プロポーズ大作戦

 あれ以来、お近はぱったりと姿を見せなくなった。比古が何も言わないからも黙っているが、まるで最初からお近なんていなかったみたいだ。
 そして本格的に寒くなり、も配達に来なくていいと言われた。陶芸教室(何も教えてくれないが)も春まで休みだそうだ。
 比古はというと、相変わらず店に来ては飯を食って帰っている。店の前に繋がれていた狸も庭で餌を貰うようになって、本格的に家族の仲間入りをしているようだ。
 この調子では、なし崩しに狸ごと住み着かれそうな勢いである。今のところは泊まっていくことはないけれど、そうなるのも時間の問題だろう。比古は一応断っているものの、両親が熱心に泊まっていくよう勧めているのだ。
 家族ぐるみの付き合いは深まっているけれど、不思議なことに比古はに対しては何も言ってこない。お近のことが片付いたから、何か動きがあるに違いないと思っていたのに肩透かしである。
 別に熱烈に口説いてほしいとは思わないけれど、放置というのもには理解できない。こちらから話を切り出すのを待っているのだろうか。しかしこの流れでいけば、お近を遠ざけたのだから、比古から話を持ってくるのが筋ではないか。
 ひょっとして、に粉をかけるのに飽きたのか。比古は前に「一人の女に縛られるのは御免だ」と言っていたし、一途とは程遠い男だ。おまけに、いろいろといい加減な男である。途中で飽きて放り出すなんて、普通にありそうだ。
 飽きたなら飽きたでいいけれど、それならますます家族面で飯をたかるなんて図々しい。婿予定だから、両親も飯や酒を出しているのだ。その気が無いのならすっぱりと断ればいいのに。
 今も縁側で暢気に狸と蜜柑を食っている比古の姿を見たら、むかむかしてきた。セコい話だが、蜜柑はが得意先から貰ってきた高級品である。それを狸にも与えるなんて。
「ちょっと! それ、私の蜜柑なんだけど」
「へー、これ旨いな。も蜜柑はあんまり食わないんだが、これは好きみたいだぞ」
 が怒っていても、比古はいつものように涼しい顔だ。狸の口に放り込んでやりながら、自分も遠慮なくばくばく食い続ける。
「私もまだ食べてないのに!」
「お袋さんが食っていいって言うからよぉ。あ、お前も食う?」
 より先に蜜柑を食べたことについて、比古は爪の先ほども悪いとは思っていないらしい。母親に勧められたからというのもあるかもしれないが、貰ってきたが怒っているのだから、少しは済まなそうにすればいいのに。
 しかも「お前も食う?」なんて、自分の蜜柑のような言い草だ。それはの台詞である。しつこいようだが、これはが貰ってきた蜜柑なのだ。
 の蜜柑だが、何故かここで食べたら負けのような気がした。この流れで一緒に食べたら、比古のことだから絶対自分の蜜柑だと勘違いするに決まっている。
 受け取る代わりに、は盛大に溜め息をついた。
「前から言おうと思ってたけど、うちの親があんたにご飯とかお酒とか出してるのは、あんたが私のお婿さんになると思ってるからなの。そうじゃなかったら出さないんだからね」
 前に性質のの悪い剣客を追い返した礼として食事を提供していると比古は思い込んでいるかもしれないが、あの礼は当日の食事で終わっているのだ。それ以降は、ゆくゆくは娘婿になるのだからと思って出しているのである。それで婿にならないなんて言ったら、きっと両親は激怒するだろう。
 いくら鈍い比古でも、ここまではっきり言ったら少しは考えるかと思ったが、特に悩むでもなくあっさりと、
「婿養子は無理って言ったら、それでもいいって言われたぞ」
 比古の口調が軽いからうっかり聞き流しそうになってしまったが、とんでもない新事実である。両親とそんな話までしているとは、は初耳だ。
 そんな具体的な話までしていたとしたら、そりゃあ比古も当たり前の顔で飯を食いにくるはずである。狸が庭をうろうろしているのも、“婿殿の可愛い狸”であれば当然のことだ。
 しかし、当事者のをそっちのけでそこまで話を進めているというのは如何なものか。縁談というのは、女に恥をかかせないように、男側の承諾を貰った後に女側に話を持ってくるものだとは聞いていたが、これはひどい。
「いっ……いつそんな話したのよ?! 私、ぜんぜん聞いてない!」
 婿養子はともかくとして、そこまで具体的に話を進めていたとは。縁談としては最終段階ではないか。気の弱い娘なら、両親に押し切られて泣く泣く結婚する段階である。
 両親が比古との縁談に力を入れていることはも嫌というほど解っていたが、正直そこまで話を進めているとは思わなかった。お近のことを知らなかったとはいえ、強引過ぎる。
 ということは、比古に食事を出したり泊まっていけと言っていたのは、婿獲得ではなく、彼を家の雰囲気に慣れさせるためだったのか。もし比古が泊まると言っていたら、既成事実を作らせるつもりだったのかもしれない。
 娘がいつまでも嫁に行かないというのは、親にとっては頭の痛い問題らしいということは、も理解している。だが、ここまで強引な手を使うとは思わなかった。
 こんな男が自分の婿だなんて、想像したら頭がくらくらしてきた。比古が悪い人間ではないことはも解っているが、こんな無神経でいい加減な男との結婚生活なんて想像を絶する。
「婿養子は無理って言ったのは、割と最近かなあ。っていうか、お前、ぜんぜん聞いてなかったのか? しょっちゅう山小屋に来てたから、お前も乗り気だと思ってたんだが………」
 の反応に、比古も意外そうな顔をした。彼からすれば、が縁談に承諾して“結婚を前提にしたお付き合い”のつもりだったのだろう。その割には、とても好きな女に対する態度とは思えない傍若無人の数々なのだが。
「あそこに行ってたのは、お父さんに言われたからよ。配達だって、仕事だから行ってただけ。大体、お近さんがいるくせに何言ってるの」
 勝手に縁談が進められていたとして、その頃はまだお近が足繁く通っていたはずだ。そんな女がいるのにとの縁談を受けるなんて、いい加減にもほどがある。お近に山小屋に来ないように言ったのも、きっと話がある程度纏まった時期に違いない。
 そう考えると、お近との仲を有耶無耶にしていたのは、縁談がお流れになった時のための保険だったのではないかと思えてきた。が駄目だった時は、あっさりとお近に乗り換えるつもりだったのだろう。二人の女を天秤にかけて、いい加減なだけでなく不誠実な男だ。
 これまでのことを時系列で考えると、比古の酷さがよく解った。こんな男が婿だなんて、絶対に嫌だ。
「この話が駄目だったら、お近さんとくっ付くつもりだったんでしょ! 二人の女を比べて、いい御身分よね! あ〜、お近さん、ぎりぎりのところで逃げられてよかったわ!」
「お近に拘るなあ。昔の女どころか、関わった全部の女に嫉妬する性質なのか?」
 人の話を聞いてるのかいないのか、比古は心底呆れた顔をした。が、すぐに納得したようににやりと笑って、
「まあ、俺みたいな超絶美形だと、こっちにその気が無くても女が放っておかないからな。気に病むのも無理はないか」
 いつものことながら、清々しい勘違いっぷりだ。もいい加減慣れてはいるものの、やはりげんなりする。
 勘違いっぷりにもげんなりするが、それより何より、が本気で怒っているのに茶化す比古の態度だ。こちらが怒っても右から左に聞き流した挙句、こうやって茶化すなんて、馬鹿にしているとしか思えない。
 が年下だから、適当に丸め込めるとでも思っているのだろうか。比古に夢中だったお近になら通用していたかもしれないが、は違う。のらりくらりと逃げて、と向かい合おうとしないその姿勢も、比古の不誠実さを表しているだろう。
「話を逸らさないで! あんたってば、いっつもそう!」
「逸らしてるのはそっちだろ」
 比古がむっとして言い返す。
「私は逸らしてない! あんたが聞かないだけでしょ!」
「今も逸らしてるだろうが。二言目にはお近お近って、お前はあいつの何なんだよ。もう山にも来ないってぇのに、まだ言いやがって。俺を譲ってやってお友達ごっこか? そんなにお友達ごっこやりたいなら、他でやれ。俺を巻き込むな」
 比古の声は大きくないが、今まで溜め込んだものが一気に噴き出したかのような口調だ。
「お友達ごっこなんて………」
 反論しようとしたが、適当な言葉が思いつかずには黙り込んだ。
 お近に比古を譲ろうとしたのは事実だが、は別にお友達ごっこをしていたわけではない。あんなに熱心に比古を好いていたのだから、二人がくっ付くのが一番いいと思ったのだ。順番としてもお近の方が先に知り合っていたのだし、が割り込んだ形になるのも嫌だった。
 比古がを選んだ今も、お近から横取りしたという意識は拭えない。それは多分、食事や酒で釣ったと心のどこかで思っているからだろう。あんなに世話を焼いていたお近が振られて、何もしないが選ばれるなんて、比古はどういうつもりなのだろうと思う。
「だって、お近さんはあんなにあんたのこと………」
 完全に勢いを失って、は弱々しく反論する。
「だからって俺の意思を無視していいと思ってんのかよ」
「………………」
 それを言われると、は黙るしかない。
 色恋沙汰というのは買い物と違って、こちらが手を引っ込めれば丸く収まるというものではないから厄介だ。関係者の性格も含めて、には難易度が高すぎる。
「………もういい」
 どれだけ話し合ったところで、比古にはの気持ちは理解できないだろうし、も比古の気持ちを受け入れられない。それならもう、話すだけ時間の無駄だ。
 が立ち去ろうとすると、比古が苛立ったように手を掴んだ。
「また逃げんのかよ」
「誰が―――――」
 は今まで一度だって逃げたことなんかない。そう言い返そうとした時、強い力で手を引っ張られた。
 大男に力いっぱい引っ張られて立っていられるはずもなく、はそのまま比古の膝に尻餅をつく。慌てて立ち上がろうとしたが、それより先に比古に身体を押さえ込まれてしまった。
「何すんのよ?!」
 手足をばたつかせてどうにか逃れようとするが、ごときの力が比古のような大男に敵うわけがない。比古の腕はびくともしないし、暴れるだけ無駄だと悟ると、は自棄になって抵抗をやめた。
 暴れるのはやめたが、最後の抵抗で大げさに溜め息をつく。
「思い通りにならないと、そうやって力で押さえつけるわけ?」
「こうでもしねぇと、まともに話もできねぇだろ」
 いかにも不本意だと言いたげに、比古も嫌味ったらしく溜め息をついた。
 に言わせると、まともに話をしようとしないのは比古の方だ。すぐに茶化すし、都合が悪くなるとが触れられたくないことを言ってくる。の方から話を切り上げるように仕組んでいるとしか思えない。
「あんたがしょうもないことばっかり言うからでしょ。何よ、狸みたいに食べ物に釣られてるくせに」
「そんなものに釣られるかよ。言っとくが、こう見えても稼いでんだぜ?」
 の憎まれ口も、鼻で嗤われてしまった。俺様な超自信家がそんなことを認めるとは思っていなかったが、稼いでるという発言もどこまで本当か怪しいものだ。新進気鋭の陶芸家の収入というのがどれほどのものかには判らないけれど、言うほど稼いでいるならあんな山小屋で自給自足生活なんかしていないと思う。
 納得していないの表情に気付いたか、比古は偉そうに、
「山暮らしは趣味みたいなもんだからよ。お大尽のような生活は無理だろうが、お前に不自由な思いはさせねぇって」
「何よそれ?」
 何だか話がおかしなことになってきた。これではまるで、結婚後の生活を想定しているようではないか。否、確実に想定している。
 がまだお近のことを気にしているというのに、比古は勝手に話を進めて、こういうところ一つ取っても強引な俺様だ。しかも、が断ることを毛ほども想像していない。
「何だよ、ここまで言って、まだ解んないのか? 頭悪いのと鈍いのとどっちだ?」
 つくづく失礼な男である。気付かないふりをしているも悪いだろうが、比古ももう少し言い方というものがあるだろう。
 もう少し柔らかい言い方をすればも態度を軟化させたかもしれないのに、こう言われると意地でも応えてやるものかと思う。
「さあね。あんたの稼ぎなんて興味ないし」
「へーぇ………」
 怒らせるつもりで言ったのに、何故か比古は面白そうににやりと笑った。
「亭主の稼ぎをあてにしないなんて感心だな。自立した女ってやつか? 感心感心」
「だっ……誰が亭主よっ! 私は認めないからね!」
 この流れでこの単語が出るのは自然なのかもしれないが、こんな男を亭主なんて認めない。は真っ赤になって怒鳴りつけた。
「親父さんもお袋さんもその気だぜ? お前もそのつもりだったんだろ?」
 が全力で否定しても、比古は全く堪えていない。の両親に認められたことが揺ぎ無い自信になっているのだろう。両親も罪作りなことをしたものである。
 比古の言うとおり、本当に彼がの亭主になったら、それこそお近から略奪したことになるではないか。今更人の噂を気にする性質ではないが、略奪は流石にまずい。
「そんなことになったら、私がお近さんから横取りしたみたいじゃない」
「じゃあ何で山に通ってきたんだよ? お近に来させるなって言ったのもお前だろ」
「それは………」
 はまた黙り込む。
 山に通っていたのは仕事と、父親に言われたからだ。陶芸を教えてもらえなくて、本まで買って練習していたのも、比古に対して維持になっていたから。それ以外の理由なんて無い―――――はずだ。
 できるだけ感情的にならないように、は落ち着いた声で答える。
「お父さんが煩いからよ」
「配達はともかく、陶芸は俺が教えてくれないって泣きついたら、行かなくて済んだんじゃねぇの?」
 比古は明らかにの反応を楽しんでいる。の返答を一つ一つ潰していく気なのだろう。
 確かに陶芸教室の名目なのだから、比古が教えてくれないと訴えれば、父親も諦めたかもしれない。諦めなくても、本気で嫌なら行かなければ済むことだ。父親の目的も解って行っていたのだから、意地でも行かないという選択もあったはずである。何故“行かない”という選択に今まで気付かなかったのか、不思議なくらいだ。
「そ……それはあれよ。あんたには解らないだろうけど、付き合いってものが………」
 あまり深く追求されたら、が困る。ここは“付き合い”という万能な逃げ口上でやり過ごすのが一番だ。
 が、比古はそれも予想していたことらしい。感心したふりをしながらも、からかうように、
「うちの娘は付き合いが悪いって親父さんが言ってたが、心を入れ替えたのか。それなら他の客との付き合いも断るなよ」
「それとこれとは別でしょ!」
「どう別なんだよ?」
 咄嗟に言ってしまったけれど、何が違うのかと訊かれたら答えられない。が黙っていると、比古は話を変えた。
「人にばかり要求してないで、お前もそろそろ態度をはっきりさせろよ。俺もいつまでも待ってらんねぇぞ」
「私が何を要求したって言うのよ?」
 つっかかってみたものの、比古が言いたいことはにも解っている。けれどお近のことははっきりさせろと言っただけで、山に来させるなとは言っていない。そういう解釈をしたのは比古の勝手ではないか。
「私はお近さんと手を切れなんて言ってない」
「同じことだろ。自分が悪役になりたくないから俺に言わせたんじゃねぇか」
「それって私が言わなきゃ、今もお近さんと続いてたってことじゃない。私のことだって、はっきりしないでなし崩しにしてるし。そういうズルズルだらしないのが嫌なの!」
 言葉にしてみたら自分の不満が判った。腹が立つよりも、頭の中がすっきりして爽快ですらある。お近とのことでもやもやしていたのも、比古が家で食事をしている姿に苛々していたのも、全てこれが原因だったのだ。
 原因が判ったついでに、は比古に口を挟ませない勢いでまくし立てる。
「お近さんが来なくなったから何か言ってくるかと思ってたけど全然変わらないし、あんたは一体どうしたいわけ? わたしがとかお父さんがとか、全部人のせいにして、自分では何もしないで楽な方に流れてるだけじゃない」
 思っていたことを言ってすっきりしたが、何だか比古の反応は鈍い。ひょっとしてまた聞き流されているのかと思って振り返ると、比古は拍子抜けしたような顔をしていた。
「俺はもう言いたいこと言ったし、お前の返事待ちだったんだが」
「は?」
 これにはもびっくりである。比古が今まで言ってきたことなんて、狸に似ているとか、俺自慢くらいではないか。これでに好意を持っているなんて伝わるはずがない。
 仮に俺自慢がへの売り込みのつもりだったとしても、普通の感覚ではドン引きである。少なくともは引いた。やはり比古の感覚は特殊すぎるらしい。
「狸に似てるって言われて喜ぶ女なんていないと思うけど。それに、自信過剰な人は一寸………」
 いつものならガツンと言ってやるところだが、自分に好意を持っているのだと思うと返しも柔らかくなってしまう。そういうところがまた、比古に気があると思われてしまうのだろうが。
 比古は面倒くさそうに、
「初日から“気に入った”って言っただろうが。肝心なのを忘れてんじゃねぇよ」
「えー………」
 記憶を手繰り寄せたら、そんなことを言われたような気もする。けれどあれは初対面で、のことを何一つ知らなかった時のことではないか。
 世の中には“一目惚れ”というのもあるけれど、はそういうのは全く信用していない。相手のことをよく知らないのに好きになるなんて、一時の感情で突っ走って考えることを放棄しているとしか思えない。そういうのは長く続かないに決まっているのだ。
「私のことを何も知らない時に、そんなこと言われても………」
「お前のことは、いつもの配達の奴から聞いて大体知ってるし」
「だからって初対面でそんなこと言われて、そういう風に思えるわけないじゃない。一瞬で結論出すっていうのも、何も考えてないみたいで本気に思えない」
「でも、人を好きになるって、そういうもんじゃねぇの?」
 比古の表情も口調も自信満々なものだから、の方が間違っているのかと不安になるほどだ。比古のことだから、自分の決断に間違いないと思い込んでいるのかもしれないが、残念ながらはそこまで自信家ではない。
 鈍感なくせに、こういう時だけはの表情を読み取れるらしい。比古は畳み掛けるように、
「そりゃあ、お前よりもいい女はいくらでもいるだろうが、俺はお前がいいんだよ。逆に、俺よりいい男はいないと思うけどな。さっさと決めとけって」
 前半でもぐらっときそうになったが、後半のあまりにも比古らしい発言で脱力してしまった。こういう時でも自分への過大評価は揺るがないらしい。その自信を少し分けてほしいくらいだ。
 けれど自信過剰もここまで徹底されると、笑いが出てきた。最初は苛々していた自信家っぷりも、慣れれば笑えてくるものらしい。いつか完全に慣れてしまえば、比古はそんなに悪くない男のような気さえしてきた。
 が笑ったのを了解と取ったらしく、比古は上機嫌に、
「じゃあそういうことだからよ。親父さんには俺から話つけとくぜ」
「えっ? ちょっ……私はまだ―――――」
「迷うほどのことでもないだろ。じゃあ、一寸行ってくる」
 はまだ何も言っていないのに、比古の脳内ではもう決定事項らしい。断られるなんて想像もしていないようだ。
 断る決定打も無いからしょうがないかと観念しかけた時、比古がいきなり膝に乗せていたの身体を放り出した。危うく転びそうになってしまったが、どうにか踏ん張る。
「何するのよ! 放すなら放すで一言言いなさいよ!」
 うっかり流されそうになってしまったが、これでも一発で目が覚めた。こんな最低限の思いやりも無い男なんて、まだ暫くは様子見だ。
 に怒られても比古は平然として、
は上手に着地するから、お前もやれるかと思ったんだが……思ったより鈍いな」
「私は狸じゃない! 狸と人間の区別もつかない男なんて、やっぱり御免だわ」
 やはり早急な決断は良くない。人生の一大事なのだから、しっかりと相手を見極めなくては。どうせも比古も婚期は逃しているのだし、今更急ぐ立場でもないのだ。
「あと、蜜柑も返してもらうから」
 我ながらセコいとは思ったが、こんな奴にの蜜柑を食わせるのももったいない。蜜柑の籠を取り上げると、はさっさとその場を立ち去った。
<あとがき>
 やっと歩み寄ったかと思ったのに、最後の最後で師匠の天然が爆発です。いくら似てるからって、そんなところまで狸と主人公さんの扱いを一緒にしちゃ駄目でしょ(笑)。
 でも、何だかんだ言いながら主人公さんも満更ではないようですし、ねぇ……(笑)。主人公さんが何を言っても、師匠は焦らしプレイの一環だと思ってそうです。だって、この超絶美形で超絶天才の俺様が振られるわけないもん、って(笑)。
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