人生はアップで見ると悲劇だが、ロングショットではコメディだ
蒼紫の破談を受けて、『葵屋』は夜の料亭業務を臨時休業しての緊急会議である。途中で小さな事件はいくつかあったものの、何とか無事に縁組までたどり着けそうだっただけに、皆の落胆は大きい。当事者である蒼紫よりも、周りが打撃を受けたのではないかと思うほどだ。本当ならこうなってしまった以上、次の縁談に向けて『葵屋』一丸となって動きださなければならないところであるが、とてもそんな雰囲気ではない。蒼紫のような難儀な性格の男に合わせられる女を探すなど、いくら御庭番衆でも無理すぎる。自由恋愛でありながら親への挨拶まで漕ぎ着けたは、奇跡的な存在だったのだ。
「どうしたものかのう………」
翁が何度目かの溜息をつく。緊急会議が始まってから、口を開けばこればかりだ。勿論、有意義な意見など出てこない。
当の蒼紫はというと、この大事な会議に欠席だ。あんなことの後だから、当然だろう。女に振られて落ち込むというう感性は普通にあったようだ。
「もう駄目じゃないですかねぇ。ここまで話が進んで撤回なんて、こりゃ本気ですよ。次探した方がいいですって」
この重い空気を変えたいのか黒尉が軽い調子で言ったが、余計に空気が重くなった。何でも前向きに考える御庭番衆ではあるが、今回ばかりはそうはいかないらしい。
「次……あるのかしら………」
お増の会心の一撃である。これまで敢えて誰も口にしなかった一言だけに、言葉にされると重くて痛い。
「大体さ、お増ちゃん何したんだよ? お前のせいって、ただ事じゃないぞ」
「何もしてないわよ! 人聞きの悪いこと言わないでよ!」
白尉の言葉に、お増は慌てて大声で否定する。
確かに蒼紫は「お前のせいだ」と言い捨てたけれど、お増には全く身に覚えがないのだ。第一、会ってもいない相手に何ができるというのか。一体何がどうなったらお増のせいということになったのか、彼女が一番知りたい。
考えられることといえば、蒼紫がお増の言葉で何かやらかしたくらいであるが、それだって全く分からない。に嫌われるようなことをするようには言っていないはずだ。
蒼紫が何をしたのか知りたいところだが、肝心の本人が部屋に籠ったきりで話ができないのだからお手上げだ。こうなったらに直接訊きに行くべきか。しかし誰が行くかとなると、これも難しい。ここまで話が拗れたら、も会ってはくれないだろう。
「本当に、今度は何をやってくれちゃったのかしら………。お増ちゃん、本当に心当たり無いの?」
「そう言われても……あっ!」
蒼紫の捨て台詞をもう一度思い返してみたら、とんでもないことを思いついた。普通に考えればありえないと思うのだが、蒼紫ならあり得るかもしれない。
「ひょっとしたら蒼紫様、結婚を考え直そうとか言っちゃったのかも………」
「はあぁっ?!」
お増の発言に、全員が一斉に頓狂な声を上げた。
「何でそんな話になるんだよ!」
「お前、そんなことを言ったのか?!」
「今更考え直してどうするんじゃ!」
「あんた、蒼紫様に何吹き込んだのよ?!」
「だから誤解ですって!」
怒涛のように怒鳴りつけられて、お増も思わず大声を上げた。
「多分、土壇場で振られないように気を付けてって言ったのを、何か超解釈したんだと思います」
「え〜………」
お増の言葉に、まだ一同は疑惑の目を向けている。
それが本当だとしても、土壇場で振られないように気を付けるのが、どうしてこんな展開になるのか理解できない。振られないように気を付けて振られるなんて、いくら蒼紫でもありえないだろう。謎は深まるばかりである。
「いくら何でも、お増の言うようなことはあるまい」
蒼紫が色恋に疎いとはいえ、流石にお増の言うようなことはやらかしていないと思う。この状況でそれを言ったら破談になることくらい、蒼紫も解っているだろう。そこまでの馬鹿ではないと信じたいのだが、それならば何を言ったのか。
訳が分からなすぎて、翁は腕組みをして深い溜息をついた。
「蒼紫様のことですし、言っちゃったのかもしれませんよ。今までだって、ねぇ……?」
お近の中では、蒼紫の発言は確定のようである。確かにこれまでを振り返れば、馬鹿馬鹿しい行き違いはいくつかあった。だが今回ばかりは、それを言ったらただの馬鹿である。
「蒼紫様も、そこまで馬鹿じゃないと思うがなあ……」
「あんた、蒼紫様のスットコドッコイっぷりを舐めんじゃないわよ。本当に凄いんだから」
思わず苦笑いする黒尉に、お近はぴしゃりと言う。続けて、
「こうなったら、私とお増ちゃんでさんのところに行ってきます。私たちにも少しは責任があることですし」
「まあ責任があるかは別として、さんと話さないことにはどうしようもないですもんねぇ………」
気まずさが先立つのか、お増はあまり乗り気ではないようである。しかしこのまま放っておくわけにもいかず、きっかけが自分たちの可能性が高いとなれば、行かないわけにはいかないだろう。何とも辛いところである。
話はまとまったものの、まずはどうやってと会えばいいのか。そもそも会ってくれるのか。そのことを考えると頭が痛くなってきて、一同は溜息をついた。
コミュ力に難がありすぎると本人よりも周りが大変っていうのは、よくある話かもしれません。
つーか、これ終わるのか?