ってにこやかに挨拶をしただったが、青柳が連れている“もの”を見て、表情が固まった。
「青柳君、警視庁では迷子は受け付けていないはずだけど………?」
 彼が連れていたのは、10歳にも満たない少年だったのだ。しかもこの少年、何処となく“知っている誰か”に似ている。特に、琥珀色の瞳をした細い目が。
 の内心の動揺に気付かない様子で、青柳は人の良さそうな笑顔を見せて、
「藤田警部補の息子さんだそうです。着替えを持ってこられたそうですよ」
「藤田勉です。父がお世話になっています」
 蘇芳色の風呂敷を抱えた少年が、はきはきとした口調で挨拶をする。この歳の少年にしては、かなりしっかりしている方だろう。
「―――――いや、まあ……こちらこそお世話になってます」
 少年の大人びた口調に驚きながらも、は大人に対するように生真面目に頭を下げた。
 いや、驚いたのは、少年の大人びた口調じゃない。少年の存在そのものに驚いたのだ。斎藤に子供がいたなんて、しかもこんな大きな子供がいたなんて、は知らなかった。
 結婚して何年も経っているのだから、斎藤に子供の一人や二人いても何の不思議も無い。冷静に考えればそうなのだが、それでも彼に子供がいるという事実は、の心を予想外に動揺させた。
 もともと斎藤は自分の家庭のことを話す男ではなかったし、も彼の家庭について訊いたことも無かった。“彼の家庭”を知ってしまったら、きっと心の均衡を保つことが出来なくなってしまうから。
 そうやって今まで目を逸らしていた現実をいきなり目の前に突きつけられ、は全身から血の気が引いていくのを感じた。それは、見たくない現実を見せられたという落胆なのか、人の道に反する恋をしていることへの罪悪感なのか。
さん、顔が真っ青ですよ。大丈夫ですか?」
 の中の嵐を知らない青柳が、心配そうに声をかける。
 その声にハッっとして、は慌てて笑顔を作る。
「大丈夫ですよ。徹夜が続いたから、一寸貧血気味なんです。少し休んだら治りますから」
「そうですか。それなら良いですけど。
 ところで警部補はお部屋ですか?」
「ええ。書類と格闘中ですよ」
 は笑顔で青柳と勉を促すと、斎藤の執務室に案内した。






 執務室の扉をノックするが、中から返事が無い。徹夜明けで居眠りでもしているのだろうか、と思いながら扉開けたは、そのまま硬直した。
 執務机で書類に埋もれているはずの斎藤の姿が無いのだ。そして、閉じられていたはずの窓は開け放たれ、カーテンがさやさやと風にそよいでいる。
「野郎、飛びやがったなっっ?!」
 青柳と勉がいることも忘れ、は思わず叫んだ。
 どうやら、斎藤の中で臨界点に達したらしい。書類処理に煮詰まると遁走するのが、斎藤の昔からの癖なのだ。それを解っていながら目を離してしまったことに、は激しく後悔した。
「………さん、“飛びやがった”って………。此処、三階ですよ? いくらなんでも、此処から逃げるなんて………」
 激怒するに怯えながらも、青柳が恐る恐る意見してみる。
「ここの窓から抜け出すくらい、あの人にはどうってことないさ。見かけによらず、意外と身軽だからね」
 勤務中の口調に改める余裕も無いのか、は素の喋り方で応えると、ずかずかと斎藤の机に歩み寄った。大抵の場合、此処に何時ごろ戻るか置き手紙をしているのだ。
 さて、今回は何時に戻るつもりなのか。短くて一時間後、長くても昼過ぎくらいだろうか。今までの傾向を思い返しながら、は机の上の置き手紙を乱暴に取った。
 そこに書かれていたのは―――――

『夕刻には戻る』

 “夕刻”って、何時だよ?
 あまりの展開に、の身体がぐらりと揺れた。思わず心が遠くに行ってしまいそうになるが、今は遠くに行っている場合ではない。経費が落ちるか落ちないかの瀬戸際なのだ。
 こうなったら、今日も徹夜して伝票整理するしかない。報告書と始末書はこの際置いといて、とにかく今から死ぬ気で伝票整理である。
 自分の両頬をパンと叩くと、は無理やり笑顔を作って、勉に言った。
「お父さん、一寸お出かけみたい。着替えはお姉ちゃんが預かっておくわ」
「でも母が、父上と一緒にご飯を食べて帰りなさいって。今日は母は用事で遠出して、夕方まで帰ってこないんです」
「うっ………」
 またまた厄介なことになってしまった。書類を片付けなくてはならない上に、子供の面倒まで見てやらないといけないのか?
 否、子供の面倒は誰かに任せれば良い。丁度、青柳もいることだし―――――
「あお――――」
さん、書類は僕が片付けますから、さんは休憩ついでに勉君のお相手をしてください」
 の陰謀に気付いたらしく、青柳は有無を言わせぬ早口で提案する。どうやら彼も、子供の相手は面倒だと思っているクチらしい。
 しかし、彼の人の良さそうな笑顔の前には何故か逆らえず、は仕方なく頷いた。






「まあ、さん。今日は藤田さんはご一緒じゃないんですか?」
 牛鍋屋“赤べこ”の店主・妙が、と勉に茶を出しながらにこやかに言う。
 いつもなら蕎麦屋で済ませる昼食であるが、今日は勉が一緒ということで、豪勢に牛鍋と洒落込んでみたのだ。どうせ食事代は、斎藤に請求するつもりである。
「今日は、藤田さんの息子さんと一緒です」
「あら、藤田さんって、お父さんだったんですか?」
「私も今日初めて知りました」
 驚く妙に、は冗談っぽく応える。
 とりあえず牛鍋を二人前注文し、さてこれからどうしようと、は考えた。
 傍から見れば、上司の子供のお守りをする部下であるが、実際は不倫相手の子供のお守りをする愛人である。何というか、どうも居心地が悪い。子供は何も知らないのだから堂々としていれば良いのであるが、それが難しいのだ。
 何か話題を振ってやらないと、このまま黙って茶を啜るのもお互い気まずい。でさえ気まずいのだから、まだ子供である勉はもっと気まずいだろう。
さん」
 突然、勉が緊張した声で話しかけた。
「はい?」
さんは、父とよく此処に来るんですか?」
「や……“よく”って程じゃないけど………」
 何故か、の返事は腰が引けてしまう。これでは、一寸察しの良い相手だったら不審に思うだろう。
 実際、二人はそれほど頻繁に“赤べこ”に行っているわけではないが、“赤べこ”に行った帰りは必ず斎藤はの家に行き、肌を重ねるのだ。“赤べこ”に行くということと、その後にすることがの中で直結して、勉の質問にうろたえたのかもしれない。
 これはいけない。守りに入っていては挙動不審な人になってしまう。こっちから話しかけて、気まずい部分に触れさせないようにしなければ。
「お父さんは、お家ではどんな人なの?」
 攻撃に転じるつもりが、いきなり自爆してしまった。家庭の事を訊いたら、後が辛くなるのが解っているではないか。
 言ってしまってから後悔してしまったであるが、幸い勉はそれに気付かない様子で一寸考えて、
「普通だと思います。あんまり家に帰ってこないけど、家にいる時は遊んでくれるし、剣術も教えてくれます」
「ふーん……良いお父さんなんだぁ」
 いつも一緒にいる斎藤が、自分の知らないところで“普通のいいお父さん”をやっているというのは、何だか不思議な感じがした。それが斎藤の本当の姿なのだろうか。否、の知っている“斎藤一”と、勉が知っている“藤田五郎”は別の人間なのかもしれない。
 自分が知らない斎藤を知っている、彼の妻のことを知りたいと、発作的に思った。今までその存在を知りながら、意識的に忘れていた、もう一人の斎藤の女。どんな姿をしているのだろう。自分より若いのか、年上なのか。自分とどちらが美しいのか。どんな声をしているのか。
 噂によると、斎藤の妻はいい所のお嬢様だったらしい。良妻賢母を絵に描いたような、出来た女だという。とは大違いだ。
 訊いてはいけない、言ってはいけないともう一人の自分が警告するが、何かに操られるようには口を開いた。
「ねぇ、じゃあ、お母さんは――――」
「お待たせいたしました」
 の言葉に、牛鍋を持って来た女給の声が重なった。
 ぐつぐつと音を立てる鍋が御膳に置かれるのを見ながら、は何を訊こうとしていたのだろうと自嘲する。どんな答えが返ってきたとしても、自分が傷つくのは解っているのに。
 二人で牛鍋を突付きながら、は勉の顔を見る。琥珀色の細い目は、斎藤に似ている。丸い輪郭は子供特有のものなのか、母親似なのか。鼻は? 口は?
 気が付けば、勉の中に斎藤に似ている部分を探している。彼に似ていない部分は、“子供特有のもの”と母親似であることを否定している。これが嫉妬なのだろうか。
 箸を止めて顔を観察するの視線に気付いて、勉は不思議そうな顔をする。
「食べないんですか?」
「あ………うん。食べるよ。勉君ももっと食べなさい。お父さんみたいに大きくならないとね」
 わざとらしいくらいに明るく言うと、は慌てて肉を取り皿に取った。続けて、
「勉君は、牛鍋好き?」
「大好きです」
 肉を飲み下して、勉は子供特有の屈託の無さで答える。
「他に、何が好き?」
「えーと、あとは、カキ氷。あんこが乗ってるやつ」
「ふーん。じゃあ、後で食べに行こう」
「はい!」
 の提案に嬉しそうに同意すると、勉は再び牛鍋に没頭し始めた。
 暫く黙々と食べていたが、ふと思いついたように勉は顔を上げた。
さんが好きなものは、何ですか?」
「え?」
 改めて訊かれると、好きなものが何なのか思い浮かばない。子供の頃は、勉のように好きな食べ物をすぐに挙げられていたはずなのに。大人になるというのは、こういうことなのだろうか。
 食べ物でなければ、好きなものはすぐに挙げられる。考えるまでも無い。
 はくすりと口許を綻ばせて、
「私は―――――」





 勉を途中まで送って警視庁に戻ると、既に斎藤が戻っていた。『夕刻に戻る』と置き手紙をしていたが、思ったより早く戻ってきたようだ。
 書類に書き込みをしていた顔を上げ、斎藤はばつが悪そうに視線を逸らして、
「その………すまなかったな………」
「それは、何に対しての“すまなかった”?」
 恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にする斎藤の姿が可笑しくて、はくすくす笑いながら問う。本当は、あらん限りの罵声を投げつけてやろうかと思っていたのだが、彼の顔を見たら、それもどうでも良くなってしまった。
 どんなに怒っていても、こうやって簡単に許してしまえる気持ちが、きっと“好き”ということなのだろう。
「勉の相手をしてくれたそうだが………」
「ええ。牛鍋とカキ氷を食べてきました。領収書貰ってきたんで、後でお金下さいね」
「ああ、それは勿論」
「勉君、牛鍋とカキ氷が好きだと言ってました。よく連れて行ってあげるんですか?」
「…………まあ、一応な、父親だし」
 いつもは何があっても顔色一つ変えない斎藤が、あからさまに動揺している。子供の話をするのが苦手なのか、話す相手がだから動揺しているのか。どちらにしても、こんな斎藤が見られることは、滅多に無い。
 折角の機会だから、一寸苛めてみようかと思ったが、こんな彼は彼らしくないとも思い直し、これ以上突っ込むのは止めた。斎藤の家族のことなんて、どうでもいいことなのだから。
 だけど、最後に一寸だけ――――の中の悪戯心が頭をもたげた。
「勉君に、『さんは、何が好きですか?』って訊かれたの。何て答えたと思う?」
 くすくすと笑いながら、愛人の顔でが言う。
「何って………」
 の好きな食べ物が何だったか、斎藤は真剣な顔をして考える。好き嫌いが殆ど無い彼女だから、好きな食べ物が何なのか、かえって判り辛い。
 はゆっくりと斎藤に近付き、執務机に手を突いて、彼の耳元で甘く囁いた。

私は、あなたのお父さんが好き

 刹那、斎藤の顔が朱に染まり、その後すぐに血の気が引いた。
「お……お前、子供に何を………」
 可哀想なくらいにうろたえる斎藤を見て、妖艶に微笑んでいたの口許がプルプルと震え、堪え切れないように噴出した。
 ひとしきり腹を抱えて笑った後、は目の縁に溜まった涙を拭きながら、
「嘘よ。そんなこと言えるわけないじゃない」
 そう。そんなことは口が裂けても言えない。それを言ったら、自分はすべてを失ってしまうだろう。
 斎藤は家族を愛している。それは勉を見て解った。否、勉に会う前から、解っていたことだ。そして多分、自分のことも同じくらい愛してくれているだろう。だから、には家族のことを語らないし、きっと家族にはのことを語ってはいない。
 家族も大事、愛人も大事。それはとてもずるいと思うけれど、もし斎藤が家族を捨ててを取ったら、きっとは斎藤を捨てるだろう。家族を捨てて愛人に走る男なんか、は欲しくないから。
 我ながら因果なものだと思うが、そういう恋を自分が選んだのだから仕方が無い。人に言えない恋を選んだのは自分。自分だけのものにできない人を選んだのも自分。
「そう、誰にも言わないわ……」
 斎藤から離れ、は彼の耳に届かないように小さく呟いた。
<あとがき>
 だから、無駄に長いんだよ、私の話は! なんて自分にキレてしまいそうなくらいに長いです。反転部分の台詞を書きたいがために書いた話なのに、何でこんなに長くなるんだ? あー、私は短編に向いてないんだな(長編なら向いているのか、という突っ込みはなしで)。
 お題は“チョコ”ですが、チョコが全然出てないじゃん! とお怒りの方もいらっしゃいましょうが、私の中ではちゃんと“チョコ”が絡んでるんですよ。
 俵万智の『チョコレート革命』という歌集の中に、

焼肉と アイスが好きと 言う少女 私はあなたの お父さんが好き

という短歌があるんですよ(うろ覚えだが、こんな感じ)。そこから思いついた話なんで、私の中では“チョコ”の話なんです。屁理屈? だって、明治11年にチョコレートなんて無いだろうし、バレンタインネタは腐るほど書かれているだろうしねぇ。
 斎藤の息子の勉君は、いつ生まれたのか資料を紛失したので判りません。というわけで適当に年齢設定しました。本当はもっと小さいかもしれないし、大きいかもしれない。詳しいことをご存知の方、BBSかメールで教えてください。教えてもらったところで、今更訂正できませんが(おい?!)
 しかし、不倫ものってドリーム小説としてどうよ? 斎藤、出番少ないくせに、何だか情けない男だし。「こんなの斎藤じゃないよ!」というご意見もありましょうが、すみません。私、強そうに見えて情けない男に萌えな女なんです。
 いろいろと反省点が多い話ですが、私自身は書いていて楽しかったですね。欲を言えば、主人公さんの内面の葛藤をもっとドロドロしたものにしたかったですね。悟った振りをしなから、それでも捨てられない情念とか(それ、もうドリームじゃないし)。
 ともかく、こんな話ですが、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
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