人は見かけ。

 一般的に見て、縁は女に好かれる種類の男らしい。パーティーの合間の小休憩は男女別の部屋に移るのだが、その時によく縁のことが話題の上るのだ。
 若いのに雪のように白い髪ということで興味を引かれるのだろうとは考えていたのだが、相手の様子を見るとどうも違う。趣味だのよく行く場所だの、縁の個人的な情報を知りたがっているようなのだ。そんなものを聞いてどうするのかと思っていたけれど、女たちがやたらと縁をダンスに誘うのを見るに至って、漸く縁が狙われているのだということに気付いた。
 素性を知っているから見れば馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、何も知らない人間から見れば縁は魅力的な男に映るのだろう。黙っていれば知性も教養も無いのは判らないのだし、見た目だけは良いのだ。
「………何だ?」
 の視線に気付いて、縁が顔を上げた。
 今日はの監視の下、読書である。こうやって見張っていないと、この男は本もまともに読めないのだ。見張っていても、ページは全く進んでいないのだが。
「顔が良いと得ね」
 こんな知性の欠片も無い男が、どうして上流階級の令嬢たちの関心を引くのか、にはさっぱり解らない。彼女たちは生まれながらにして、が求める“王子さま”に近付ける身分だというのに、何故わざわざ縁みたいな下賎な男に近付くのか。
「何でか全く褒められてる気がしないんだが」
「そりゃそうよ。褒めてないもの」
 こんなのが社交界の注目を集めるなんて、は面白くない。“王子さま”に見初められるために日々努力をしているには“王子さま”は現れないのに、何の努力もしない縁に“お姫さま”たちが集まるなんて、不公平だ。
 そういえば縁は、此処に来る前は香蘭の“若い燕”をやっていた。どういう経緯であの女に囲われることになったのかは知らないけれど、地位のある女を惹きつける何かを持っているのかもしれない。恋愛小説でも、お嬢様が粗野な男に惹かれる設定のものが多いではないか。縁はそういう種類の男なのだろう。
「何なんだよ、さっきから」
 無意識のうちにじっと見詰めていたらしい。縁が不審な顔をした。
 は慌てて目を逸らして、
「別に。みんな、あんたみたいなの男のどこがいいのかと不思議に思ってね」
「“白馬の騎士”が好きな女が多いってことだろ」
 少しは悩むかと思ったら、縁は即答した。騎士らしい気品も無いくせに“白馬の騎士”を自称するなんて、図々しい。
「何が“白馬の騎士”よ。馬っ鹿じゃないの?」
「そう言われても、最近やたらと言われるんだから仕方が無い」
 に否定されても、縁は飄々としたものだ。
 縁が“白馬の騎士”だなんて、誰がそんな馬鹿げたこと―――――現実にそぐわない評価にいらいらするだったが、一つのことを思い出した。
 いつだったかのパーティーで、縁が「彼女は俺が守ります」と言ったことがあった。あれは口から出任せの演技だったけれど、あの一件に尾ひれが付いて広まったのではあるまいか。そういえば縁の周りに女たちが集まるようになったのも、あの後からである。
 “王子さま”は駄目だったけれど、は知らぬうちに人も羨む“白馬の騎士”を手に入れていたわけだ。みんなが欲しがるものというのは、いいものである。形だけでなく、本当に縁がに惚れて婚約者になったら、みんなに自慢できるではないか。
「ねぇ、縁」
「何だよ、気持ち悪いな」
 急に猫なで声で名前を呼ばれて、縁はぎょっとした。
 いきなり態度を豹変させたも悪いかもしれないが、気持ち悪いとは失礼な。“白馬の騎士”はレディにそんなことは言わないものである。
 しかし心の広いは、こんなことで怒ったりなんかしない。どうやら縁は頭ごなしに怒るとますます言うことを聞かなくなるようなのだ子供と同じで、褒めて伸ばさなければならないのだろう。
「レディにそんなことを言うものじゃないわ。そこは直さないとね」
「………具合でも悪いのか?」
 せっかく優しく言っているのに、縁は何故か心配そうな顔をした。
 が優しくするのが、そんなに珍しいのか。まあ、今までの言動を振り返れば、少しは珍しいのかもしれない。
 これまでのことは反省することにして、問題はこれからのことである。これまでが怒ってばかりだと思われているのなら、これから優しくしてやればイチコロなはずだ。こういう落差に人は弱いものだと、恋愛小説に書いてあった。
「具合なんか悪くないわ。犬の躾じゃないんだから、怒ってばかりじゃ駄目だって気付いたの」
 怒鳴りたいのをぐっと堪えて、は優しく言う。無理をしているせいか、笑顔が引き攣りそうだ。
 縁はまだ不審そうな顔をしているが、何も言わない。の態度を観察しているようだ。
 まあ、の態度が急に変われば、縁も疑いたくもなるだろう。何も考えずに相手を信用するほど馬鹿ではないということか。これを陥落するのは難しそうだ。
「縁が“白馬の騎士”を目指したいっていうのなら、私も協力するわ。どこに出しても恥ずかしくない紳士にしてあげる」
「いや、別にそういうのは………」
 せっかくのの提案だというのに、縁は腰が引けている。“白馬の騎士”になれば女にモテるというのに、向上心のない男だ。
 そんな男にも向上心を持たせるのが、の役目である。粗野な男を紳士に仕立て上げるというのも、恋愛小説の定番だ。
 そこまで考えたところで、何故縁が香蘭のような女に囲われることになったのか解ったような気がした。
 縁はきっと、自分好みに育てたくなるような男なのだ。土台は悪くないのだから、ちょっと手入れをしてやれば自分好みの男になるのではないかと思わせるのだろう。
 実際、香蘭が教え込んだダンスも、が教え込んだ英語も使いこなせるようになった。地頭は悪くないのだろう。それなら、“白馬の騎士”に相応しい振る舞いだって覚えることができるはずだ。
「みんな、縁が“白馬の騎士”だって思ってるのよ。期待に応えてあげないと」
「何で俺が………」
 縁は不満そうである。まったく、向上心の無い男だ。
 縁が“白馬の騎士”に相応しい立派な紳士になったら、はみんなに自慢できるのである。どこに連れ回しても注目の的になるだろう。そして、そんな男を婚約者として連れ回すの女としての格も鰻登りというわけだ。
 リチャードなんかに騙されたことが社交界に広まっているのだとしたら、縁で名誉挽回だ。そのためにも、縁には徹底的に教育を施さなくては。
「まず、レディに対する敬意から学ばないとね」
「レディに対する敬意、ねぇ………」
 縁は相変わらず不満げだ。まあ、これも時間をかければに感謝することになるだろう。





 またが妙な方向で張り切っているようである。今度は言葉遣いを学べと、会話術の教本を渡された。まったく懲りない女だ。
 そんなものを学ばなくても、縁はどうやら社交界に受け入れられているようなのだ。レディたちは“白馬の騎士”などと呼んで、縁の周りに集まってくる。今ではダンスの相手を上手く捌くのが大変な有様だ。
 これに会話術まで会得したら、の相手をしている暇なんか無くなってしまうのではあるまいか。ひょっとして、はそれを狙っているのだろうか。
 “王子さま”を探すために、邪魔な縁を女たちに放り出して、で男漁りをするつもりなのだろう。が男漁りをするのは構わないが、またリチャードのような詐欺師野郎に引っかかったら面倒だ。ここは不本意ではあるが、に張り付いておかねばなるまい。
「雪代様、次は私と踊っていただけませんこと?」
 一曲終わったところで、女が声をかけてきた。
 最近、女からダンスに誘われることが多い、が傍にいても、それを押しのける勢いなのだ。何だかよく分からないが、いわゆるモテ期に入ったのだろう。
 これまでまともな女に当たったことが無いだけに、この状況は縁も悪い気はしない。退屈なパーティーに出席してやっているのだから、これくらいは役得だ。
「ええ、では―――――」
 縁が女に手を差し出そうとすると同時に、が二人の間に割って入った。
「彼は次も私と踊ることになっていますの。ごめんなさいね」
「え?」
 勝手に断りを入れられて、縁はびっくりする。
 とは既に連続で踊っている。三曲以上同じ相手と踊るのはマナー違反だといわれているのに、一体どういうつもりなのか。
「そろそろ相手を変えないと―――――いっ?!」
 縁が口を挟もうとしたら、に思い切り足を踏まれた。何が何だか訳が分からない。
 はにこやかな顔を作って、
「今日はずっと一緒に踊るって約束しましたものね」
 笑顔ではあるが、縁を見る目はただ事ではない。ここで否定したら、今度は鋭く尖った踵で足に穴を開けられそうだ。
 勿論、そんな約束をした覚えは無い。第一、縁とばかり踊っていたら、の王子さま探しはどうするのか。
「次の曲が始まるわ。行きましょう」
 そう言って、は縁の手を引いた。





「一体どういうつもりだ?」
 ワルツを踊りながら、縁は小声で言う。
「何が?」
 何を訊きたいのか分かっているはずなのに、は涼しい顔だ。
「同じ相手とばかり踊るのはマナー違反じゃないのか?」
「婚約者がいれば別よ」
「王子さま探しは―――――」
「そんなに他の女と踊りたいわけ? 信じられない。最低!」
 は小声で責める。これまでの自分の行動を棚に上げて、理不尽もいいところだ。
 縁が他の女の注目を集めるようになったら、急に惜しくなってきたということか。勝手なものである。
「最低なのはどっちだ。自分だって男漁りしてたくせに」
「下品な言い方しないでよ。何? 妬いてるの?」
 は鼻で嗤う。びっくりするほど上から目線だ。妬くというのは、縁がに好意を持っていることが前提である。これまでのことを振り返って、どこに縁がに好意を持つ可能性があるというのか。縁が苛ついているのは、不公平さのためだ。
「誰が妬くか、馬鹿」
 縁は呆れて吐き捨てる。
「ふーん、それならいいけど。私があんたを振るのは自由だけど、あんたが私以外の女に目移りするのは許されないんだから。忘れないでよね」
 呆れるほど傲慢に言い捨てると、周りに仲睦まじく見せるためか、は縁に身体を寄せた。
<あとがき>
 他人が欲しがるものは、つまらないものでも良いものに見えてくるものです。というわけで、主人公さん掌返し。ここまで勝手だと生きていくのが楽だろうな。
 縁、やっと本来の意味でのモテ期が来たようですが、この調子では主人公さんに潰されてしまいそうです。どこまでも女難の男で気の毒になってきた(笑)。
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