第十八章 建前と本音
二人の遺体を埋葬し、三人で黙祷を捧げる。墓石も卒塔婆も無い、葬式すら無い寂しい見送りだ。いつかこの村に本当の平和が訪れた時、改めて弔うことが出来ればと思う。
と、それまで無言無表情だった栄次が立ち上がった。手には兄が持っていたものなのか、ボロボロに刃こぼれした日本刀が握られている。
まずい、とは直感した。栄次の雰囲気は明らかにさっきまでとは違う。
「ちょっと待ちなさい! あんた、そんなモン持ってどこ行く気?!」
栄次の異変に気付いて操が怒鳴った。
何処に行くも、行き先は一つしかない。今の栄次の雰囲気は、あの夜の蒼紫と同じだ。
「志々雄のところに行くつもり? あなたじゃ無理よ。それに―――――」
「出来るか出来ないかの問題じゃねェ!! やるかやらないかだ!!」
が説得しようとするも、栄次は聞く耳を持たない。家族を皆殺しにされて逆上どころではない憤怒に、流石のも一瞬圧倒された。
栄次の目は修羅に支配されている。これを止めようとなると、もそれなりの痛みを伴うことになるだろう。
それでもは、この少年を止めなければならない。斎藤の命令だからではなく、栄次の未来のために。
「仇討ちは法律で禁止されてるの。だからここは警察に任せなさい。じゃないと、あなたが犯罪者になるのよ。お兄さんだって、仇討ちなんかより、あなたが生きることを望んでるはずよ」
自分でも反吐のでるような綺麗事だと思う。こんな言葉で栄次が納得するはずもないことも。
けれど、栄次に仇討ちをさせるのだけは駄目だ。こんな子供が行ったところで、門番に殺されるのがオチだ。それでは栄次だけでなく、彼を守り抜いた三島も犬死にになってしまう。
「俺はもう独りだ。命なんて惜しくねェ」
「………………」
予想通りの答えではある。犯罪者になるだの家族は望んでいないだの言っても、栄次にはもうその“家族”がいないのだ。
“生きていればいいこともある”なんて陳腐な言葉も、今の栄次には何の説得力も無いだろう。この歳で村を追い出され、引き取り先も無ければ、物乞いでもするか犯罪にに走るしか生きる術は無い。それなら潔く仇討ちで散った方がマシだと考えるだろう。だって、自分が同じ立場だったらそうする。
けれど、今のは警官だ。被害者を保護することと、犯罪を未然に防ぐ義務がある。そして何より、“人を殺す”という重荷を栄次に背負わせるわけにはいかない。
「あのね―――――」
「待ちなさい!」
が再度説得を試みようとした時、操が栄次を引き留めた。
「なんだよ! 邪魔する気なら、てめ―――――」
「スカタン。志々雄の館には尖角一人じゃないでしょ。志々雄って親玉もいるし、当然さっきの覆面の兵隊もいるはずよ。あんたなんか門前でボコボコよ」
の綺麗事よりも説得力がある。ボコボコで済むと思っているところは甘いとは思うが。
二対一で説得すれば、流石に栄次も思いとどまるだろう。それでも駄目なら、力ずくだ。
「そうよ。一人で行っても尖角に辿り着く前に殺される。だから―――――」
味方を得たところで、も同じく現実路線で説得を試みる。ところが―――――
「だから、あたしが助太刀してあげる」
「はい?」
味方かと思ったら敵だった。
間抜けな顔で絶句しているとは対照的には自信満々だ。年齢的に実戦経験は無いはずなのに、どこからその自信がくるのか解らない。
多少は武術の心得があるのだろうが、志々雄たちから見れば操も栄次も似たようなものだろう。稽古と実戦では勝手が違う。何より、二人とも人を殺すということを知らない。
「あのね二人とも、落ち着いて私の話を聞いて」
どうして大人しく斎藤たちに任せてくれないのか。苛立ちを抑えながら、奇跡的なほどゆっくりと落ち着いた声では二人に語りかける。
「ここからは大人が解決することなの。斎藤さんと緋村さんがちゃんとやってくれるから―――――」
「そうだよね、さんの言うことはよ〜く解るよ」
何をどう理解しているのか知らないが、操は神妙な面持ちで頷いた。
「さんの立場だと、そう言うしかないもんね。あたしだってタテマエとかシガラミとか、大人の事情は理解できるよ」
「………………」
見事なまでに話が噛み合わない。は頭を抱えたくなった。
この二人は、自分たちがやった後に来る現実にまで考えが及んでいない。栄次は復讐で頭がいっぱいになっているし、操は仇討ちこそ正義とばかりに勝手に盛り上がっている。が何を言ったところで、話は平行線だ。
それならば―――――の中にどす黒い欲望が生まれる。
何を言っても無駄なら、操に尖角を殺させればいい。刀が肉に突き刺さる時の感触、そしてあの白い手が返り血で染め上げられた時、この無邪気な少女はどんな表情を見せてくれるだろう。相手の断末魔の目は、きっと一生忘れられない記憶になるはずだ。
も操とさほど変わらぬ歳の頃に、何度も人を死に追いやった。殆どは間接的にだが、直接手を下したこともある。あの当時のことが、今のをおかしくしているのかもしれないと思ったら、操にも同じ経験をさせてみたくなった。
自分と同じところに引きずり落としたところで、が何か変われるとは思っていない。ただ、誰からも愛されている操が、自分と同じところに堕ちるところを見たい。
は小さく深呼吸をして、困ったような笑顔を作る。一度相手を嵌めると決めたら、芝居は完璧だ。
「解ってもらえたら嬉しいわ。だから今回のことは……ね?」
「解ってる。さんとは関係無いところで、あたしたちが勝手にやったってことにするから」
自分たちの意見が通ったことで、操は上機嫌だ。
「じゃあ、私は保護者として同伴する。尖角のところに辿り着くまでは、人手があった方がいいでしょ?」
親切を装っているが、これも計画のうちだ。二人で行かせて、尖角に会う前に潰されては話にならない。
反対が一転、協力者になったところで、操の表情が眩しいくらいに明るくなった。
「よかったねえ。警察の人も協力してくれるって。これでは百人力だよ」
操の喜びように対し、栄次の反応は鈍い。が味方に付くか付かないかなんてことは、彼にはどうでもいいことなのだろう。
「これで決まりね。行きましょう」
こみ上げてくるどす黒い喜びを抑えつつ、は二人に優しく語りかけた。